一章 不忘蔵王と正義のミカタ 9
『な――!? この定理はいまだかつて誰も解いた事がありませんよ! キミ、どうしてそんな方法が思いつくんですか!』
『くくと同じだよー。しろくにじゅうしー。ししちにじゅうはちー。しはさんじゅうにー。しくはっくー。ね? いっしょいっしょー』
『ユイりん~。四九はハムだよー』
『どうして九九が言えなくて解けるんですか……。あと月峰さん。どうにか頑張って覚えようとした形跡は認めますが、九九で八一以上の数字は出てきません』
なんだかんだと色々あった昼休みも終わり、午後の授業の最中。
後ろの席で騒がしく楽しそうに先生とじゃれあっているユイガと玉兎の声を聞きながら、あたしは午前の授業を眠りこけていた罰についてさてどうやって切り抜けようかと画策していた。
……というわけではなく、思い返されるのは先ほどの出来事。あの大事故を防いだ彼女の力についてである。
神災である彼女があの怪物トラックを止めた事、それ自体にはあたしは別に驚かない。神様の力を使えば、《その程度の事》が出来るのも驚嘆に値しない。
恐ろしいのはその後、彼女が十字路のど真ん中を突っ走るトラックを力ずくで止めた事によって、引き起こされたであろう四方向から来る自動車の追突事故についての一件だ。
スクランブル交差点でそれなりの速度で走る自動車が急停車すれば、それはそのまま玉突き事故になりかねない。
しかし、ユイガはあの四トントラックを止めたばかりか、それに付随して引き起こされたであろう二次災害――他の車同士の追突までもを防いでいたのだ。
あたしの見た限りでも、じつに二〇台近い数の車が周辺には停車していたが、いずれも事故を起こしたような様子は一切無かった。
たとえ風を自在に操る力があるとしても、あの決死のタイミングであの一帯全ての危険性を考慮し計算し尽くし、その全てを未然に防ぐような事が可能なのだろうか。
それは人間の認識力の限界を完全に超えているのではないか。それはもはや神を操る人の力ではなく、《神の力を操る神》言っても差支えが無いのではないだろうか。
『ひとよひとよに――……ひとみごくう? ぶくーじゅつが出てからのきいろい雲はちょっと可愛そうだよねー?』
邪気の無い声で不穏な言葉を悪意なく繰り出してくれている後方の少女。
なあユイガ。あんたはいったい、本当に何者なんだ?
■
「では本日の授業はおわ」
「ざおー! いこー!」
六時間目の終了のチャイムと同時。年配の日本史教諭が締めの言葉を言い終わる前に、我らが正義の味方の声が教室中に響き渡った。
「大声張り上げなくても聞こえるから!」
キミはあたしの後ろの席なのに、何故にわざわざ立ち上がって声高に宣言するのかと小一時間問い詰めたい!
というか、あたしがハズかしーっつの! 現に教室中の視線は、先生も含めてあたしとユイガの二人に向けられてるし!
「ああもう。んで、行くってどこに?」
「お昼のつーづーきー!」
え、何それハツミミですよ?
「ぱとろーるーーーー!」
■
「ば、ばけものやろうがっっ! お、覚えてやがれっ!」
ソフトモヒカンと坊主頭のいかにもオレ達不良でヤンキー(死語)ですよーと自己主張しまくっている容姿の二人組が、暴風によって薙ぎ倒され、おぼつかない足取りのままキミタチ漫画の読み過ぎではないかねと問いかけたくなるようなセリフを残して逃げていった。
「お名前聞いてないよー?」
対する天然お嬢様の言葉は、更に突っ込みどころが満載過ぎて……ううん、あたしにはもはや拾いきれないよ。
「おおぅ! おねーさんかっこいー!」
「あ、ありがとうございましたっ」
目の前には大はしゃぎする茶髪で活発そうな少女と、礼儀正しく九〇度近い角度まで頭を下げる大人しそうな黒髪の少女。
「どういたしまーしてー!」
そして嬉しそうに返事を返す、我らが正義の味方、神ヶ崎ユイガ。
ここはユイガに引っ張り出され、学校周辺から駅前へと『ぱとろーるーーー!』をしていた矢先の、とあるファーストフード店の前である。
ちなみに、今回はタイフォンの背中からのゆとりあるパトロールではなく徒歩である。ユイガいわく『いいざおう? 人間には足というちせいの根源とも言えるべきすばらしいモノがあるんだよ。人間はにそくほこーが出来たから手をじゆうに扱う事ができるようになって、そのお陰で技術が革命したりしてああなんかむつかしい言葉きらいー!』との事だ。
よくわかんねー! いや大体解るけど。
