聖堂の薔薇窗から青い光が降りそそいでいる。

 少女は聖堂の椅子の一つに腰かけて目を瞑り、祈っていた。


 ――主よ、わたしを死なせてください。

 ――この醜い世からわたしを解放してください。あなたの御許に行かせてください。


 許されない願いだとは、解っている。

 それでも少女は、絶望のあまり常に締めつけられるように痛む頭と、徐々に食物を受けつけなくなっていく身体を抱えてここへやってきた。

 手をきつく組み合わせて切実に祈るあまり、一人の青年が背後に近づいてきたことにしばらく気づかなかった。

 オルガンの練習をしても、介意かまいませんか。

 彼は週末にこの聖堂で演奏会を行なうオルガニストだという。少女は席を立とうとしたが、よろしければそのままで、お祈りの邪魔でしたらすみません、と丁寧に云われてそのまま椅子に坐った。

 青年は聖堂の後方に設置されたパイプオルガンのほうへ行った。しばらくして、奏きはじめる。

 青年の物静かな印象とは裏腹な豊饒な響き。少女に曲名は解らない――バッハだろうか、古雅で誠実だ――荘厳にして繊細な音が聖堂中の空気を顫わせ、少女の身体の奥までずしりと響く。少女はまた目を閉じる。


 光。


 複雑に絡み合う音を貫く一すじの光。

 それは薔薇窗の光よりも神々しく、静謐で、峻厳だ。

 少女は涙を零す。

 ここに、神がいた。本当はずっと、この世のどこにでも、少女から近く遠く、神は遍在していたのだ。


 神は少女を拒んでいる。


 拒んでいる。パイプオルガンの響きを全身で聴きながら、少女はこうべを垂れてその事実を深く感じとった。涙が止まらない。

 少女がしゃくりあげる音が聞こえていたのだろう、青年は練習をひと区切りした際、少女のほうへやって来て、大丈夫ですか、と声をかけてくれた。

 死にたいってお祈りしていたんです。でもあなたの演奏を聞いて、神さまは確かにいるのだと、死んではいけないのだと解った。だから、絶望しているんです――

 少女は蹌踉よろめきながら聖堂を出た。薔薇窗を輝かせていたまばゆい日ざしが直接少女に当たる。苛烈な光は真白く、灼かれて灰になりたいと彼女は願う。だがそれは叶わない。

 わたしは神を怨むまい。

 死んではいけない、ただそのようなことわりがあるのだと虚ろに理解する。理は厳しく美しい。辛く苦しいが、その美にわたしは従おう。

 少女は真白く透明に輝く絶望に胸を射貫かれながら、青ざめ、彷徨うように家路についた。



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