一章 不忘蔵王と正義のミカタ 5


● recollect

 

 ――使い古した鉄の軋む音がする。

 

 グラウンドで男の子に混ざってボールを追っかけて走り回ったその後、さて泥だらけになったこの服を姉ちゃんにどう言い訳しようと迷っていた夕方だった。

 

 その公園で声をかけたのは、たぶん、少女があたしにとって未知の存在だったからだろう。

 

「ねえ。キミ!」

 

 けれど返事はない。

 

 無視。ではない。ブランコを全力で漕いでいる少女は、たぶんあたしの声に気づかないどころか、あたしの存在にすら気づいていないのだろう。

 少女の座ったブランコが、半径一八〇度に届くくらいの勢いで半円を描いている。

 

 しかしその勢いも次第に速度を落としてゆき

 

「きみだれー?」

 

 やがて、金髪の少女があたしの存在に気づいた。

 

 大きな瞳は青い雲一つ無い空の色のよう。長い金髪に白いワンピースを着た姿は映画の中でしか見た事が無いような別の世界の人。

 興味を持ったのは、一人でこんな時間に遊んでいる少女という以上に、きっとその容姿のせいもあったのだろう。

 

「ひとりなの?」

 

 そんな少女が、オレンジ色の空の下に作られた小さな公園のブランコを楽しそうに一人で漕いでいる姿が、あたしには不思議な光景に映った。

 

「うんー」

「友達は?」

「……ともだちー?」

「お兄さんやお姉さんは?」

「いないよー。ずっとひとりー」


 少女はあたしの目を真っ直ぐに見続けた後、可愛らしく首を下げ、何事も無いようにそう言った。

 

「一人で遊んで楽しい?」

 

 それは子供らしいひとこと。それは残酷なひとこと。だが当時のあたしには、それを残酷だと感じる知恵が無かったのだろう。

 

 少女はうーんと何かを考えるように唸った後

 

「……うんー」

 

 よく解らないと言った様子で、けれど他に答えを知らないように頷いた。

 

 先ほどまで沢山の友達とサッカーをして遊んできたあたし。みんなと一緒に泥だらけになって、転んで、泣いて、笑ってきた帰り。

 

 その間、この少女はただ一人でブランコを漕いでいたのだ。誰を待つ為でもなく。誰かと遊ぶ訳でもなく。

 

 ただ他に何も知らないから、ただ他に誰も居ないから、それに疑問を抱く事すらも出来ず、ずっと、一人で。

 

「……よし。ならあたしと遊ぼう!」

 

 その事実を子供ながらに感じたのだろう、あたしはこの子がかわいそうに感じた。

 傲慢で自分勝手な理屈。けれど、当時のあたしにとってはそれが正義だった。

 

「……いいのー?」

 

 少女が遠慮がちに尋ねてくる。

 

 あたしはそれに頷き

 

「あたしは蔵王。キミは?」

 

 少女は自分の名前を言うのにも慣れていないように、少し考え込んだ後。

 

「ミガサキ!」

 

 大きな声で、そう答えた。



 

● ――recollect end


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