芸人

 路上に芸人がいた。一輪車に跨り、前に漕いだり後ろに漕いだりしながらバランスを保っていた。頭には大げさな赤のハットを被り、似合わない蝶ネクタイを首元に結んでいる。手には、ボウリングのピンのような棒が何本か握られていた。表情はひどく頼りなさそうに映った。私と同い年ぐらいの男だった。

「ちょっとの間でもいいので、見ていってください」

 芸人は懇願にも似た客寄せの言葉を細々と口にしたが、往来の交通は激しく、誰一人足を止める者はいなかった。見なかったことにしようとしたが、「見てこうよ」と連れの女が私に言った。よそうと私は言ったが、どうしても見たいと言って聞かないので、女を置いて先に行こうとしたが、いつのまにか一輪車から降りていた芸人が、どこからか小さな椅子を二つ持ち出して、私たちの前に並べた。女は「ありがとうございます」と言ってそれに座った。私も仕方なく腰を下ろした。往来の人々が奇異な目で私たちを見るのを感じた。

 芸人はふたたび一輪車に跨ろうとしたが、バランスを崩してあやうく転びそうになった。危ないと思った。どうにか持ちこたえた芸人は、何事もなかったかのうように、今度は持っていた棒のひとつを宙に投げた。棒が手から離れて、くるりと空中で回転して、もう片方の手へと落ちていく。私は芸人が掴み損ねるのではないかと心配したが、棒は無事待ち受けていた手の中におさまった。次の棒がまた投げられ、同じ軌道を追った。芸人の腕はそれをまたしっかりと掴んだ。ジャグリングだった。一輪車の上でバランスを保ちながら、素早く棒を回していく芸人の表情は、先ほどと変わらずどこか不安げだった。女が「すごい」と声を上げて拍手をしてもそれは変わらなかった。

 いつミスが起こるのか不安でならなかったが、芸人はその後も一輪車をスムーズに進めながら、ジャグリングのリズムを変えていく。時には速く、時にはゆっくりと。いつのまにか、人だかりができていた。先ほどまで見向きもしなかった通行人たちが足を止めていた。観衆たちは、冴えない大道芸人に拍手や歓声を送った。女は振り返り、「すごいね、私たちがいちばんの客だよ」と私の耳元でささやいた。誇らしげな語気を感じた。私はしかし、依然として不安だった。むしろ、これだけ多くの人々が見ている中でミスが起こればいったいどうなるのか、これまで以上に落ち着かなかった。

「最後に大技です。お客さんにもう一本棒を投げてもらって、それもジャグリングします」

 芸人が棒を投げ続けながら言った。観客たちは拍手喝采だった。誰が棒を投げるのだろうと思っていると、芸人は私に目線をやって、「そこのお兄さん、お願いします」と言った。観衆から、どよめきが起こった。「頑張れ」「いいぞ」と誰かが叫んだ。女も嬉しそうに私の肩を叩いた。私は仕方なく立ち上がって、芸人の目の前に置かれた棒を手に取り、芸人の胸元に向かって投げ入れた。投擲された棒は、しかし目標を遥かにはずれ、芸人の頭上を越えていこうとした。芸人はそれを掴もうとして、腕を大きく上に伸ばしたが、届かなかった。投げられていた棒が芸人の手から零れていくのが見えた。バランスを崩した芸人が一輪車から滑り落ちていく様子を、私の網膜はじっと捉えていた。芸人の目は笑っていた。その表情に見覚えがあった。それは、かつて私が虐めていた同級生の男だった。

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