三章 不忘蔵王と黒い獣 1

 

 

《あなたが思う正義の味方とは?》


『あの時の姫君ですかね。定型化された言葉で恐縮ですが、それでもあれは、正しく正義の味方でしたよ』


 

 


 

 足元に走る亀裂は、普通に生きていたらまずお目にかかれない、獣の着地によってアスファルトに作り出されたクレーターの余波によるもの。


 四トントラックが走ってもビクともしないその道路の上に、二〇メートル程離れたその場所に、黒い獣が立っていた。

 狼に似てはいるが、しかしそれでは比喩表現に欠ける姿は、獣の四肢を持ちながら随所がトゲトゲしていて、もう触ったらそれだけで被れてしまうくらいじゃ済まなそうな危険物のような皮膚をしていた。

 あたしだったら横に一〇人ぐらいは入りそうなその巨大な顎には、ズラリとした牙が数えるのも馬鹿らしくなるぐらい揃っていて、恐竜にも似たイメージを連想させる。


「さってさてさてーー」

 

 ユイガが軽く伸びをすると、その体から一陣の風が巻き起こった。

 先ほどの《城》の構築がユイガの力によるものだと理解したのだろう、こちらを向いた黒獣が店の窓ガラスをぶち割ってくれたものと同じ威嚇の咆哮をあげる。


「ではでは、正義はちょっとばかり正義してくるねー!」


 言って、神ヶ崎ユイガは風の鎧を纏いながら黒獣へと突進していった。

 

 ……あ、パンツ黒だ。似合わない。



「どおーーりゃぁぁぁあああーー!」


 さて、では正義の味方の声をBGMに、少し思い返してみたいと思う。

 

「とうっ! とうっ! とぉぉぉおおうっっ!」

 

【問一】まず突如現れたこの《悪》。どこから出現したのか?

 

『グガオオオオォォォォッッンンンン!』

 

【解一】そんなのわっかんね。でも突然現れたよね。わざわざ街中をどっかの秘境とかから、はるばるのっしのっしとやって来てくれたのなら、ここに来る前にもっと騒がれているはずだし。

 

「うみゅー! 火炎ビームも標準そうびとなーー!?」

 

【問二】この《悪》は何者なのか?

 

「きゃーっっ! あっつぅーー! 制服焦げちゃうでしょーー!!」

 

【解二】何者か。何なのか。解らないけど。でも、こいつはきっと《神災》の力だ。それ以外で、こんな超常現象を、怪物を生み出す術をあたしは他に思い当たらない。

 

「お返しだよーー!」


【問三】では《悪》を生み出した《神災》は誰か?

 

「どーだー! 正義的滅風剣アナトーー!」

 

 ズガガガガガガガッッ! とか、なんかが盛大に壊れるような音がしているが気にしない。ついでにアスファルトが隆起して凄まじい事になってるのも気にしない。

 

【解三】あたしが知っている神災で、こんな事を出来るヤツは居ない。イルカの神様の力は知らないが、彼女がこんな事をする理由も思い当たらない。だとすれば、あたしの知らない誰か。第三者の《悪》を生み出した《敵》が居ると推測するのが妥当だろう。


『ォォォォォォォンンン……』

 

【問四】では、こうなる事を知っていたのは?


「あっれー? もうおわりー?」

 

【解四】昼間のイルカの話は、間違いなくこの悪の出現を指していた。そしてユイガもまた、悪が現れる事を知っていた様子だ。あたしの知る限りこの二人だけである。あ、姉ちゃんは例外。あの人には既知とか未知とかいう概念が存在しないから。万が一解らない事があるなんて言われたら、そっちの方がよっぽど気味が悪い。

 

「えー!? つーまーんーなーいーーーー!!」

 

【総合問題】では、この悪とはつまり?

 

『ウウゥゥゥゥゥゥゥゥ…………』

 

【結論】何者かが生み出した神災による超常現象。もしくは神そのもの。昨日の夜、イルカがあたしに言った『期待している』という言葉。そしてそれをわざわざユイガでも他のクラスメイトでもなく、あたしに言ったという事実。これに、何か意味があるのだ。

 

 ――うん。だからあたしは、姉ちゃんに言われたとおり、今は静観していようと思う。そうさ、悪を倒すのは、いつだって正義の味方の役目なんだから。

 

「あれ、ところでユイガ。もう終わったの? って……」

 

 うぉう! 何あいつ! なんか真っ赤に染まってさっきの三倍ぐらいの大きさになってるんですけど!

 その時、いつの間にやらあたしの隣に立っていたユイガから、なんか不穏な言葉が聞こえた。

 

「あ、自爆っぽいかもー」

 

「……マジ?」



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