白い少女の世界 ⅱ

 白い髪に白い膚、白いドレスを纏った少女――エフィはその日の午后、雪のように真白な彼女のへやのなかで、硝子棚から宝石箱をとり出した。その優美な銀細工の小箱は、架空の友人を呼びだすために必要なものだ。

 蓋を開けると、夜空のような濃紺の天鵞絨ベルベットの上に七つの宝石のブローチが並んでいる。真珠、紅玉ルビー、薔薇水晶、琥珀、翠玉エメラルド青玉サファイア紫水晶アメシスト。今日はいちばんの親友を呼ぶために、紫水晶のブローチをドレスの胸許につけた。

 エフィは白いくまやうさぎのぬいぐるみに手伝ってもらいながら紅茶を淹れ、友人が好きなショコラのケーキを準備した。飾りに菫の花の砂糖漬けをちょこんと載せて完成だ。やがて、架空の友人がやって来た。

 彼女はヴィオレッタという。ちょうどエフィが紫の睛を持ち白いドレスを着ているのと反対に、彼女は白銀の睛を持ち紫のドレスを纏っている(なお、髪は栗色である)。二人は莞爾にっこりとほほ咲みあって円卓テーブルに着く。お茶会の始まりだ。

 ヴィオレッタはまず先日エフィが送った手紙の礼を云い、それから簡単に近況を話した。一緒に住んでいる叔母がレースの手巾ハンカチに素敵な刺繍をしてくれたこと。飼っている仔犬が賢く可愛いこと(ヴィオレッタが飼い犬の話をして何年も経つが、仔犬は永遠に仔犬のままだ)。先日家の近所に移動遊園地がやって来て、小さな回転木馬に乗ったこと。

 それから二人は共通の架空の友人たちについて話す。といっても最近の彼らとのことをごく簡単に述べる程度で、繊細なことや内面的なことを無闇に話したりはしない。架空の友人にもプライヴァシーはある。

 少女たちが小鳥のようにお喋りをしていると、ぬいぐるみたちも円卓の周りに集まってきて楽しそうに耳を傾ける。紅茶はまだたっぷりポットにあり、ケーキがなくなると、今度はヴィオレッタが持ってきたマカロンを食べる。ささやかで甘い時間は至福に満ちていた。

 窗からさす光が茜色を帯びてきたころ、エフィは物語について語りだす。最近読んだお気に入りの書物。自分自身で筆記帖ノートに綴っている詩。そして、ヴィオレッタと出逢ったときから二人で創っている物語――

 物語のことになると、エフィとヴィオレッタの会話は白熱する。何時間でも話していられる。〈はるかな国〉を旅する美しい王女と王子の物語。二人は真剣にその続きを考えた。エフィはいっそう夢中になり、想像の翼が羽搏くまま歌うように語った――

 やがてうつつと夢の境が判らなくなる。そうして物語の続きの一節を語り終えたとき、気づくと窗の彼方の薄紫の空に一番星が光っていた。ヴィオレッタはもういない。

 架空の友人が去るのはいつも突然だ。だがさようならを云わない代わりに永遠に別れることもないのだと、エフィは冷めた紅茶の残りを飲み干しながら淋しく想う。それからぬいぐるみたちに手伝ってもらってお茶会の片づけをする。

 それが終わるとエフィは気持ちを切り替えて、机に向かって菫色の筆記帖ノートを開いた。ヴィオレッタと二人で創っている物語の筆記帖だ。二人で話した物語の続きを忘れないうちに、集中して硝子ペンを走らせる。

 独りになった少女が心配なのか、いつの間にか大きいくま(小さいくまも別にいる)と小さいぞう、さらに小さいはりねずみのぬいぐるみが傍まで来て、エフィを気遣うように黒いつぶらな瞳で見ている。この三匹はとくに慈悲深い性格なのだ。エフィは、大丈夫だから寝台ベッドで待っていて、と伝える。

 淋しい瞬間は確かにある。だがその淋しさゆえに、彼女自身も、架空の友人たちへの想いも、生まれる物語も、初雪のようにずっと純粋なままなのだ。

 夜、白いネグリジェに着替えて寝台に上るとぬいぐるみたちが集まってきた。洋燈ランプの燈りのなかでエフィは菫色の筆記帖を開き、今日書いた物語の続きを彼らに読み聞かせる。そうしているあいだにエフィは陶然うっとりとして、すべて読み終えるまえに眠ってしまった。

 白いぬいぐるみたちは幼い主人に布団をかけてやり、物語を夢見る彼女に寄り添った。彼らは少女と共に夢を見る。だから、物語の残りはそこで知ることができる。

 少女の夢に入っていくまえ、最後に白いひつじがふわふわの小さなからだを枕許へ運び、少女の額に優しくキスをした。



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