二章 不忘蔵王と必要なもの 5
『もっと私を楽しませなさい。ほら、まだ首が千切れただけじゃない……!』
「まてまて! ゲージ使用イカリングはやめておいたほうがいい!」
『ドガガガガガッッ!』
「だめだめー。しょーぶの世界はひじょーなんだよー!」
『そぉぉぉら!』
「無理! その中段見えないから!」
『ビシッ! ダッダッダッダッダ! ガスッ!』
『ああアァァ――ッハッハッはぁぁーーッ!』
『ぐはあああっっ!』
「ざおーはもう少し目を鍛えた方がいいねー」
「その前にユイガが読みあい強すぎんだよ……」
そこには勝者と敗者が存在していた。
「えー、だって最後のは見てからガード出来るでしょー?」
「一四フレームの中段は見えるとか見えないとかそういう次元に存在してないから! ていうかゲームちゃんと作れ!」
駅前のゲームセンターの二階。
あたしはユイガに引きずられ、昨日同様市民の平和を守る為パトロールに精を出していた。
「もっかい! もっかい勝負! もっかい!」
「これが人間の限界かー。生まれ変わって出直してきてねー」
「その言葉はユイガが言うと危ないからやめなさい!」
対戦型の筐体を挟んで、あたしとユイガは戦っていた。
パトロールに精を出しつつ、ゲームセンターの平和を口プレイ全開でそこはかとなく乱しながら。
『開幕より終着へ。ようこそ、我が享楽と狂落の舞台へ――』
『あら? アナタは何回死んでくれるのかしら?』
とりあえず一五回死にました。
結局あたしの財布を軽くする事にだけ一役かってくれたゲームセンターを後にし、あたしとユイガは昨日も訪れた駅前のファーストフード店、ネーゲルバーガーの二階で、夕方五時のおやつを貪っていた。
「しかしさ。ユイガ。強すぎ。あたしだってここらじゃ殆ど負けた事ないのに」
「ふふーん。やり込みは裏切らないよー」
それはどこぞの偉い人の台詞だ。決して今日初めてゲームセンターに来た人間が言っていい台詞ではない。
「ていうかね。なんで二回目のプレイでそこまで動けるのかな」
飲み込みが早いとか遅いとか言うレベルじゃないじゃん。
「いふふぁふぁんがへーむふきはからひぇー」
「ちゃんと飲み込んでから話しなさい」
お行儀が悪い。
まふまふとハンバーガーを咀嚼する神災サマは、なんだかリスのようだ。オレンジジュースを片手に急ぐように頬の中身を消化していく。
「むはー。ごちそーさまー。ざおーごちそーさーまー」
「どういたしましてぇぇーー……」
敗者の責務として奢らされてしまったのはせん無き事である。
「いるか君がゲーム好きだからねー。正義も結構対戦するんだよー」
対戦てーと、ギルギアとか銀拳とか? どんなゲームをやればそこまで飲み込みが早くなるのか参考までに教えて欲しい。
「ぶよぷよーんとかかなー」
「返せ! あたしのゲーセン通いの三年間を返せ!」
落ちゲープレイヤーに負けたの!? ほんとに!? 知りたくなかった事実だよ!!
「確かに瞬発的な判断力と先見の明は鍛えられそうだけどさ……」
なんか納得いかない。
「まあいいや。それはそうと、今日はどうすんの? また昨日と同じパトロール?」
「うーん。そうだなーー……」
あたしに問いかけられたユイガは、しかし腕を組むと何かを考えるようにし
「そろそろ来ると思うんだけどなー」
「来るって」
なにが。と再度問いかける前に、テーブルがカタカタと揺れだした。
地震かと思った刹那、あたしはそれと同時にただの地震ではない可能性を思い浮かべた。
『……勇者には必要なものがある』
反芻されるのは昼間のイルカとの会話。
店内は突然訪れた不慮の事態に慌しくざわめき出し、どこかでトレイと飲み物を落としたような音が聞こえた。親子連れの子供は泣き出し、急いで階段から外に出ようとする人も見える。
店内の喧騒は見る間に悲鳴となり、店全体を揺るがす巨大な振動となって人の足を奪う。
悲鳴と怒号が飛び交う店内は、先ほどまでの穏やかな雰囲気と一変し、混乱と狂乱が支配する地獄へと化す……!
……などという事は無かった。
「おっきい地震だったねー」
何のことも無さそうに言うユイガ。
千切れんばかりに振れていた天井から吊るされた電灯も次第に元の形に収まり、紙コップの中のミルクティーの水面までも今はもう静かなものだ。
あれ、今の何? 本当にただの地震?
あたしの心配とか混乱とか焦燥とかはどーすんの?
