一章 不忘蔵王と正義のミカタ 10


 風の吹いてきた向きと逆向きに歩いていったあたしは、無事に迷宮を突破し帰路へとついていた。……ら幸せだったのかもしれないが、人並みはずれた良心の持ち主でありお釈迦様の生まれ変わりだと自分で思っているあたしは、迷子の世間知らずな正義の味方を置いていくわけにも行かず、仕方がなく風の指し示す方へと歩みを進めていた。

 

 

 程なくして、眩い光を放つ金髪美女が赤い風船を持った少女の頭を撫でている姿が見えた。

 

 やれやれ、一日でこういうのもなんだけど、もう慣れてきちゃったよ。あたしゃ。

 


 

「ありがとー!」

 

「しっかり持っておくんだよー! もう飛ばしちゃだめだよ!」

 

 

 聡明な方ならこれまでの展開から近似値的な値を用いて答えを類推する事が可能だと思うが、敢えて説明してみるならば。

 


「お姉ちゃんすごいね! ばびゅーんて飛んでいって風船捕まえちゃうんだもん!」

 

「ふふーん。お姉ちゃんは正義の味方だから!」

 

「セイギノミカタかー! セイギノミカタはお空も飛べるんだね!」

 

「そうだよー! 将来の夢とかに正義の味方おすすめー!」

 


 という訳である。うん。説明必要ないね。

 


「お姉ちゃん。ありがとうございました!」

 

「ばいばーい!」

 

 

 それからしばらくの間、あたしも交えて少女とユイガと三人で話をしていると、少女の母親と思わしき女性が現れ、頭を下げて少女の手を引いて帰って行った。

 

 どうやら飛んでいった風船を追いかけているうちに母親とはぐれてしまっていたらしい。もっとも、少女自身は風船とユイガに気が行くあまり迷子になっている事にすら気づいていなかったようだが。

 

 

「ママさん見付かって良かったねー」

 

 

 少女が見えなくなるまで手を振っていたユイガは、あたしに向き直ってそう言った。

 

 

「あの子も正義の味方になりたいって言ってたよー! そしたら風船無くしても大丈夫だからだって!」

 

 

 ユイガには小さな子供にウソだけは教えないようにと注意しておこう。あ、その前に正義の味方は迷子になっちゃダメだって事が先か。

 


 

■ 

 


 

「なかなかに愉快な体験をなさってきたようで。お二人が出て行かれてからも、学校ではちょっとした騒ぎになっていたようですよ。九王ノ宮の生徒が子供を事故から救ったとか」

 

「水奈。正義感が強すぎる上にトラブルメーカーで自分より背が高くて体力があっておまけに胸もでかい子供の世話ってした事あるか?」

 

「姫君。それはセクハラですか?」

 

「ちげえよバカヤロウ」

 

 

 『それは良かった』といつもの営業用スマイルを浮かべる水奈と向かい合って座っているここは、あたし達の住む学生寮のサロンである。

 

 ちなみに、ユイガも同じ寮らしく、彼女と寮の玄関口で別れたその後、半日歩き回って渇いた喉を潤す為に、自動販売機へと向かった先でこの男に会った。

 

 

 なんで女の――美少女のあたしと男で変態のコイツが同じ寮に住んでるんだ色々大丈夫なのかとか、学生寮のくせにサロンなんて大層な言い方しやがってとか思われる方も多いかもしれないが、それはここの寮の規模を知れば納得して頂けるかと思う。

 

 

 目を瞑って想像して欲しい。今貴方の目の前には温泉やスキーなどで大層有名な観光地の中でも、特に観光施設に近い位置に泰然と佇む巨大なホテルがある。グランドなんたらとかプリンスなんとかのような名前がついたそこは、ホテルの中に土産物屋からコンビニまで一通り揃っている高級ホテルだ。

 

