三章 不忘蔵王と黒い獣 2


 呑気なユイガの声に呼応するように、地面に倒れていた黒獣の体が更に肥大化し

 

「あー、ざおーが居たんだったー! ちょっとざおーには耐えられないかもー?」

 

 まてまて! 洒落にならんというか、何そのあたしが居なけりゃなんかタイフォンの城があるから被害も少ないし自分は当然のごとく大丈夫なんだよみたいなニュアンスの言葉は!


「えへへー。しっぱいしっぱい!」

 

 舌を出して可愛く笑うなちくしょう抱き締めたいぜ愛らしいなこのヤロウでもあたしの命は風前のともしびーー!

 

「よっし!」

 

 ひと際大きな爆裂音がユイガの足から聞こえたかと思うと、ユイガの体があたしの前から消える。同時に、爆発的に膨らんでいた黒獣の体が、瞬間的にまるで最後の力が凝縮されたかのようなサッカーボール程の大きさの真っ赤な球体になり――。


 あー。走馬灯が死ぬ間際に見えるってウソだったんだーとか思っている間に、あたしの視界を閃光が埋め尽くした。

 

 あたしが死んだら、○○○と×××の焼却だけはって、誰かに頼んでおけば良かったなぁ……。



 


「むゆぅー……。せーふく焦げちゃったー」

 

 閃光の後、黒獣の自爆跡には、築かれた瓦礫の山と、服のお腹の辺りを中心に、こんがり真っ黒に焦げあげて笑っているユイガの姿があった。


 おへそが見えてて凄くせくしぃ。

 

 とかじゃなくって!

 

 急いでユイガのもとへと駆け寄るあたし。

 

「あんたはー!! 大丈夫? 生きてる? 死んでたら返事しな!」

 

「しんじゃってたら何てお返事すればいいー?」

 

「質問を質問で返すなあーっ!! 学校でそう教えているのかっっ!?」

 

「だがことわるー!!」

 

 

 大きく手を振り上げて応えるユイガ。

 漫画の読みすぎだ! お互い様だけど!

 

「まったく」

 

 自然と笑みがこぼれた。

 

「あんがとね」

 

「えへへー」

 

 気の抜けた声を出しながら、真っ黒にした顔をかくユイガ。

 

「たいふぉんー」

 

 ユイガの呼びかけに応じ、ぱしゅんというような何かが弾けるような音が聞こえ、周囲を囲っていた《城》が解除された。


 

『すーげーな姉ちゃん! あんた何者だ!』

 

『あー、やっぱり。正義の味方のお姉ちゃん!』

 

『マジ今のやばくない? なんで怪獣が出てくるワケ?』

 

『いやぁー……流石に映画かなんかの撮影でしょ。……カメラ見つかんないけど』

 

『ウチの店がぁぁぁああーー……!』

 

『昨日の神災ってのはさっきの怪物? それともあの子?』

 

『……しかし、さっきの風ははなんだったんだ?』


 

 途端、聞こえてくるのは人々の歓喜と賞賛の声。

 

 一名だけ不幸などこかの店長さんらしき人がいらっしゃるが、そこは命があっただけ儲けものだと思って涙を呑んで頂こう。

 まあたぶん、あの爺さんに話せばいいようにしてくれるさ。

 

「あのさ、ユイガ」

 

 と声を掛けるも暇も無く、ユイガは人の波に囲まれて質問と歓声の嵐に押されていた。

 

 まずい、コレだけは言っておかなければっっ……!

 

 

「あの……どぅわっ!」

 

 しかし押し寄せてきた集団によって、あたしはたちどころにユイガの傍から離されてしまう。マズイんだって! これだけはどうにかしないと!

 

あたしがユイガに近づくために四苦八苦していると。

 

 

『お姉さんが噂の正義の味方の人?』

 

 人の波の中からそんな声が聞こえた。

 

 その声に応じるように神ヶ崎ユイガは声を上げる。

 

 

「正義の味方。神ヶ崎ユイガでっす! 魔物とか悪い人とかキャッチセールとかの《悪》にお困りの際は、九王ノ宮一年F組、神ヶ崎ユイガか不忘蔵王までご連絡をー!」

 

 それはそれは綺麗な良く通る声で、大きな胸を張り出して。

 

「あ、お姉ちゃんおっぱいみえてるー!」

 

 ぎゃー!!

 

「あれ? えへへー、ちょっとだけだよー?」

 

 言うより先に隠せっっ!

 

 だからっ、あんたの服はっ、既に限界ギリギリなんだってば!

 

 あたしは人波へと突っ込むと、そのままユイガにブレザーをひっかけて、全速力で連れだしたのだった。

 

 ……やれやれ。この子はやっぱり、色々と危ない大きなお子様だ。


 


 

『さて。私の予言が外れるとでも思ったか』

 

 

「……その言い方ならそんな事は微塵も考えていないでしょう」

 


 帰宅してそうそう、出てもいないのに勝手に着信してハンズフリーモードで語りだした携帯電話の相手の声はこれだった。


 どうやったらこんな芸当が出来るのか、何てことはこの人相手には通じない。

 機械の性能とか物理的な常識とかをこの人に期待するだけ無駄である。

 

 そういう生き物なのだ、この人は。


 

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