祭壇
家には祭壇がありその上に知らない女の写真があった。和室の片隅だった。供物として買ってきた甘蕉を壇上に供え、写真立ての中からじろりとこちらを睨む女の顔を覗き込んだが、いったいそれが誰なのか見当がつかない。家族の者に尋ねようと思ったが、あいにくその時分はみなで払っていたらしく、どれだけ呼びかけても空しく響き渡るだけだった。広い家屋なのでがらんどうという感じが余計にした。
私は仕方なく手を合わせることにした。忘れているだけで自分と深い関係のある人物かもしれず、そのような関係であるにもかかわらず私に忘れられているこの女を少し不憫に思った。目を閉じると女の顔はもう思い出せなくなり、代わりに母の顔が浮かんだ。もしや写真の女は母だったかもしれず、そうなると母は既に祀られる存在になってしまったのかもしれない。悲しくなって目を開けると、先ほどと同じようにまったく知らない女の写真がそこにあった。そして祭壇の隣にその女の体が立っていた。
久しぶりですねと女が言った。久しぶりと言われる筋合いを思い出せないので私は曖昧な表情のままそうですねとかそういった適当なことを口にした。女は既に死んだものと思っていたが、そうではなかったようだ。祭壇の写真を見やっていると、それはあなたですと女が言った。そう言われたら、私はそんな顔をしていたかもしれない。
女はどこからかライターを取り出し火をつけるとそれを祭壇に敷かれた白い布の端に押し付けた。布はだんだんと捲れるように燃え広がり、やがて祭壇全体に広がっていった。女と私は少し離れたところから私の写真が燃え上がるのを見つめていた。火の手はもちろん和室全体に燃え広がっていった。外から見ましょうと言って女が私の手を取った。ふたりで玄関へと早足で駆けていく中で、焦げ臭いにおいが鼻孔に潜り込んでいった。
外に出ると、雨も降っていないのに蝙蝠傘をさした人々がおおぜい家を取り囲んでいた。燃え上がる家屋を、みな恍惚の表情で目に焼き付けていた。私は女に何か話しかけようと思ったが、先ほどまで握っていた手はそこになかった。いつのまにか離れ離れになっていた女の肉が燃える匂いがした。
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