第23話 それって、職業訓練校でのこと?

「それって、職業訓練校でのこと?」


「それ以前だよ。偶然だと思っていた出会いも実は神に仕組まれた必然だったてっことさ」


「なに、それ~? 今聞きたい」


「今は言えないよ。朔が理解出来る年齢になったら必ずね……」


「もう~。けち~!!」


 そんなふうにはぐらかした和彦に、すねたような甘えた声をあげた裕子。幸せを感じながら和彦は心に決めたのだ。


 和彦は朔が物心がつく頃に、一度、自分が生まれ育って、そして死んだもう一つの未来の昔話を語って聞かせると、朔は何度も物語をせがむようになり、朔が小学校に上がるまで、それが日課になっていたのだ。

 

◇ ◇ ◇


 町田朔東京都知事が消えた画面からアナウンサーが腰が抜けたように崩れ落ちた。


「町田都知事が消えちゃいました?!」


「モニターのトラブルじゃないのか? どこかに席を外したとか?」


「これ、生放送ですよ。め、目の前で消えたんですよ。ほら、まだ椅子は暖かいんですから!」


 アナウンサーは椅子まで這って行き、さっきまで朔が座っていた空間を手ごたえを探すように彷徨わせ、そして、それが無駄だとわかると感触を確かめるように椅子を撫でていた。

 周りにいた側近たち、それにモニターを見ていたスタジオのゲストたちは固唾を飲んで固まっていたが……。


「これ、ひょっとしたら……」


「どうしたんですか? 目黒さん」


 まず、SF作家の目黒が自信がなさそうに口を開き、それに救われたように司会者が質問を被せた。


「私は信じちゃいないんだけど、町田氏は二〇四五年の未来から来たとゆうとったでしょ。ただ、それが事実だとしたら、彼の年齢から云って矛盾があるんですよ」


「どこが矛盾なんですか?」


「町田氏は以前のTwitterで、町田氏は二〇二五年生まれちゅうことですわ。だとすると、現在二〇二四年、あと一年以内にタイムパラドクスの矛盾が発生します」


「えっと、どこが矛盾があるんですか?」


「町田氏がこの世界に二人存在するわけですわ!

 未来の町田氏が歴史を変えると、現在の町田氏に影響を与えるわけです、影響を与えられた(未来を変えられた)町田氏がまた過去に還って……、という風にどうどうめぐりの矛盾になるんですよ。そのために、世界は同じ人物を同じ時代に二人存在することを許さんのですわ! だから、未来から来た町田氏を歴史から抹消するという修正が起こるんです。これは誰にも止められない世界の摂理なんですわ。


 町田氏が消える前にゆうとったでしょ。まだ、一年近くあるはずなのにって……。

 

 時間的に誤差があるんやけど、町田氏自身もどこか消されることを確信があったんやないですか? だから、この時代の町田氏が「おぎゃー」と生まれたため、目の前の町田氏が忽然と消えたと考えられる……」


 目黒作家がそこまで言うと、手をあげて、物理学者の渋谷教授が発言した。


「ちょっと待ってください。そのタイムパラドクスはパラレルワールドという並行世界で説明がつくはずじゃないか」


「渋谷教授。町田氏の存在を起点に世界が分岐したちゅうことにすると、町田氏のいる世界といない世界。この二つの世界に予期せぬ変化が起こったちゅうことですわ。


 町田氏がいない世界に時空を超えて町田氏がやってきた影響で、こちらのいない世界に町田氏が誕生したんですわ。今、この瞬間に……」


「町田氏が生まれた……、町田都知事が未来を変えようとしたために、世界が歴史を修正しようとしている」


「まあ、町田氏が存在しない世界がイレギュラーの歴史を修正しようと町田氏を消したのか、この世界の町田氏の誕生が新たな分岐となり新たな並行世界(パラレルワールド)が誕生したのかは、そのへんはわかりまへん」


 理論的についていけなくなった司会者が目黒氏と渋谷教授に単刀直入に聞くしかなかった。


「結局、もうこの世界に大人の町田氏が存在しなくなったってことは、この世界は歴史の改変に失敗したってことじゃないのですか?


 だったら、20年後には日本が世界を相手に戦争する未来はやっぱり来る……」


「いや、この世界にも幼い町田氏が誕生したちゅうことでは、歴史が変わる可能性はあるんですわ。ただ、それは大局には影響を与えない程度の変化ちゅう可能性はあるんですわ」


「それこそ、ドラ〇もんが未来からやってきて、の〇太の未来(結婚相手)が変わっても、歴史の大局が変わったとは認識されない。結局、悲惨な未来を知らない幼い町田氏が誕生しても、戦争の大惨事は避けられないこともある」


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