二章 不忘蔵王と必要なもの 2


 

『さて。ここ一週間の天気は連続してどしゃ降り。独走の限りを尽くす暴風の後、ところにより悪鬼羅刹のアクマが降るでしょう。

 お出かけの際には注意をしてもしなくても生命の儚さを知る事となります。

 何をやってもまあ決死の思いをすることは間違いないので、そこそこに頑張れ。まだお前に出来る事はないよ。まだ。な』


 


 

「はいそこ! 神様を送迎カーにしない!」


 翌日、登校前にユイガに叩き起こされたあたしは(今朝知った事だが、どうやら彼女とイルカはあたしの隣の空き部屋に越してきていたようだ。まったく、騒がしい上に気が休まらないことこの上ない)寮の前で、ユイガにどうせ無駄になるのは解っている常識を説いていた。


「昨日、人間の足とはちせいの(以下略)についてあたしに偉そうな事言ったのはユイガでしょ! はい、歩く歩く! あ、タイフォンは戻って町の平和を監視してくれてていいからね」

 

 あたしの前にはユイガとイルカ。地上へと高度を下げかけていたタイフォンは素直にあたしの言う事を聞いて空へと戻って行ってくれた。うーん、ペットじゃないけど飼い主に似なくて良かった。

 

 

「えー。めんどい~」

 

「『えー。めんどい~』じゃない。神災だからって特別扱いしないよ。それに、正義の味方するなら街の様子をしっかりと確認しておいた方がいいでしょ。第一、その、なんというか」

 


 

『あれ昨日の竜巻の中に居た子じゃない?』

 

『上見ろよ上。あれが噂の神様か?』

 

『すっごーい、キレーな金髪。外人さん? モデルさん?』

 

『あっちのちっちゃい子。格好イイね。なんか王子様って感じかも』


 というのは周りの学生からの声。

 

 うん。異常に目立っている。

 

 だがそれも仕方が無い事。台風娘神ヶ崎ユイガは、水奈いわく昨日あんな登場をしてしまった為に学校中の噂になっているらしい。

 

 それに加えてこの二人の容姿である。注目されるなというほうが難しい。

 


 ただ、昨日町の王様たる水奈の爺さんから正式に新たな神災――ユイガの事だ。について町中に連絡があったらしく、それに関する騒ぎが無い分だけマシだと思うしかない。

 

 だが、そもそもこの寮には九王ノ宮の生徒の半数近くが住んでいて、これから皆登校する所なのだ。その生徒達が奇怪で美人な新入生に目を向けるのも無理はない。

 まして、タイフォンになんて乗っていったら、連絡はいっているとしても、町中から好機の眼で見られるのは避けられないだろう。

 

 

「そう言われるとー。そうなのかなー」

 

 ぶーたれるユイガの言い分が昨日と全く首尾一貫しないのは、単にこの娘が気まぐれなせいなだけのような気がする。

 

 

「……蔵王はユイガの扱いが上手」

 

「別に下手とか上手とかじゃ……って、何それ」

 

 イルカの袖から白く細い何かが飛び出ていて、あくびのような物をしている。

 

 

「……へび?」

 

「違う……姉さん」

 

 いや、それどう見ても蛇だろ。というかそもそもイルカの姉さんはユイガじゃないのか。

 思っている間に、その白蛇はスルスルとイルカの袖の中に引っ込んでいった。

 

 

「もしかして、イルカも神災?」

 

「……(コクン)」

 

 首肯だけであたしの言葉に返すイルカ。姉妹で神災って、どんだけの確立なんだろ。

 

 まあ、ユイガが神災の中でも規格外の能力の神様持ちなワケだし、この際もうあんまり気にはならないけど。

 

 

 しかしユイガといいイルカといい。こう言っちゃなんだがやっぱ変わってる。

 

 物の見方が違うから。感性が違うから。世界の見え方が違うから。だから神災なのだろう。

 

 

 才能という言葉は、精一杯の努力をしてきた人達を一つの言葉でまとめてくくってしまう事で、努力を否定しているようにも思えてしまい、あまり好きではないのだけれど。

 

 それでも彼女たちのそれを評すなら、それは《神様を見つけてしまう》才能と言っても良いのかもしれない。

 

 

 ……その才能が、本人たちにとって本当に幸せな才能なのかは置いておいて。

 

 などとそんな事を考えていたあたしの前に、ごっつい鋼の塊が爆音とともに停車した。

 

 

「おはよ~~」

 

 真っ黒ないかついフルフェイスのヘルメットから顔を現したのは、赤毛の似合う柔和な笑顔の少女。

 

 

「おはよう玉兎。相変わらずなんともパワフルなのに乗ってるな」

 

 無害そうな彼女の性格をもって、何故これを選んだのかと問いたくなるような無骨で凶暴なデザイン。トライなんたらとかいう海外の自動大型二輪車である。

 

 

「バイクはいいよ~。フワ君も乗ってみたら~。後ろに乗ったときは気持ちよかったでしょ~?」


 確かに、少し前に乗せてもらったときは非常に爽快であった。まるでジェットコースターにでも乗ったような気分になったし。風を切るように走るのは気持ちよかった。それは間違い無い。

 

 でもね玉兎。ひ弱で可憐なあたしはとてもじゃないけど、それが倒れでもしたら持ち上げられる自信が無いよ。

 


