二章 不忘蔵王と必要なもの 3
「どうですか? 僕の口は真実しか語らない事を理解していただけましたか?」
「よく解った。解ったからその回りくどい言い方はやめろ。頭が痛い」
ただでさえ処理落ちしかかっているのに、昨日のやり取りまで思い出したらあたしの頭はメモリの増設を待つ前に頭髪に深刻なダメージを受けてしまう。
投げるように机の上に鞄を置いたあたしは、ドスンといった感じで(実際にはそんな音は鳴らない。スマートだから)お上品に椅子に腰を降ろした。
一息して教室のそこかしこで発生している喧騒に耳を傾けると、はたして昨日の水奈の話どおり、どこも似たような会話ばかりが行われていた。
『昨日のお昼休み。神ヶ崎さんと不忘さんどこかに行ってたじゃない? あの時、神ヶ崎さんが車に轢かれそうになってた男の子を助けたんだって!』
『凄かったんだってね。あたしの母さんがちょうど現場に居たんだけど、見てた人たちも大喝采だったらしいよ?』
『あんなに綺麗で勉強も出来て、しかも正義の味方って、お姉さまったら素敵過ぎますぅ……』
『あんた、それ、ちょっとヤバいよ……』
何か昨日から一部に危険思想の持ち主が居る気がする。
『二年の先輩達もどっかの男に絡まれてるのを助けてもらったとか聞いたぜ?』
『あー、あの人いいよなー。おしとやかで品があって……』
『オレはノリ良い伊吹先輩の方がタイプだけどな。おっぱいでかいし』
『僕は姫君の卓球ラケットのような胸もいいと思いますよ』
『まあ神ヶ崎の名前は出ないか。初日にして既に不忘の嫁さんなのは間違ねーし。……不忘め!』
「水奈」
「なんですか?」
「グーとチョキとパーと全部な。どれがいい?」
「《どれ》の使い方がまちがうげふぅぅぅっっ!」
悪は倒れた。
さて、地面と抱擁しながら接吻をかましている優男の上に乗り、この教室内の現状を慮ってみるとしよう。
まず第一に――
ガララッ! と、教室の前扉が勢い良く開かれ
「おはよー! 風になって来たよー! ざおー!」
熱い抱擁に包まれましたっ!
「またおはよう~。今日の風はちょっとばかりヤンチャだったぜ~」
両手足を正義の味方に拘束されたあたしに挨拶しながら、ヘルメットをロッカーに押し入れる玉兎。
「ユ、ユイガ、ちょっと苦しい」
「ん~? 気持ちいいよ~? ほっぺたすりすりー」
「フワくん~。わたしもすりすり~」
ボディタッチの激しいクラスメイト達だった。
「ふっふっふ」
不適な笑みを(悪役のつもりだ、こんなんでも)こぼしながら、その二人の愛情からどうにかこうにか抜け出ると、まだ床と愛し合っている水奈の上に再び飛び乗り、声高らかにあたしは宣言する。
「ユイガ! 今日は昨日のペースでいられると思わない事だね!」
「なにーー?」
それを不思議そうな顔で見つめてくるユイガ。
「見なさい。後ろを」
そう、神ヶ崎ユイガの後ろには、先ほどまで噂話に意識を傾けていた野次馬根性丸出しの軍勢が、目をキラキラしながら待ち構えていた。
「あーっはっはっは! そいつらに捕まって好き放題質問詰問『そ、そんな事まで聞くの!? 恥かしい! でも……』攻めと言う名の嵐にあうことね! 今日はあたしはゆったりとした一日を過ごさせてもら」
ガシリ。
高らかに笑うあたしの肩に、重量感のある腕が置かれた。
恐る恐る後ろを振り向く。
「ウッス! 自分、暴露話大好きっス! 根掘り葉掘りある事ない事ない事ない事とか聞きたいっス!」
そこには、何よりもこういった話が大好物な男が白い歯を輝かせていた。
そうだよね。あの盛り上がりで、当事者の一人であるあたしが逃げられるわけ無いよね。
■
午前中は散々だった。
朝のあの朝礼前のやり取りに加え、授業の間の休み時間に果ては授業中(勉強しろ。お前ら)にと引っ切り無しに興味本位に人がやってくる。
昨日昼休みにあった出来事。二人の先輩の話。ヘリオポリスでの話。
それこそクラスメイトだけでなく、新聞部を初めとする他クラス多学年の人たちまで現れるのだから、ちょっとではなくすこぶるお疲れなあたしである。というかマジで暇人ばっかか、うちの学生は。
昼休みのチャイムと同時に掛けられたユイガの『ざおー! 人気者だねー!』との、人気者はあたしじゃなくてユイガ、キミだ! と突っ込みたくなるような声を背に受け、全速力で屋上までやってきたあたしであった。
ドアを出た先、壁に寄りかかりながら息を落ち着かせる。
とりあえず。眠い。昨日結構な時間まで起きていたせいだろう。あたしの身体は今、睡眠という名の最大欲求を身に抱えている。
午後の授業を心配するわけじゃないけど、それでも残りの授業時間を睡魔と闘いながら過ごすのはあまり歓迎したくない。
であるからして、あたしはこの僅かな空き時間を睡眠に当てて急場をしのごうと思う。真面目だなぁ。あたしは。
……でもね。それ以上に、今のあたしは確認しなくちゃならない事があるんだよね。残念ながらさ。
そして、私は校舎の階段へ向かう。
目指すは屋上。この時間なら人の少ないであろうその場所へ足を向けた。
「何が起こるんだ?」
予想通り。音もなく現れたその人物に私は声をかけた。
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