三章 不忘蔵王と黒い獣 5
不可視の衝撃を受けて、桜の木が地面へとめり込む。その影響を受け、あたりの地面が振動し、大地に亀裂を作り出す。
「ざおー! 何あれ? ぐらびてぃぶらすとな感じ? 胸キュン?」
「胸キュンしねぇぇええぇぇーー!! たぶん能力から見る名前的にはそんな感じだけど言ってる場合かー!」
背を向けて逃げるあたしに併走しながら、とぼけた感想を漏らすユイガ。条件反射的に突っ込んでしまうあたしの性格が今は憎い!
とかなんとかあたしが思ってる間に、赤い瞳を携えたそいつは、再びいななきを上げ、その両足を何も無い地面に向けて振り下ろした。
「よいっしょー!」
突込みを入れるあたしを右手で掴むと、ユイガは横っ飛びに五〇メートルほど跳躍する。
イタイ! 襟を掴まれると物理的にあたしの首が絞まるっちゅーねん!
直後、あたしとユイガが居た場所の地面が、見えない重力によって押しつぶされたようにヘコみ、土砂と砂塵を周囲へ巻き上げる。
ゾっとする。あんなん食らったら、一般的大衆的普遍的人類の強度しかないあたしの体は、内臓飛び出すどころか『誰だー? こんな所に赤いペンキと何かの死体で悪魔召還の儀式したやつはー? ちゃんと自宅かオカルト研究部室でやれー』と言われても仕方が無い物体に変容するのは明白だ。うちにオカ研無いけどね。
ズザザザザッとグラウンドの砂を舞い上げながら、あたしとユイガは地面へ着地した。
はー、首にアザつきそう。お嫁に行けなくなっちゃう。
『ヒヒヒィィィーーーンン!』
雄たけびを上げるその姿は、白と黒のストライプ柄の馬。というか、面倒くさい言い方をしなければシマウマを四倍ぐらいにして色々悪そうなゴテゴテ(棘とか牙とか)を付加したような姿の《悪》だった。
後ろの校舎からはクラスメイトを含む学校生徒の歓声が、タイフォンの壁によって遮られ半分以下の音量で聞こえてくる。
「いーなー。あれ欲しいなー。ひひーんどがーー!」
指を加えて悪を見るユイガ。あんたはそれ以上強くなって何をする気だ、正義の味方から世界の支配者にでもジョブチェンジしますか。
「とりあえずとっととどうにかしてくれ。授業中なんだし」
そんでもって今回も前例に漏れず、あたしは悪の暴れまわる城の中にユイガの策謀によって放り込まれているのであった。
「りょーかいー。でもスキルドレインとかも欲しかったよー」
相手の能力をゲットだぜする事に後ろ髪を引かれながらも、正義の味方は悪へと突っ込んでいった。
向上心を持てって大人はみんな言うけどさ、それも時と場合によるよね?
