一章 不忘蔵王と正義のミカタ 11
喜びと誇らしさ。ねぇ……。
「姫君の友人。それも話によると貴女が強く影響を及ぼした人間が、貴女に影響されて人を救った。子供の命を助けたと言うだけでも十分なのに、先輩の危機を救い、少女の涙を止めた」
お前はやっぱり、今日起こった出来事を全部知ってるのな。まあ、ことこの街に限った事で言えば、お前の情報網があたし達とは比べ物にならないのは理解してるけど。
それは、神災というトラブルメーカーなんて言葉じゃ表しきれない、世間一般で言う《災い》を迎え入れる場所である九王ノ宮なんて無茶無謀も甚だしい学校が、ここに立てられたことを考えれば明白だ。
ここ華桜町は国の管理下にありながら、九王ノ宮の創始者である黄ノ宮家が――黄ノ宮九王爺が、暗黙的に統治していると言っても過言ではない町なのである。
町の管理を任されている九王爺へ、町で起こった出来事はその全てが報告される。そして、その孫であるコイツにもその情報は降りてくる。だから、この男は町で起こった事件について、誰よりも詳しい。
だが、まあそれはどうでもいいことだ。
それよりも、水奈が今言った言葉。それはあたしも感じた事である。あたしが言った過去の言葉が、それが例えあたしの記憶になくても、結果として先輩たちを助け、女の子の笑顔を取り戻し、一人の人間の命を救ったのだ。
「しかも貴女はその現場に立ち会った。人間は仲間の自慢をする事が大好きな生き物だと聞いた事がありますが、彼女――ユイガさんが多くの人から感謝の言葉を受け、嬉しそうにしている姿を見て貴女はどう思ったでしょう? 僕なら嬉しいですね。どうだ、これが自分の友達だぞ、凄いだろう、と。そう思います」
……それじゃあまるで、あたしがユイガを利用しているみたいじゃないか。
「これは別に悪いことではないと僕は思います。彼女は貴女の事が大好きで、貴女は彼女を誇りに思っている。そして何より、そんな誰よりも優しく強い彼女を、正義の味方である彼女を、貴女もまた憎からず思っている」
コイツは本当にイヤなヤツだ、人の思考を好き勝手に推測し、好き勝手に想像する。
「どうですか?」
その言葉に対するあたしの答えも知ってるんだろう。お前は。
だからあたしは、こう言ってやる。
「大ハズレだな」
その答えに、しかし水奈は満足したような笑顔をあたしに向けた。
「そうですか。実は僕もそう思っていました」
あたしに笑顔を向けたまま、両手を挙げてお手上げのポーズをとる水奈。
いいさ。どうせそう言うだろうと思ってたよ。
「今のは全部冗談です。ツンデレ以外」
「まだ引っ張るのかそれ!」
「事実ですから」
いやそんな事……ない……よなぁ?
「僕も優しい人が好きなんです。不慣れな場所だから迷ったりしないようにと、こんな時間まで友人の案内の為だけに時間を割いてあげるようなお人よしな人が。だからヤキモチでしょうか? 少しばかり悪戯をしてしまいました」
『では、お疲れのところ引き止めてしまってすいませんでした』と、恭しく頭を下げて言い、水奈は自分の部屋へと帰っていった。
やれやれ。結局最後に水奈に予防線を引かれてしまった。ああ言われては文句の一つも言えない。
やっぱり、黄ノ宮水奈はイヤなヤツだ。
■
「さて」
シャワー入って寝よ。
鞄をいつものデスクの隣に置き、ブレザーをベッドの上に放り投げたあたしは、そのままブルーのネクタイを解く。
水奈と別れ、自分の部屋へと戻ってきたあたしの元へと訪れたのは、久しぶりに感じるそれなりな疲労感だった。
学校があったとはいえ、それ以外の昼休みまでを含めた時間、あのお気楽ごくらく破天荒娘に日付が変わる直前のこの時間まで連れ回されたのである。
それが水奈が言うように楽しかったかどうかは置いておいても、体力的に疲れているのは当たり前だろう。
クローゼットからパジャマを取り出したあたしは、そのままバスルームへの扉を開け
「こんばんわーだよー! ざおー!」
『ピンポーン(玄関のチャイム)』
『ガタン(扉の閉まる音)』
「まて! その順番は色々おかしい!」
「よばいにまいりましたーー!」
玄関ドアからベッドの置かれた部屋までの間に、キッチンとバスルームへの入り口が存在しているこの作りの中で、あたしが気づかないタイミングはバスルームへと視線を向けたその一時のみ、にも関わらず、先ほどまで居なかったはずの水色パジャマ姿の神ヶ崎ユイガが、玄関ドアの内側へと立って顔を綻ばせながら片手を上げて存在していた。
「どうやって入ってきた! 今!」
「ふつーーに?」
ふつーじゃないよ! どう見たって!
本当に何がおかしいのかと言った表情で首を傾げるユイガ。
……もういいや。この子に常識を説くのは何かが違う気がしてきた。
「というのはうそでー」
うそかい!
「ある人をご紹介にあがりましたー!」
ああ、うそってそっちがうそね……。
本当にユイガのペースに付き合うのは慣れが必要だなぁ……。
「いるかくん。ごあいさつー!」
ドアの前に立つユイガが後ろの人物を前に出すように横へ一歩ずれる。
果たしてユイガの後ろには――何の変哲もないあたしの部屋のドアがあった。
「あれ? いるかくんー?」
きょろきょろとユイガが辺りを見回すも、ユイガのエジプトで出会った友人だろうか? そのいるか君なる人物は見当たらない。
「ユイガ……ドア」
静かで消え入りそうな声は、玄関ドアの向こうから聞こえた。
その声を聞き、『やーやー。いるかくんは外でしたかー!』と明るく笑いながら扉を開くユイガ。
「……」
開かれた扉の向こうに、美少年? が居た。
背は低くスマートなシルエット。ユイガと同じ金色の髪を短く肩の上で散らすように切ったヘアースタイルは彼? の落ち着いた雰囲気によくあっている。
「……初めまして。不忘蔵王」
言いながら、美少年(ではなく声からするにどうやら美少女のようだ)が小さく口を開く。
表を上げたその瞳は、深い海の底の青に紫が織り交じったようなタンザナイトの碧眼。その瞳を持つ少女は、綺麗な顔立ちながらもあまり感情が出ないタイプなのだろう、少し無機質な印象を受けた。
「初めまして。ええと」
「いるかくんだよ! 正義の妹で神ヶ崎イルカっていうんだよーー!」
「……よろしく」
そのユイガとは対照的な少女を見て、あたしの中で何かが鳴った。
「……蔵王。キミには期待してる」
少女が笑う。それは喜びよりもこれから先に起こる未来を想像しているような笑み。
その笑みが、まだその時のあたしには理解できなかった。
あたしがあたしの頭の中でなったその音が警報だと気づくのは、もう少し先になる。
――なんて、もうほんとはイヤな予感バリバリだったけどさ。
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