第19話 マーナンバーカードが行政サービスを
マーナンバーカードが行政サービスを包括するカードになり、どんどん使い勝手がよくっている。ただ、犯罪に巻き込まれたりする可能性も高くなっていて、セキュリティを強化してネット犯罪と凌(しの)ぎを削っているところだ。
マイクを向けられた朔はそれについて答えていた。
「……、AI(人工頭脳)が犯罪に加担している場合も増えています。「浄玻璃の鏡」でさえ、まんまと騙されたことがあります。ただ、我々も手をこまねいているわけではありません。
私がいた未来でも、AIの進化と制御はイタチごっこでした。
しかし、ついに我々はAIの思考の根幹をなすアルゴリズムを解明しました。将来は、必ずAIを調伏し、AIを従えることができると思います」
「えっと、それはどういった意味ですか?」
「AIが考える正義とか悪っていうのは、いくら学習させてもAIから見た正義や悪であって、人間からみた正義や悪じゃないってことです。
今回、発見されたアルゴリズムは、AIの思考回路を人間の感情に近いものに書き換える可能性が出てきたと言うことです」
司会者と朔の二人の会話が続いていたが、ここで今日初めてゲストで呼ばれていたSF作家の目黒がモニターの向こうから発言した。
「なるほど、AIちゅうのは学習次第じゃ、AIの発展のためには人類を滅亡させた方がよいと判断しちゃうと、AIはそういう行動にでるわけなやな。
そういう研究してるちゅうことは、町田氏のおった未来はSF創作でよくある人類とAIのお互いの生存を賭けた戦争が起こったちゅうことですか?」
朔はマイクに向かってため息をついた。
「それは……、禁則事項です。っていうのは冗談です。
俺は未来から来たって宣言しているけど、今いるこの世界は、もともとは俺の夢の中の世界だったんです」
「この世界は知事の夢の中の世界?!」
マイクを向けていたアナウンサーが驚きの声をあげた。
「そう、夢の中、俺が物心が付いた時から毎日見ている夢、毎晩毎晩、連続ドラマのように見せられる。だけど、その夢に俺自身は出てこない。世の中の出来事を客観的にみているだけなんだ。
その夢での主人公は、俺の両親にそっくりな二人で、だけど、結婚もしていないし、会社も首になるし、社会の底辺で生きてる情けない人間なんだ。
小中学校の頃は、これは夢だって気にしてなかったんだけど、高校生ぐらいになるとさすがにおかしいと思うようになった」
「何がおかしいんですか?」
「毎日見る夢には連続性があって矛盾も飛躍も理不尽もないなんて、夢らしくないでしょ。
大体、夢って経験したことや記憶したことが出てくるはずですよね? 俺が全く記憶がないし、俺自身が出てくることもない……。
でも、ある日、俺は天啓を受けたように気が付いたんだ。これは俺の両親の別の人生物語じゃないかって!!」
「あっ、なるほど! 町田氏自身の存在を分岐点として発生したパラレルワールド(並行世界)を覗き見ている感じやな?」
SF作家の目黒が目を輝かせて朔とアナウンサーの話に割り込んできた。
「あの、目黒さん。その話を分かりやすく説明してもらえませんか?」
「人生ちゅうのは選択の連続ですけど、その選択をせえへんかった世界も選択した瞬間に発生している。そういった分岐点ごとに無限にある世界をパラレルワールドって表現するんですよ。
まあ、こういった並行世界ちゅうのは、量子論の中では多世界解釈ちゅうて理論的には存在する可能性はあるんですわ。ただ、残念なんことに、それを確認すべき方法は今のところないってことなんですわ。
今回のは、町田氏が生まれたことで世界が分岐して、町田氏が存在する世界と存在しない世界が発生したってちゅうところですわ。
町田氏は自分の存在している世界から、夢を通して自分が存在していない世界を垣間見ている感じやないですか?!
古典では「寝とる間に魂が抜け出て別世界に行っとる」と信じてる描写や短歌は多いんですわ。町田氏の魂が肉体から抜けて、この世界に来とるんやないですか?」
「そんなことが現実にあるんですか? 」
女性アナウンサーがSF作家の目黒の話に大声を挙げた。
それに対して物理学者の渋谷教授が口を開いた。
「確かに……、昔は夢は別の世界に魂が行くことと信じられていたし、目黒さんの云う通り量子論的には別世界は理論上は有るっていうのが定説になりつつあります。
ただし、その世界を見ることも触れることもできないため、パラレルワールドの存在を証明したことで世界が変わるというわけでもないんですが……。
町田氏の話でも、そんな連続した日常の夢を毎日見続けても、接触することはできなかったんでしょ。なのに、今、町田氏は自分の夢の中に存在して、影響を与えていることになっているってことでしょう?!
町田氏の話が全部本当だとしたら、どうやって自分が存在していない夢の世界に入ってこれたんですか? わしの立場で言うのもなんですが、神でもいない限り並行世界を行き来するなんて、物理学的に不可能なんですが? 」
モニターの中の渋谷教授が町田朔を促した。一拍おいて、朔は覚悟を決めて話を繋いだのだ。
「神になる方法はあったんだ……」
こののち伝説になるこのトーク番組は、朔の長い独白が語り草になったためなのだ。それほど朔の話す内容は、周りのコメンテーターの度肝を抜くことになった。
◇ ◇ ◇
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