でもジェット噴射で飛んで行く様なヤツにそんな事言われたくないやいというのが不忘蔵王の見解である。
「嫌だって言ってんのに、あの人達しつこくってー!」
「こ、困ってたんです……」
そのパトロールの最中、なんとも不穏な空気を醸し出していた四人組の中の一人が、不意に黒髪の少女の腕を乱暴に引っ張ったところで、ユイガが元気よく飛び出して行き今に至るワケである。
「助かりました。あの、私達と同じ学校の生徒さんですよね?」
黒髪の少女がおずおずと尋ねてくる。
うーん、清楚って言葉が似合いそうな可愛らしいお嬢さんだ。声をかけてしまったあの二人の気持ちも解らなくもないかも。
制服を見る限り、確かにあたし達と同じ九王ノ宮高校の生徒のようだ。というか、このタイの色からして
「あ、もしかして新入生さんかな?」
という何かに気づいたようなお声は、黒髪清楚のお嬢さんの一言。
そうである。彼女達のタイは黄色。あたし達は青色。九王ノ宮は学年別にタイの色を変えている為、あたし達が新入生である以上、他の色のタイをした生徒は先輩という事になる。
「ほんとだ。って事はあたしら新入生に助けてもらっちったのかー」
あははー! こりゃ格好悪いねー! と、茶髪の先輩が全然格好悪いとか思っていなさそうな様子でけらけらと笑いながら言う。
しかし別段そこに嫌な感じはしない。こちらもこちらで、近所の気さくなお姉さんと言った様子の非常に好感の持てる人だ。
「違っていたらゴメンなさい。さっきの力、もしかして、貴女も扇さんと同じ神災さんですか?」
扇さんと言うのは、恐らく二年生の神災、八十神扇先輩の事だろう。あたし達一年生は彼女をテレビの中でしか見た事が無いが、二年生の間では彼女が神災であることは有名であると見える。
「うん! 一年F組、神ヶ崎ユイガ! 特技は正義の味方だよー!」
へー。特技ってエジプトだとそういう風に使える言葉なんだ~。
メモっとこ。もしかしたら目下予定の無いエジプト旅行に行った際に使えるかもしれない。たぶん間違ってるだけだけど。
「正義の味方……さん?」
どう反応したものかと少しばかり戸惑う様子を見せるザ・清楚さん。
「あー……。ユイガの決まり文句みたいなもんなんです」
清楚さんは『あ、そうなんですか』と両手を合わせて納得いったという仕草で返してくれる。こんな説明でいいんだろうか……。
「あたしは不忘蔵王。ユイガの」
ユイガの、なんなんだ? あたしは?
「ら・まんのざおーです!」
まーじでー。知らなかったヨ。
「やっぱり! お似合ですよ」
ユイガの冗談にもおしとやかな微笑を返してくれる清楚さん。心なしかほんのりと顔が赤い。
っていうか、冗談……ですよね?
「鬼愛! 鬼愛だね!」
それすごく想像しにくいよ! 大事な事でもないから二回言わないで!
もう一人の茶髪のお姉さんがノってくる。こちらはこちらで、なんかその場のノリが何よりも大事です! ってな感じで、気兼ねなく話せそうで助かるなあ。悪ノリも得意そうだけど!
そんな先輩お二人に、立ち話もなんだからと二人の先輩にファーストフード店へ連れ込まれ、先ほどのお礼にと(あたしは何もしてないけどな!)軽い晩御飯をご相伴に預からせて貰ったりしてしまった。
これは役得。なんだけど、なんか少しだけ申し訳ない気分になるあたしであった。
お二人と別れた後、あたしはユイガに再び連れ回され、今度は昼間見たあの娯楽施設、ヘリオポリスの中へと入っていた。
空がオレンジ色になり始めてきた時間だが、施設の中は外以上に明るい。それもそのはず、ゲームセンター、スポーツジム、カラオケにボーリング場から、他には無いいくつかの巨大な遊戯マシンまであるここは、ちょっとしたテーマパークであり、人と施設に囲まれた近代の迷宮だ。
これから夜にかけて遊び倒そうとする学生や、仕事帰りにジムや飲み屋に訪れるサラリーマンの姿でごった返している。始めて来る人とはぐれたりしてしまったら、ちょっとやそっとじゃ落ち合えない。
「んで」
どーすんの。どっかで遊んでく? と、声を掛ける間もなく、神ヶ崎ユイガは迷子になっていた!
えーここで居なくなるのー。マジかー、人多いし探すの結構大変なんだけどなー置いてくかーあの子に限って危険もへったくれも(へったくれって何?)無いだろーと嘆息混じりな思考を巡らせていると、突然テーマパークに風が吹いた。
――いいね。解りやすくて。
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