三章 不忘蔵王と黒い獣 6

 

「呼ばれて飛び出て正義のみかたー!」

 

 ジェット機が目の前から飛んでいく時の発射音を聞いた事があるだろうか。

 

 

 あたしも実際にはそんな経験は無いのだが、でも形容するならそんな感じ。

 

 キーンという耳鳴りがしたかと思うと、隕石が落ちてきたかのような衝撃がし、その上方からのとてつもない衝撃にシマウマの悪は一撃で霧散した。

 同時にあたしの体は吹き飛ばされていた。

 

 

 中空高く放り出されるあたし。その高さ、学校の校舎よりもはるかに上空。

 

 真下には重力攻撃によって大きくひび割れた地面。……え、助かったけど死にそうなんですが?

 

 

 地面へと落下してひしゃげたカエルのようになる姿を想像しながら、でもきっとユイガが助けてくれてあたしは死なないんだろうなーとか都合のいい事を考えていたら。


 

「危ない危ないー。ちょっと出番を待ちすぎちゃったいー!」

 

 やっぱり、神ヶ崎ユイガがお姫様抱っこで受け止めてくれた。

 

 

「……は~、今回はマジで死ぬかと思った」

 

 ユイガに降ろしてもらった地面の上に足をついて、まず漏らしたのはその一言。

 

 

「今のはねー、ちょーおそらから大気の流れをせーぎょして全力攻撃する必殺技でねー。《烈弾頭ナクト》っていうんだよー!」

 

 

 にこにこ笑顔で自分の技を説明してくれるユイガ。

 

 へー、ほー、ふうん。なんだいそりゃ、そのネーミングセンスの悪さはどこぞのゲームキャラクターか何かの影響ですか?

 

 

「あれー? ざおー、どしたのー?」

 

「で、何。出番を待ちすぎた、ってのは」

 


 パンパンと、あたしは制服についた埃を払いながら尋ねる。誰か他に人がいたなら、きっとあたしの顔はとても無表情に見えただろう。


「えっとねー。ざおーがピンチになるまで待ってねー。危ないところをさそーと助けるという壮大な計画がありましてー! これによりざおーは正義にメロメロいた! いたいっ! ざおー! 首はその方向にはまがっっ! まがらなっっっ!!」

 

「フクロウってすごいよねー」

 

「ごめ! ごめんなさいー! ちょっとかっこつけすぎましたー!」

 


 涙目で謝るユイガを見ていると少しだけ気持ちよくなってくる。こんな所であたしが姉ちゃんの妹だと認識させられるとは、人生って面白いけど残酷だ。

 

 あのシマウマ型の悪はと言えば、ユイガの烈弾頭ナクトとやらの突っ込んできた攻撃で完全に倒されてしまったらしく、黒い影のような何かが散らされたように見えたかと思うと、その亡骸(になっていたはずであろうモノ)は無くなっていた。

 

 

「はぁーしかしさ」

 

「いたっ! あのー、そろそろ首がほんとにひゃくはちじゅうど回りそうなんでいたいたいっ!」

 

「何なんだろうね。悪って」

 

 

 じたばたするユイガの首をがっしりと固定しながら、あたしはイルカと姉ちゃんの言葉を思い出していた。

 

 これでとりあえずあたしの命の危機は去ったのかなぁ。去ったんだよなぁ。

 


 

 

 

 

「今日はシマウマですか」

 

「イヌ。ワニ。それにカラスの群れに続いてな」

 

 

 先週、駅前に最初に現れた黒犬に続き、娯楽施設ヘリオポリスに現れた鰐、民家の空に現われた黒い鴉の群れと、本日昼間の学校のシマウマ。

 

 合計四体の《悪》がここ華桜町へ現れた。

 

 それらの悪を倒した事で、学内にとどまらず、町全体へ《悪》の存在と《正義の味方》神ヶ崎ユイガの存在は知れ渡ったといえる。


 そろそろ頃合かもしれない。

 

 

「どう思う」

 


 シマウマの悪が現われたその日、いつものようにユイガと共に放課後パトロールを遂行し、いつものようにユイガの正義の味方という名の人助けに立ち会ったあたしは、帰宅後やはりいつものように寮のサロンで缶ジュース片手にダベっていた。

 

 

 ちなみに当のユイガはといえば、今日は最新作のレースゲームを対戦するとの事でイルカと共に部屋へ引き篭もっている。

 いつもこうならあたしも平和なのだが。そうしてくれよ、ほんと。


 

「どう思う。とは?」

 

 そしてあたしの目の前には、やはりいつものようにパっと見は人好きのする笑みを浮かべる美男子君。ほんとインチキくさいな、お前のそのペルソナスマイルは。

 

 

「そのままの意味だ。お前は何か知ってるんじゃないか? 《悪》って何なんだ?」

 

「……」

 

 似非スマイルを浮かべながらじっとあたしの顔を覗き込んでくる水奈。ああ、なんかいちいち腹立たしい!

 


「そうですね。では状況を整理してみましょうか」

 

 

 おい、あたしの問いかけは無視か。

 

 

「まず一つ、恐らくコレは間違いのないことなのですが」

 

 

 わざとらしく人差し指をあげる水奈。

 

 

「悪が現われたのはこれまで計四回。もちろん僕が知らない所で現われて、僕が知らない内に駆逐されている可能性も無いとは言い切れませんが、しかしそれは考えなくてもいいと思います」

 

 

 何故か。なんて考える必要も無い。

 

 

「僕が知らないという事は、お爺様が知らないという事。ここ華桜の中において、それは有り得ません。断言出来ます」

 

 

 それは、そうなのだ。最初にユイガ達が来た夜に話した時と同様。この町の全ての事件に関する情報は、みなこいつの爺さんの所へ集まり。こいつの所へ降りてくる。

 

 

 だから、この華桜という町において、こいつが知らない事件はない。そして同時に、こいつの言う事が間違っていないという証明でもある。

 

 

「そしてその四回。これは姫君も明確に捉えている事ではないと思いますが」

 

 

 なんだ、あたしが知らない? いや、把握してない事か、その言い方が含むニュアンスはなんだ?


 


「四度の悪の襲来。そのいずれにおいても、民間人に死人はおろか、怪我人すら出ていません」

 

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