翠玉の森 青い鳥

 少女は死んでしまった青い小鳥を手巾ハンカチに乗せ、両手で大切に抱えて庭へ出た。そして桜の樹の下に埋め、簡単な墓を作った。

 少女は部屋に戻ると、硝子の宝石箱に入った翠玉エメラルドのブローチを見つめた。母の形見である。病気で弱っていく小鳥を必死に世話するあいだ、ずっと母のことが脳裡にあった。……どうして皆わたしを置いていってしまうんだろう。

 その夜、久びさに母の夢を見た。若く美しい姿のままで、その肩にはあの小鳥が留まって囀っている。ふたりとも天国で幸せに暮らしているとでもいうのだろうか。少女は目を醒ましてから、都合の良い夢を見てしまったことに嘔気はきけを覚えた。

 いっそこのブローチも埋めてしまおうか。そんな考えを玩びながら、少女は白いワンピースに着替えたあと、襟許にそのブローチを留めた。少女には豪奢すぎる、矩形にカットされた深い緑の大きな翠玉エメラルド

 少女はブローチを着けたままやしきの庭園に出た。庭園のまわりは柵を周らせてあるだけで、その外にはすぐ森が迫っている。四月の終わりである今、初夏を前にした森は翠玉エメラルドのように蠱惑的な緑の輝きと匂いに満ちている。少女は庭園の裏門まで行き、よほど森へ出ようかと思ったが、やめておいた。いま森に出かければそのまま緑の迷宮に囚われてしまうだろう。少女は庭の表に戻って長椅子ベンチに坐り、清々しい空気を深く吸って平静さをとり戻した。

 母は森を彷徨ったすえ、何日も経ってからに邸に戻ってきた。衰弱していたが睛だけは憑かれたように妙に輝いていて、そのまま恢復することなく静かに逝った。

 母は深い緑色のものが好きだった。翠玉エメラルド。その色をした衣服、調度品。この邸に生まれ育つうち、何度もその色をした森に誘惑されただろう。だが彼女を最終的に死に誘き寄せたものが何だったのかは判らない。

 少女が長椅子ベンチで休んでいると、不意に小鳥の囀りが聴こえた。

 この辺りに棲んでいる野生の鳥たちの啼き声とは違う。紛れもない、昨日葬ったはずの、少女の青い小鳥の声だった。

 少女はこうべを左右にめぐらせる。青い小鳥の声を追い、いつしか庭園をぐるりと巡り、裏門を出ていた。そこではっきりと、宝石のような青い影を見た。

 ずっと籠のなかに閉じこめられていた小鳥はいま、自由を得たのだ。樹の枝々に留まりながら森の奥へ進んでいく小鳥の青はあざやかで、決して見失ないはしない。少女はわらいながら、夢中で小鳥を追った。

 やがて開けた処に出ると、苜蓿クローバーがいちめんに白い花を咲かせていた。そしてその向こうに立つひとがいて、小鳥はその肩に留まっていた。そのひとは少女のほうを振り向くと、妖しいほど清らかなみを泛べた。

 「お母さま。」

 少女は迷わずその冷たい胸に飛びこんだ。そしてかつて母を誘惑したものが何であったのかを理解する。それは失なわれた愛しいもの。真の自由。安らぎ。永遠。それから――




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