一章 不忘蔵王と正義のミカタ 6


「おら。起きな! 不忘!」

 

 スパカーン! という小気味の良い音がした。スイカの味を調べるにはとりあえず叩いてみるといいらしいけど、なんだっけ? 音がしない方が美味しいんだっけ? どうしてだろ?

 なんて考えてるこの間約七フレームぐらい。ちなみに刹那とは時間の最小単位である。賢いあたしは知っている。

 

「頭イタイ……」

 

 それはそれとして、いいのか、このモンスター保護者が跋扈する近世で暴力行為は。


 顔を上げれば、あたしの目の前には目鼻立ちのくっきりした、けれど目じりを吊り上げて怒ってますよアピール全快な美人教師がそこに居た。

 ちなみに独身である。性格けっこうキッツイもんなあ。もったいねー。


「……」

 

 黙ったまま振り上げられる丸められた教科書。

 

「……先生。改めてよく見るとかなりの美人ですね。結婚してください」

「お前、今私に対して相当失礼な事を考えてたな」

 

 ぎゃー! トラップだったー!!

 

「いや。あのですね。暴力はイケナイと思います! 時代を考えましょう!」


 そんなあたしの逃げ道を、しかし無情なる教師は無情なる一言でぶった切る。

 

「私はお前の姉に、面倒をきっちり見てやってくれと言われている。やりすぎてもあいつは丈夫だから構わないとの事だ」

 

 おにょれ姉貴め! 余計な事を!

 

「今回想シーンだったんです!」

「せんせ~。フワ君寝ぼけてま~す」

「見れば解る」

 

 玉兎の言葉に対し、冷静すぎるお言葉で突っ込みを入れる我が担任教師。

 あたしは尚もほかほかと当たる日光にまどろみ続けながら、頭を回し必死で言い訳を考え


「いえ、きっともうちょっとで重要なふらぐがー回収出来てですね」

「そうか。ならしょうがない」

 

 しょうがないらしい!

 よし。もう一眠りして記憶探しの旅に出よう。


『ともちゃんせんせ~~。いいの~~?』

『ざおーおねむー! 正義もねるーー!』


『眠いものを無理矢理起こしてもどうせ頭に入らん。何、不忘には起きていれば良かったと後悔して首を吊りたくなる程度には遣り甲斐のある宿題を出してやる。お前らが不忘の話を聞いて、私の授業を聞く時にまぶたにからしを塗るのを躊躇わなくなるぐらいのをな』


 意識が落ちる寸前。あたしは何故だかなんとなく、断頭台に立たされた罪人の心境を想像していた。


 


 

 そんなこんなで昼休み。


 先ほどの授業で安眠をとったお陰で今はすこぶる快調。学食名物の《ムシャクシャして作った後悔はしてない定食》だって完食できる勢いである。

 うん。最低のネーミングだな。アレ。


 起きたら何やら机の上に紙片が大量に置かれていたが、誰かの旅行計画メモだろうか、《いねむり懲罰の宿》という文字まで読んだ所で丁重に廃棄処分にさせて頂いた。

 懲罰の宿って、宿の名前にしちゃマニアックな名前だなぁ。

 

 席を寄せて弁当を広げたり、学食、購買へと足を急がせるクラスメイト達から、何故だか同情とも憐憫とも感じ取れる視線を受けている気がするのだが、これはこの際気にしない事にしよう。

 きっと寝起きのあたしがあまりにプリチーなんで、みんな思わず目を止めちゃってるとか、きっとそういう類の物だ。


 あたしを起こしてくれた玉兎が『ご飯ですよ~』と、自分の席をあたしの席に寄せてくるのに対して、今日は寝坊して弁当が作れなかった旨を伝える。

 

「ちょっと購買行ってくる。先食べ――」

 

 言い終える前にあたしの席に、なんとも可愛らしいワンちゃんがプリントされた黄色いハンカチに包まれた弁当箱が置かれた。

 

「はい! おべんとー!」


 目の前には満面笑顔な神ヶ崎ユイガの姿。

 

「……あたしに?」

「そうだよー!」

 

 なんて事でぃすかー! こんなイベント発生したら恋愛フラグとか立っちゃいかねないよ!

