三章 不忘蔵王と黒い獣 4

● recollect


 最初のうちは暇を見つけた時にだけ、彼女と遊ぶ為に公園へ向かっていたあたしだったが、あたしはそれぐらいじゃあすぐに満足できなくなった。

 

 

 彼女は、ミガサキは学校へ行っていない。いや、もしかしたら行っていたのかもしれないが、少なくともあたしの通っている学校とは違う、もっと遠くの、それこそお嬢様だけが通うような学校に行っていたのだろう。

 

 少なくともあたしの通う小学校の生徒ではなかった。

 

 

 ただ、あたしがどんなに遅い時間に公園へ行っても彼女はそこに居た。

 

 小学生のあたしにしてみれば、両親と鬼のような姉ちゃんのお陰で中々外には出させて貰えないはずの夜九時なんて遅い時間に、たまたま姉ちゃんの使いっ走りで出た際にふと立ち寄った時ですら、彼女はそこに居たのだ。

 

 

 あたしが思う以上に、彼女にとって初めて出来た《友達》はそれほどまでに意味の重い言葉だったのだろう。

 

 あたしはその時、彼女に言った。

 

『学校が終わってから、すぐに行くから。何かあっても、絶対に夕方までには行くから。だから、もうこんな時間まで待ってちゃダメだ。キミに何かあったら、あたしは――』


 その先は覚えていない。

 

 それから、あたしと彼女は毎日絶対に会うようになった。

 

 確実に自分が行ける時間という事で夕方の四時から、一時間後の五時まで。

 

 

 あたしと彼女は、その一時間の間だけを公園という小さな聖域の中で共有するようになった。

 

 一度に遊ぶ時間は減った。けれど、毎日必ず会えるようになった。子供のあたし達にとって、その《二人だけの秘密の約束》は、自分たちだけが持つ、誰にも犯す事の出来ない神聖なもののように思えた。

 

 ひと月近くの間、あたしと彼女はその約束を守り続けた。

 

 けれど、五月のある日。


 

 

 その日、彼女は公園へ来なかった。

 

 今まで、あの約束をしてからずっと違わなかった約束。

 

 約束時間の前に公園へ行った日も、それより前から待っていてくれたのだろう、満面の笑顔であたしを迎えてくれた彼女。

 

 その彼女が、夕方五時、いつもあたし達が別れる時間になっても現われなかった。

 

 憤り。怒り。そんな感情は微塵も生まれない。

 

 

 恐れたのはただ、彼女が来ない事。彼女が居なくなってしまう事。

 

 事故にでもあったのだろうか、病気にでもかかってしまったのか。

 

 

 あたしがどれだけ心配しても、しかし彼女は現われない。

 

 電話でもすればいいと思うかもしれない。今の小学生ならスマートフォンぐらい持っていてもおかしくないかもしれないが、その時のあたしにとっては、それは大人だけが持てる便利な物ぐらいの認識でしかなかった。

 

 

 あたしも彼女も、お互いが住んでいる場所を知らない。迎えに行く事は出来ない。様子を見に行く事さえも。

 

 五時半を回っても彼女は現われなかった。

 

 一人で漕いでいたブランコにもいい加減飽きてしまっていた。

 だけど、それでもあたしは帰らなかった。

 

 彼女がここにどうしても来られない理由があって、それでも無理をして来てくれた時に、あたしが居なかったらどう思うだろう。彼女はあたしが怒って、それで帰ったと思うかもしれない。そこでもう、あたしと彼女の関係は終わってしまう可能性だってある。

 

 

 彼女に会って文句を言いたい訳じゃない。彼女に謝って欲しい訳じゃない。

 

 あたしはただ、彼女が元気でここに現われてくれればいいと、彼女がいつものように笑顔を見せてくれればと、それだけを願うのだった。

 

 

 公園に立てられた時計の長短の針が二本ともほぼ真下を向く。

 

 姉ちゃんに確実に怒られるなと覚悟を決めたその時、彼女は現われた。

 


 

 綺麗な水色のワンピースは見る影もなく無残に散らされ、白い肌の上には赤黒い泥と血が入り混じった汚れがこびり付き、そこにはいくつもの擦り傷が見えた。

 

 

「ざおう……」

 

「っ――……!」

 

 まるで何かに襲われたようなそんな姿の彼女は

 

 

「たすけて……たすけてよぅ……お姉ちゃんを助けて……っっ!」

 

 

 赤く腫らした目に一杯の涙を溜めていた。

 


● ……recollect end

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