暑い日だった。朝から日差しが痛かった。まだ六月なのに、こんなに暑いなんてなんておかしいですよねと、すれ違った女学生たちが話しているのが聞こえた。同級生同士に見えるがなぜか会話は敬語だった。私は逆に、もう六月なのかと驚いたが、記憶をたどればたしかにもう六月だった。

 喉が渇いたのでコンビニに寄った。名前も知らないチェーンの看板がかかっていた。店内は空調が効きすぎていて、半袖一枚の私には肌寒かった。すぐに、腹痛を催した。体を冷やすとすぐにこうなる。手洗いを探したが、どこにも見当たらなかった。店員に聞くと、数日前に店長が取り壊したと言った。では従業員がどこで用を足すのか疑問に思った。それでも何も言わず黙っていたが、私の顔色を見てだろうか、野糞ですよ普通にと男は言った。もう帰ってもらえますかと真顔で続けた。仕方がないので、私は排便を諦めることにした。

 外に出るといつのまにか夕暮れだった。野犬があたりを見渡して、自動車が通り過ぎるのを見てから、道を渡った。西日に照らされた彼らの長い影が通りに伸びていた。よく見れば、行き交う人々の影も、とても長く、どこまでも伸びていた。人には影があるのだと気づいた。影には種類があった。醜男の影は人より薄かった。美しい女の影は少し水色だった。通りを駆けまわる子どもたちの影は、とても濃かった。私は、家内の影について思い出そうとした。家内とはもう何年も会っていなかった。ふだん、影を意識することはないから、思い出すことは難しかった。

 そんなことを考えながら歩いていたら、誰かと肩がぶつかった。この暑さのなかで、背広を身にまとい、ネクタイを締めた男だった。男は、驚いたような表情をいっしゅん見せながらも、そのまま私が歩いてきた方に進んでいった。男の足元には、影がなかった。

 失礼ですが、影がないようですよ。男の背中に大声で問いかけると、背広の男はこちらを振り返り、私の眉間をじっと見つめた後、あなたも同じですねと言った。足元を見ると、確かに私も影がなかった。

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