白い少女の世界 ⅰ

 少女の部屋はお気に入りの、白いものと透明なもので満ちている。寝台ベッドの上の白いレースの天蓋。優美な猫脚の真白な机と椅子。硝子棚に並んだ透明な色の香水瓶に、水晶や月長石の標本。白い背表紙が並ぶ本棚。白薔薇を挿した硝子盃グラス。白い大小のぬいぐるみたち。純白のドレスを纏う、無垢な天使のような白磁人形ビスクドール。唯一のあざやかな色彩は、ラベンダー色の洋墨インク壜。

 その洋墨インクを硝子ペンのさきに付け、少女は象牙色アイヴォリーの便箋に架空の友人への手紙を書いている。だがやがて飽きてしまって、白い寝台の上に軽いからだでころんと横臥る。生まれつき白い長い髪が崩れた扇状に広がる。

 レースの天蓋に守られた小さなミルク色の世界で少女は微睡む。白い睫毛の下のラベンダー色の睛で、夢と現のあわいをじっと見つめる。

 夢のなかで、彼女の人形に似た等身大の天使に出逢う。少女の姿をした天使は架空の友人の一人で、彼女がその人形を手に入れた日から何度も夢に出てくる。天使に手を引かれると、ごく低くだが少女も一緒に翔ぶことができる。森のなかや花畑の上、清らかな泉の上を微風のように二人で漂って行く。

 その日は白い小さな花が咲き乱れる丘の上で、二人で花冠を作った。それをお互いの頭に乗せて咲い合う。永遠に続く午后の日ざしのなかで、永遠に二人は無垢だった。

 目が醒めたとき、少女はまだ永遠を引きずっていて、周りの現実の儚さを過敏に感じとってしまう。少女は再び机に向かい、架空の友人(先ほどの天使とは別の友人である)への手紙の続きを書いた。

 夕暮れが近づいて、白い部屋ぜんたいが淡い橙に染まるまで、少女は手紙を書き続ける。



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