二章 不忘蔵王と必要なもの 4
「――」
「別に驚かなくてもいい。あたしと二人で話す事が出来る機会をうかがってたんだろ? それも人の目につかない場所で。朝の様子も、あれじゃあ気にしてくれと言ってるようなもんだ。そこまで分かれば簡単。あたしが一人になった所を見せれば、あとはそっちからやって来てくれる」
だからこの説明だって必要ないのだろう。だって、彼女は全て解っているはずだから。
「昨日の夜のあの言葉。『期待してる』って何だ? 姉ちゃんの予報でも今日から一週間、どしゃ降りにプラスして不吉なワードのおまけつきだ。こんな予報なんて《あの時》以来だよ。今日、何が起きる? 何を知っているんだ? 神ヶ崎イルカ」
「……」
沈黙の答えの代わりに、イルカの袖から出てきた白蛇があたしの足元までやってきたかと思うと、そのままあたしの体を登ってきた。器用にあたしの肩と首に体を置いてバランスを取っている。
うーむ。ひんやり感がちょっとキモチイイかも。
別段気にはならない。この、イルカが姉さんと呼んでいた彼女の神災でもあるだろう白蛇。
なんというか、存在感が希薄なのだ。ぬいぐるみのような瀬戸物のような、なんだか無機物に近いイメージを与えられる。
それでも蛇の形をしているのだから、苦手な人は苦手なんだろうが、あたしはあんまり気にしない。
別にハ虫類嫌いじゃないしね。
「……」
その様子を見ていたイルカは、しかし何も言わず何もしない。彼女の意思ではなく、白蛇が勝手に動いたのだろうか?
同じ寮に住んでいたのだから当たり前といえば当たり前だが、イルカは九王ノ宮の制服を着ていた。青いリボンである事から、あたしと同じ一年生だろう。
ユイガは妹と言っていたが、そうなると双子の妹なのだろうか? どちらも中性的な美人と美少年(実際には少女だが)と言った顔立ちで確かに似てはいるが、しかし二人が持つ雰囲気は全く異なる感じがする。
ユイガが大きいながらも人懐っこい犬、具体的に言えばゴールデンレトリバーのようなら、イルカは小さいけれどクールな黒猫のような感じだ。
「不忘蔵王は……ゲームが好き」
そんな彼女が、呟くようにあまり唇を動かさずに言葉を発する。
質問ではなく断定だった。
「や、好きだけどさ」
何、その一方的な解釈は。
だから何なのだ? あたしがゲーム好きでロープレイングゲームも格闘ゲームもアクションゲームも嗜んでいて、学校初日からクラスメイト達と携帯ゲームで狩猟生活ばっかりしていたからといって何が関係ある?
「……ボクも好き」
……予期せぬカミングアウト。そりゃ女の子とはいえ今時の高校生だ。別にゲーム好きでも驚かないけど。
それで実はギャルゲーが好きで可愛い女の子出てこないとやってられないよねとかお姉さまとわたしみたいな妹と書いてスールと読む的な何かが好きで好きでたまらないですとか言われたらそりゃ多少は驚くけどでも個人の嗜好にケチをつけるつもりはないしあたしはあたしで別にギャルゲー嫌いかと言われればそりゃ可愛い女の子も格好いい男の子も好きなんだけど……って。
……はっ!!
『期待してる』って、ウソですよねまさかですよねつまりはそういう――
「いやいやまてまて美少年――じゃない美少女! あたしはイルカみたいな可愛いびしょうね、美少女は大好きなんですが! しかしそれはそれで何か甘美で淫靡で危険な何かがそこはかとなく漂いまくっているというか!」
「安心して……不忘蔵王はユイガのモノ」
何が安心してなのかいや実際解るけどその前にあたしの発言に対する突込みがないとマジで危険な五秒前な人に見られて余計に恥ずかしいというか。
ユイガのモノって、そもそもあの姉の認識はそれでいいのか問題ないのか。
「あと。ボク……女の子」
何か寂しそうな顔をして下を向くのはやめて欲しい! それはあんまり乱発すると告白されまくるリスクを背負っていますよ! そのセリフも実にきたない!
つーか意外だが、あたし年下系に(実際ユイガと双子だから同い年なんだけど)弱いのかもれん!
「……不忘蔵王はゲームが好き」
なんだかうろたえまくってる(自爆だが!)あたしを置いて、イルカが再びその言葉を確認するように言った。
「ボク……魔法使い」
ん?
「ユイガ……勇者」
何だ?
「職業……ジョブでもいい」
や、イングリッシュに変換しても意味同じだから。
「……わかる」
それは疑問系だな? 疑問系でいいんだな?
「解るけど。それが?」
「……役割」
役割。
何を言わんとしているのか少しばかり判断しかねるが、それでもユイガが勇者というのはなんとなく理解できる。
で、イルカは魔法使い。それがイルカとこの白蛇の神災の力なのか?
あたしの肩の上で白蛇が赤い舌をチロチロと出していた。
「不忘蔵王は」
そこにあたしが入るのか。なんだろ、どうせなら格好イイ忍者とか侍とか賢者なんかがいいな。忍術も剣術も得意だし。でも一番得意なのは勉強。あ、ここ笑うところじゃないよ?
「……遊び人」
「いやがらせですか?」
思わず敬語になってしまった。
「……ぱふぱふは覚えられない」
「よし。表へ出ろ」
教育が必要なようだ。
「冗談……じゃない」
「冗談じゃないんだ! 傷ついた! 凄く傷ついた!」
あたしのガラスなハートは粉々に砕け散ったよ! つーかイルカもぺったんこじゃん! 薄いじゃん! ばかばか!
「……勇者には必要なものがある」
そりゃ剣とか鎧とか実は王族の血を引いた最後の一人でしたみたいな設定とか必要でしょうよ!
いいよもう! どうでも!
「……何が必要」
蒼い瞳がじっとあたしを見ていた。それは何かの答えを求めるように、あたしの視線と交差する。
え、今までのノリでそれ? ちょっとキビシくない? 絡みづらいって言われない?
「……」
茶化すあたしに、しかしイルカはその視線を止めない。
「勇者に必要なもの……ねぇ…………」
そんなの、一つしかないじゃん。
「……ふぁいと」
なんとも感情のこもっていないエールを送ってくれると、イルカは校内への扉を開けて戻っていった。
いつの間にやらあたしの肩から下りた白蛇が、彼女の後を追いかけて行く。
しかし、『勇者に必要なもの』か。
姉ちゃん。あなたの予想は的中率が高すぎてイヤになります。
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