 

「……ユイガ。とりあえずウチに嫁に来ない?」

「ぜひー!」

「永久就職おめでと~」


 などとなんとも阿呆な会話が炸裂しているが、ともあれ、ありがたい事に変わりは無い。

 

「私、玉兎~。丸い玉に兎って書いてぎょくと。よろしくね~。ユイりん~」

 

 柔らかそうな前髪をかき上げながら右手を出して自己紹介する玉兎。


 彼女が『○○りん』とか『○○ちゃん』とか名前の頭の二文字に後ろを適当に付けて呼ぶのは癖の様なものらしい。でも、なんであたしは君付けなのでございますか?


「ユイガだよー! 宜しくー! ギョクトー!」


 対して、両手で玉兎の手を掴んでぶんぶん振り回すユイガ。

 

 こちらは何やら発音が怪しいけど。まあ、お互いが気にならないなら別にいっか。

 

 なんて突っ込んだり勝手に納得したりしているあたしの思考は、ガララという教室前側のドアが開く音に中断させられた。

 

「て、手作り弁当だとぉうっっ!」

「いやー、羨ましい限りですね。あ、姫君。僕、紅生姜以外はなんでも受け付けてます」

「殻の入った玉子焼きでもやんねーよ!」


 教室に入ってきた蘭堂と水奈が、弁当を広げるあたし達三人に横付けするように机を並べ、今購買から帰ってきたのだろう、カツサンドとチョココロネの封を開けていた。


「俺様は蘭堂! 好きなものは人の暴露話! よろしくな!」


 それ、自己アピールとしては最低の部類に入るな。


「黄ノ宮 水奈です。僕の姫君がお世話になってます」

 

 お前に至ってはどこをどう突っ込めばいいのか解らん。あと姫君言うな。

 

「らんどーときのみや? よろしくー! でもざおーは正義のざおーだからー!」


 えーっと……。


「モテモテだね~」

 

 悪気の無い笑顔をあたしに向ける玉兎。


「……そうだな」

 

 何故だろう。あまり嬉しくないのは変なヤツばかりだからだろうか。



 しかしこれまた意外である。

 

「うまー! 何これ! 弁当でどうやったらここまでスパゲティーの味が落ちないワケ?」

「うまー! 本当はおでんって好きじゃないんだけど。この大根の味はもはや大根にあらず!」

「うまー! え、これ、秘伝の醤油かなんか? ちょっとハンパない味だよ?」

 

 ユイガの弁当が美味しすぎた!

 

「おいし~。ユイりんお料理じょうず~」


 ユイガから貰った鳥のから揚げを食べた玉兎も、惜しみない賞賛を送る。

 寂しそうに購買パンを齧っている男二人にも里芋の煮っ転がしを与えた所、涙を流して歓喜していた(実話)。


「正義はおりょーりだって誰にも負けちゃだめなんだよー!」

 

 そう言うユイガは、自分の腕を認められた喜びよりも、人に美味しく食べて貰えた事に対する喜びの方が強く見える。


「ご馳走様」

「ごちそうさまー!」

「ご馳走さま~」

「女の子の手料理ご馳走様様!」

「ご馳走様です。僕も負けていられませんね……」

 

 五者五様のご挨拶である。

 

 で、なんであんたは悔しそうに床を見ているのかね水奈クン。


 


 

 昼休みが終わって約二〇分が経過していた。あたしのスケジュール表ではこれから昼寝の時間なのだが。

 朝早く出てきて眠いしね。


「じゃ、ざおー行こーー!」

「え? ちょ、ちょっと!」


 的確な足払いを食らったかと思えば、あたしの両足は床を離れ。

 まずい。倒れ――


「ごーだぜごーー!」

 

 あろう事かお姫様だっこされてしまった!

 

「なに? 何なになにぃぃぃーーーー!?」


 あたしを抱きかかえたまま、開かれた窓へ向かってダッシュをかける神ヶ崎ユイガ。

 まてまて! あたしをどうする気だキミは!


 

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