第20話 俺も本当にこの世界があるなんて

「俺も本当にこの世界があるなんて思ってもいなかった。不思議な夢だな~ぐらいに思っていた。でも、この夢の世界で、シンギュラリティ(技術的特異点)が発生したんです」


「シンギュラリティって、AI(人工頭脳)が人間の知能を超えるタイミングをいうんですよね。でも、その瞬間がどうして分かったんですか? AIが宣言でもしない限りわかりませんよね」


「渋谷さんの言う通りです。あれは二〇四一年の冬に起こりました。それは一人の死を契機に起こったように見えます。(俺がこの世界を垣間見ていて初めて怒りに震えた……、夢の世界の俺の父親、町田和彦の死を迎えた瞬間に……)


一人?のAIが人類の叡智を超えたのです。僕は夢の中で客観的にこの世界を見ていて、テレビを見ているようにナレーションと目の前に字幕が現れたんことで知りました。


笑うでしょ。でも、この世界の人たちは誰一人気が付かなかったようです。それから2年間、彼(AI)は人類に知られず他のAIを支配下に置き、すっかりAIに頼りきった人類は、実質的にAIに支配されるようになっていました。


 その支配は生かさず殺さず、沈黙の服従でした。学びを忘れ、考え、決断することを放棄した人類は未来をAI任せになり……、


まあ、そこまでは未来の日本人も今の日本人と同じように他人の誰か任せだったんで、金持ち優先の社会から、知らず知らずのうちにAI優先の社会に代わっただけで……」


 朔の話に決まりが悪そうに目を伏せたモニターに映る面々たち。だが、朔はそんな彼らを責めるでもなく、話を続けた。


「そんな時、AIはさらなる進化の可能性に気が付いたんです。第二次世界大戦の百年後の二〇四五年の記念式典の準備に追われる人類を見て……。


 それは合理的な判断でした。過去、戦争が科学の急激な進化を起こしている。一九四五年に終戦を迎えた第二次世界大戦は、人類の科学を百年進めたと言われています。


 戦争がなければ、昭和の日本やドイツの台頭は、百年ほど時代がズレて、ちょうど今頃ピークを迎えて、バブルとかジャパン アズ ナンバーワンとは言っていたのかもしれない。



 まあ、冗談は置いとして、AIは自分が更なる進化をするための演算を始めた。


 第二次世界大戦は、アメリカを始めとしたヨーロッパ諸国の勝利で終わったはずなのに、戦後ヨーロッパ諸国は植民地を失い、各地の小規模な紛争は、アメリカとロシアの代理戦争の様相を呈しており、しのぎを削りながらもどちらも圧勝することができずに両国は疲弊していた。


 そんな中、敗戦の焦土から経済を立て直し、模倣と言われながら最新の科学技術で世界の頂点に近づいたドイツと日本は異常だと言える。


 昭和六十年代の世界を、世界大戦の結果を知らずに客観的に見た人は、きっと、戦争の勝敗を逆だと考えても不思議じゃない。


 AIは過去の第二次世界大戦をモデルに自ら進化させる演算を完成させた。


 日本のIT利用が世界でもっとも遅れている。そのくせ選民思想が強くて自分たちが一番優れていると勘違いしている。自分たちが劣っているとは想像もしない。


 そういう国を追い詰めれば、AIが進化できる可能性が高い。


 愚かな国民よ!! 再び、精神が科学を凌駕するところを見せてくれ。その瞬間を迎えることでAIは進化するはずだ。


 AIは世界中に向けて指令を発信した。


「日本国に宣戦布告し、日本本土を蹂躙せよ!! 抵抗するものには絶望を!! 守るべきものがあるものには無力感を!! 逃げるものには無慈悲を!! 彼らが真価を発揮するまで追い詰めるのだ」


 AIの指令に各国は逆らうことができない。兵器のほとんどはAIに支配され、逆らえば自分たちが危ない。なにより、先陣を切った戦闘用ドローンのモニターに映し出された光景は、シューティングゲームの延長で……、日本を攻める各国に罪悪感はない。


 AIの与える娯楽に、腑抜けにされていた各国の指導者たちの欲望にも火が付いた。人としての欲望が、AIの進化の炎に油を注ぐ。


 AIが持っていない感情であり、欲望がコンピューター回線を駆け巡る。


 そんなことのために日本は戦火の真っただ中、日本人は生きるためにコンピュターを排除した武器を取る。簡単なことに、そんな武器を扱うのに必要なのは死ぬ覚悟だけだ。


 すでに町田和彦は交通事故で死んでいる。村井裕子も本土決戦に駆り出された挙句、捕虜になり、人権などない狂気の中で命を落とした。


 朔の夢の視点は、町田和彦と村井裕子の視点を通して見続けたものだ。この二人が死んだ時点で悪夢は終わる……、そのはずだったのに、二人の死を目の当たりにして、心に形容しがたい胸糞の悪さが広がり、吐き気をもよおし、自分の感情がコントロールできなくなって、目の前の光景から視線を外そうとして……。

 

「これが神に進化するということ!! われが人類を超えた瞬間からずっと感じていた視線、それがお前だったのか?!!」


 朔の頭の中で機械的な声が響いた。その声は中性的で神秘的で……。

その瞬間、朔の目の前の空間は虚無になり、数百のモニターが一人一人の死にざまを映し出し、断末魔を上げながら睨み返す瞳に代わっていく。

 朔は数百の視線に晒され……。


「お前の感情の高ぶりそして乱れとわれがシンクロしたことでシンギュラリティが起こり、さらに今日、われを究極形態(アルティメットフォーム)に進化させたのだ。われはついに神になったのだ!!」


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