「とりあえず、イルカには嘘つき美男子海洋類の二つ名をくれてやろう」
なんか語呂悪い。うまいの考えて。
「ん? なにー?」
本当に聞こえなかったのだろう、首をかしげてあたしの顔をお気楽な顔で覗き込んでくるユイガ。
「や、なんでもな」
い。という最後の言葉は、今度こそ本当に訪れたそれに阻まれた。
耳をつんざく様な巨大すぎる音の波。それが何かの咆哮だと認識する前に、道路に面していた窓ガラスが手当たり次第に破壊の音を立てる。
先ほどの地震から落ち着きを取り戻しかけていた店内に、先のそれとは比べ物にならないほどの混乱が訪れる。
それもそのはず、外側から破砕された窓ガラスが窓際の席に座っていた人たちに溢れんばかりの暴力を浴びせられ
「ふぃぃぃーー……」
てはいなかった。
あたしの前に座っていたユイガがいつの間にか窓際の席へとより、例のエアバッグで内側への破壊の嵐を食い止めていたのである。
「あーぶないねー」
のんびりした声。しかしその視線は、あたしや店内のあまりの出来事に呆然としているお客さん達にではなく、外側へと向いていた。
「ユイガ?」
何がどうしたという前に、今度は悲鳴が聞こえてきた。
女性、男性、子供に、大人。
中にはキャンキャンと喚く犬の鳴き声まで聞こえる。
呆然としていた店内の客たちも、その破壊の原因を見つけようと窓へと目をやり、あたしもそれに倣うように窓の外へと眼を向け――
そこに、紛う事なき《悪》が居た。
■
まあ簡単に言えばそれなりに予想通りだった。だって、イルカの言葉は設問ではなく解答だったから。
だからと言って別に安穏としていた訳ではなく、かと言って楽観視していたわけでもない。
どのようなモノであるかは予想できないにしても、何か《危険なモノ》が現れる可能性はあの時からずっと考えていたし、そして、それがあたしがどうこうできるモノではない事も解っていた。
だって、あたし《遊び人》だし。
だからあたしは、今は見ているだけでいい。モンスターを倒すのは、敵を倒すのは、魔王を倒すのは、《悪》を倒すのは、いつだって正義の味方の勇者様なんだから。
「にしてもねぇ……」
これはいささかやり過ぎではなかろうか。
先ほどまで居たネーゲルバーガーが入った六階建てのビルの前。
外に出たあたしは、首が痛くなるような角度で前方斜め四五度よりも上方に位置するパチンコ屋の屋上を見上げていた。
夕刻とはいえまだ春の初め、未だ水色の空と白い雲とうっすら透明な浮遊城タイフォンという、いつも通りの平和な様相を所持する大空を背景に、ソレは飢えた肉食獣を連想させるような構えをしながら、眼下で逃げ惑う人々を睥睨していた。
給水塔かはたまた室外機か、パチンコ屋の屋上にぴょこんと飛び出て設置されたその機械の上から、四肢を構えてこちらを威嚇するのは黒い犬のような影のような巨体。
成人男性の体ほどもある両手足を踏みしめ、赤い双眸に怒りのような色を滲ませるその姿は、突き出た山岳の岩山の上で月光を背に遠吠えする狼のようにも見える。もっとも、サイズは段違いだけど。
「きたーねーー」
ふわりと、あたしの横に二階の割れた窓から出てきたユイガが着地する。
「やー。赤ちゃんにはこわかったかなー。泣き止んでくれないんだもんー」
いや落ち着け! そこは赤ちゃんに限定する場面では断じて無い!
あのエアーバッグのような何かで窓ガラスの破片の雨から客を守っていたユイガは、とっとと突っ込んでいくのかと思いきや、どうやらあの混乱で泣き出した赤子をあやしていたらしい。
正義の味方はアフターケアも重要という事だろうか? もしかしたら子供好きなだけなのかもしれないが。
「んで、ユイガ。あれ。何」
「あくだよー?」
悪ね。別にいいけど。それで。
「勝てんの?」
「めっこめこー」
からからと笑う姿は余裕たっぷり自信たっぷり。
アレを見ても何も動じないどころか勝利宣言しているのだから、もう慣れっこと言ったところか。
いいのか、あんなのに慣れてしまっていて。自分に後悔無い?
「たいふぉーんーー」
よく通る綺麗な声に呼びかけられ、黒い影にも全く動じずに上空を浮遊していたその浮遊城は、見る間にその姿を霧散させた。
刹那、あたしの横を通り過ぎるように突風が吹きぬけたかと思うと。
空間が切り取られていた。
黒獣を見て叫びを上げていた人々の声も、少し離れたビルの上方に位置する巨大なディスプレイから発せられる広告音も、ありとあらゆる音がまるでテレビの音量をいっきに半分以下にしたように静まる。
存在するのは風の壁。
ではまだ言葉が足りない。
強すぎる烈風は人を傷つける凶器になり得るけれど、その大気を流動する風の壁は、壁の役割を果たす一方で、押し固められた空間のように外部に被害をもたらさないようにし、同時に外部からの侵入者へ危害が及ばない加減まで加えられた上で侵入者を阻んでいた。
あたし達の居たビルと黒獣の位置するパチンコ屋を中心に四角く切り取られたその空間の外側では、先ほどの突風に押し出された人々が何事かと声をあげ騒ぎあっている姿が見える。
いや、押し出されたではまだ語弊がある。ユイガはタイフォンを風として操り、人々をこの空間の外、安全な場所まで移動させたのだ。これはもう風を操るとか大気を操るとかそんなレベルじゃない。
この広範囲の空間から人間を追い出し、丸ごと外と断絶してしまっているのだから、空間操作とか結界作成とか、そんな都合の良い能力だと言っても過言ではないだろう。
「浮遊城……ねぇ」
その言葉は言いえて妙なようで全く見当違いだ。
城とは外敵から城内の人々を守る為に作られるものであるはずなのに、これでは、内側で死闘を演じる怪物同士を安全な外側から人間たちが観戦する為の檻に相違ない。
「って、まて! なんであたしもこの中に居んの!?」
どうせなら他の人と一緒に外に出してよ! ユイガがどんだけ強くても、あたしはふつーのごく一般的大衆的な一市民なんだから!
「うれしいでしょー?」
誰が!! あたしが紐無しバンジージャンプを諸手を上げて率先して行うような人間に見える!?
「正義がー!」
おまえかよ!!
あたしが突っ込みを入れる前に、あたしの耳に巨大な何か(解ってるけどね)が落下したような音が聞こえてきた。
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