「ふっふ~ん。なにごともコツが有るのですよ?」

 


 少し得意げに成りながら大きな胸を張ってみせる玉兎。

 

「ユイりんもおは~よう~?」

 

 

 玉兎が疑問系になるのも無理は無い。

 

 ユイガが瞳をキラキラさせながら、玉兎のバイクをどうにもたまらんと言った様子で見ていたからだ。


「うおー! ギョクトー! なにこれー! すっごいかっこいーー!」

 

「お、ユイりんわかる~! いいでしょ? かっこいいっしょ~! これはね――」

 


 バイク好きの玉兎が嬉しそうにその二輪車についての説明をしようとした矢先。その言葉が唐突に止まる。

 

 あ、この顔は何か変なことを思いついた時の顔だ。

 

 

「これはね。正義の味方が一度は乗らないとダメなものなんだよ~。ほら、仮面ライドーとか知ってるかな~? 正義の味方はコレに乗れないと正義の味方として認めてもらえないんだよ~」

 

「ほんとにーー!? でも正義はどうやって乗ればいいのかわかんないよー……」

 

 

 信じてるし涙目になってるし。

 

 

「仕方ないな~。それなら特別に玉兎さんが乗せてあげましょう~!」

 

「やたーー! ギョクトー! だいすきーー!」


 玉兎に飛びつき、体全体を使って喜びをアピールするユイガ。ユイガ、キミは完全にノせられて乗せられている。


「という訳でユイりん借りてくけどいいかな~?」

 

「なんであたしに聞く」

 

「いやほら~。恋人の承認が無いとバイクの後ろに彼女を乗せるわけにはいかないでしょ~?」

 

「誰が誰の恋人か」

 

「ユイりんがフワ君のこいびと~」

 

 

 あたしもユイガも女性なんだが、そこは問題ではないのだろうか。


「性別の壁など愛する二人には些細な問題なのですよ~」

 

 

 あー、もういいです。なんでも。

 


「ほら、フワ君男の子みたいだし~」

 

 このやろっっ!! 学校入ってから今まで誰にも言われなかった事をっっ!

 


『ギョクトー? まだー!?』

 


 あたしと玉兎の話の間に、ユイガは既に彼女のバイクの後ろへと腰を下ろして今か今かと待ち構えていた。

 


「にゃはは~! んじゃおさきに~~!」

 

 逃げるようにバイクに駆け寄った玉兎は、後部座席のユイガにヘルメットを投げ渡すと、その勢いのままバイクへ飛び乗る。

 

 

「ざおー! 行ってくるねー!」

 

「お姫様はちゃんと送り届けるから安心してね~」


 あたしが文句を言う前に、どデカイ排気音を響かせながら、二人を乗せたバイクはぶっ飛んでいった。両手を大きく振り上げたユイガの姿が、今はもう遠くへ見える。

 あれ危ないぞ。風圧とかそんな感じの何か的に。別にユイガならそれも関係ないだろうけど。

 

 結局タイフォンに乗っていくのと対して変わらない結果になってしまったが、これがユイガが玉兎と仲良く慣れるきっかけになるのなら、それもいい事だろう。

 

 神災である彼女にとって、気を許せる友達は多いに越したことは無い。

 

 

「おやおや。宜しいんですか? そんな事では神ヶ崎さんを玉兎さんに取られてしまいますよ」

 

 聞こえた声に、思わずためいきを漏らすあたし。察してくれ。

 

 

「取られるも何も」

 

「あの子は別にあたしのもんでもないんだが。ですか?」

 

 その通りだが人の思考を勝手に読まないで欲しい。

 

 あと気配を殺して近寄ってきて、後ろに立ちながら前触れも無く話しかけるのもやめろ。つくづく悪趣味なヤツめ。

 

 

「ライフワークなもので」

 

 それはやめておいた方がいいぞ。ロクな事にはならない。お前がじゃない。周囲の人間(とくにあたし)がだ。

 

 いや、そうなる前に先手を打つのもいいかもしれない。コイツには一度引導を渡す機会が必要だと思っていたところだ。

 

 

「引導は一人に一度しか渡せないと思うのですが」

 

「今がいいか?」

 

 握りこぶしを作ってそこに『はぁ~』息を吐きかける。

 

 

「いえ。それはまたの機会に。そろそろ出ないと遅刻ですしね」

 

 

 仮面サワヤカ青年が指差す先は寮の中央に据え付けられた巨大時計。なるほどたしかに、もう九王ノ宮へ向かわなければちょいとばかり怪しい時間だ。

 

「イルカー」

 

 『出よう』と、後ろに居るはずの彼女に声を掛けたが、しかし神ヶ崎イルカは既に居なくなっていた。

 

 

「どうしたんですかキョロキョロして。落ち着きのない女性はみっともないですよ」

 

「五月蝿いバカ一〇〇回死んで一〇〇回生き返って一〇〇〇回死ね」

 

 先ほどまでは確かに一緒に居たのだが。

 

 コイツの反応から察するに、水奈が着た時には既にどこかへ行った後だったのか?

 

 

「なんでもない。急ぐぞ」

 

 言いながら、あたしは校舎への道を駆け出したのだった。

 

 ま、いっか。

 

 イルカも一週間休んでいたみたいだし、一週間学校来てなけりゃ、もう一日ぐらいいいだろたぶん。

 

 

 そうとでも思っておこう。今の所は。


 


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