老犬
河川敷を老人が歩いていた。頬は痩せこけ、目は落ちくぼみ、頭髪は微かに残るのみだったが、姿勢だけは異様に良かった。
老人は一匹の犬を散歩させていた。薄茶色の小型犬だった。あたりで遊んでいた子どもたちは、その存在に気が付くと、老人に近づいていき、犬の頭を撫でたりした。犬は嬉しそうに子どもたちとじゃれていた。
私ははじめそれを遠くで見ていたが、犬と遊んでみたかったので、彼らのほうに歩いていった。しかし、よく見れば、犬だと思っていた存在は犬ではなかった。脚は六本あり、顔は中年男性のそれにしか見えなかった。思わず声を上げると、子どもたちが一斉に私を見た。どうしたのと聞かれたので、これは犬ではないと私が言うと、子どもたちは笑い始めた。「どう見たって犬だよ」「だよね、何言ってるんだろうね」私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
老人は犬を太郎と呼び、子どもたちもそれに倣って、太郎、太郎と呼んだ。太郎は自分が呼ばれると、嬉しそうにそのしっぽを揺らした。中年の顔面には、気色の悪い笑顔が浮かんでいた。子どもたちと戯れる太郎の微笑ましい姿を見ていると、犬とはそういうものだったような気もしてきた。子どもたちに混じって頭を撫でようとすると、しかし太郎はぐっとこちらを睨んで、「俺を気持ち悪いと思っているな」と人間の言葉で言った。
私は腰を抜かしそうになりながら、その言葉を咀嚼した。子どもたちは、誰も、そのことを気にしないらしく、先ほどと同じように太郎の頭を撫でていた。飼い主である老人の姿を求めると、犬の頭をした人間が背筋を伸ばしてこちらを見ていた。
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