■
ユイガを真っ直ぐに見据えながら、悪がいななきと共に蹄をかき鳴らす。
その音に合わせるように、ユイガが進むその地面にいくつものクレーターが穿たれる。
一つ。二つ。三つ。放たれる不可視の衝撃を、しかしユイガは消えるような素早い動きで鮮やかに避けながら悪へと肉薄する。
「うおーりゃぁぁーー!!」
掛け声を上げながらのとび蹴り。ユイガの体重ぐらいのとび蹴りじゃあ、あの巨体にたいしたダメージを与えられるはずも無いが、そこは風神独走神ヶ崎ユイガ、神災の名は伊達ではなく、圧縮した空気の塊を足の先に凝縮させての一撃である。
ユイガの飛び蹴りが悪と衝突したその瞬間、断末魔の叫びの如き大きなななきをあげ、悪はその巨体をグラウンドへと横たえ
「あっれー?」
てはいなかった。
必殺の一撃を放ったユイガのほうが、何かにぶつかられた様に飛び込む前の位置へと押し返され、砂埃をあげながら地面を滑り着地していた。
倒れていなければならないはずの悪は、先ほどよりも更に鼻息を荒くしながら、怒りの色を帯びた赤い瞳をユイガへと向けている。
――ああ、そうか。
「ユイガ! そいつ、重力攻撃を真横に打ち出して、ユイガの蹴りを相殺したんだ!」
先ほどの大きないななきは、その重力攻撃を打ち出す為に放ったのだろう。なかなかに知恵の回る獣様だ。もしかしたらユイガよりも頭いいかもしんない。
「そーさいー? あのピカピカ光るやつー?」
それは格ゲーの話だ! コイツみたいに相殺持ちの強判定で発生早い技があったら、きっとそのキャラはぶっ壊れキャラの修正対象認定をもらえるに違いない。
「間違ってないけど! とりあえず、アレどうにかしないとダメージ与えらんないっぽい!」
なんかあたしの役って軍師って感じじゃない? 諸葛亮みたいな。ちょっとカッコいいかも。誰だあたしの事パフパフ覚えられない遊び人なんて言いやがったヤツは。
「んー、それならー」
ユイガが考えるように腕を組む。え、うそん。この状況でそのポーズってアリなの!?
余裕をかますユイガに怒りを覚えたように、悪がガンガンと蹄を鳴らす。それに呼応するようにグラウンドがイヤな音を立てながら、地面にヒビを入れ始める。
肝心の重力攻撃は来ないが、代わりにあいつの下にどでかい力が集まってきているような前兆を感じる。
「ちょっとタメに入るからー、ざおーは頑張って逃げてー」
ユイガはそう言って、遥か上空、城の内部頂点へと昇り、そこで静止する。
本気で言ってんのか! 相手はユイガより先になんかタメに入ってるし、しかもさっきから大声上げてるあたしの方に狙いを定めてるっぽいんですけど!
「まて! どんぐらい!? あたしが死んじゃうか生き残るかまでのタイムリミットを教えてぷりぃーず!」
『ヒヒヒィィィィーーーーンン!!』
展開されたタイフォンという名の城の中に、響き渡るひと際高いいななき。
違う! キミに言ったわけじゃない!
悪が踏みしめた大地を中心に、全方位に衝撃音と共に重力攻撃が落ちる。その数六個。
続いて衝撃音。その数、いくつだ? 一〇個以上。
一つ一つの衝撃では避けられると考えたのか、悪は自分を中心にした全空間に重力を落とし始めた。
でも居ないから! あんたが倒したい神ヶ崎ユイガは上に逃げてるから!
と突っ込んでいられるのは、その全包囲攻撃の波紋の広がるスピードがあまり速くは無い為。これぐらいならあたしのところに辿り着くまでには数十秒はかかるだろう。いくらなんでも、ユイガのタメとやらだってそこまで時間がかかるとは思えない。
そして聞こえる蹄の音、うん大丈夫。あたしの所に衝撃が辿り着くまでにはユイガがきっと――ってええええええぇぇぇぇ!? なんかアイツデカくなってない!?
バカラッ! バカラッ! と連続して聞こえる音は、ぎゃー! アイツ大きくなってるんじゃなくて、あの重力攻撃を周囲に纏わせながらこっち向かってきてんじゃん!
慌てて後ろを向いて駆け出すあたし。無理! なんか速いし! おまけに波紋も広がってるし!
考える間に、真後ろから聞こえてくる蹄の音。死ぬ、死んだ、さようなら。お姉さま、知ってたなら助けてくださいなんて言って助けてくれるあなただとは思えませんが!
「ひー! 死ぬ! 死んじゃうって! 助けろユイガー!」
知らず叫んでいた。あたしを危険な場所に放り込んで、あたしを好きなだけ引っ張りまわして、あたしを放って置いて安全地帯に逃げ出していった正義の味方に。
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