 あたし達が顔をつき合わせて話しているのは、そんなホテルの中の各階にあるテレビとソファが置かれたサロンのような所である。もちろん、何千人、下手をすると何万という人間を収容できるそのようなホテルにはわずかに劣るが、それも《わずか》だ。となると当然、なんでそんな大層な所が一介の高校の学生寮になっているのかと思われる方も多いだろう。

 

 だが、先にも話したとおり、あたし達の通う九王ノ宮は一介の高校ではない、水奈の祖父、九王爺が創立した《神災を受け入れる為の学校》なのだ。

 

 

「僕は別に冗談で言ったつもりは無いんですが」

 

「ごめん。今モノローグ中」

 

「……」

 

 

 うーん。邪魔が入ってモチベーションが下がったなー。

 

 

 まあそんな感じで、九王ノ宮は金持ちの道楽爺さんが

 

『神災? 災いを呼ぶモノ? 普通の学校に通わせると普通の人間に迷惑をかける? お前らバカですか頭平気ですか? 相手は子供ですよ? 情緒豊かな子供にそう言う事言うんですか? ならオレが作ってやんよ! 神災だろうが悪魔だろうが普通に通える普通の学校をな!』

 

 

 とか考えながら作ってしまった《普通の》学校なのである。

 

 

 当然そんな学校であるのだから、真っ当な親であれば、例え施設が素晴らしくともそんな災いと評されるようなモノが集まる危険極まりないところへ我が子を入学させようとはせず、結果として《普通の》物好きや変わり者な生徒ばかりが集まる九王ノ宮が出来上がったのである。

 

 設備がいいのは、その巨大な力を持つ神災を受け入れる為だったり、神災が在籍しているというマイナスイメージを補う為だったりとか聞いた事があるが、詳しい事は知らない。単に爺さん趣味かもしれん。

 

 あの人ならそれも納得できる。変人の上を行く超変人だからな。

 

 

 まあ、その辺りの意味を考えれば、二年の八十神先輩にしろユイガにしろ、彼女たちがここへ来るのは至極当然といえるのだが。

 

 

「……終わりました?」


 

 遠慮気味に聞いてくる水奈。

 

 

「だいたい。 で、なんだっけ?」

 

 

 とりあえず、今の現状確認はそんな感じでしゅーりょー。

 

 

 まあ早い話が、あたしたちの通う学校は神災というレアな人達がそれなりの人数居て。その学校が建つこの辺は、そんなレアな連中が居る事にも比較的変な先入観を持ったりせず、逆に興味があったりするような変な連中が住んでると言う事だ。


 そんな学校でも、やっぱり神災が珍しい事には間違いないんだけどね。それは今日でよーく解った。

 

 

「しかし、僕は冗談で言ったつもりは無いんですが」

 

「もうちょい前から」

 

「ええっと……。愉快な体験をなさってきたようで。お二人が」

 

「水奈。正義感が強くておっぱいおっきくて」

 

「セクハラです。このままだとループします」

 

 

 ええい、器の小さいヤツめ。

 

 

「で、どこが愉快だって?」

 

「全てがですよ」

 


 愉快どころか、あたしはあの子に付き合ってそれはそれは心身共にお疲れモードなんだが。


 

「そこについてはまあ頑張って下さいきっといい事ありますよで面倒なので終らせますが、でも姫君は心地良かったはずですよ」

 

「お前ヤなヤツだな……。まあいい。とりあえず解りやすく言えっつーの」

 

「ツンデレですね。萌え」

 

「萌えとか言うな!」

 

「ツンデレは認めるんですね?」

 

「……いいよもう。なんにでもしてくれ」

 

 

 あたしも姐さん扱いされたりツンデレと呼ばれたり。なんか色んな属性持ってんな。

 

 

「話を戻しましょう。まあ感情は読んで字のごとく人それぞれ感じ方が違いますが、おそらくそれらの出来事があった時、姫君は喜びと誇らしさを感じていたはずですよ」

 

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