第13話 和彦は前の方の受講番号で

 和彦は前の方の受講番号で、初日からプログラミング教室がある。教室へ移動する和彦の背後から、声を掛けてくる女性がいた。


 どうしてだか、前に座る町田和彦がさっきから気になって仕方なかったのだ。


「町田都知事って、知事に成り立てでも、さすが政治家。凄いオーラがありますよね」

「あっ、うん。まだ、二十歳を超えたぐらいですよね。凄い実行力だと思いますよ。

 後がなかった僕にチャンスを与えてくれたんですから……。あなたもこの政策に最後の望みを掛けて、受講を決心したんですか?」

 

 声を掛けた男性に質問を返され、返答に困ってしまった村井裕子。裕子は婚約者と分かれた後、周りの目を気にして逃げるように会社をやめていたのだ。

 彼の決意を感じて、消極的な理由でこの職業訓練校に参加しているのを申し訳なく感じてしまった。


「ごめんなんさい。私はそこまで真剣じゃないんですよ。でも、ここに来ている人はみなさん真剣なんですよね?」

「どうなんだろ? 僕は自分の未来を変えたくて……。って意味がわかんないですよね。あっ、僕は町田和彦って言います」


 いきなり謝られて、個々の理由でここにみんないるわけで……。和彦はなんとなくこの女性に気楽に接することができて、本音とともに名前を名乗ったりしたわけで……。


「あら、私たら名乗らないで、話しかけたりして……。私は村井裕子っていいます。いやなことが続いて……。何も考えてなかった学生時代はよかったなって思い返して……。

 あっ、だめですよね。皆さん真剣なのに……」

「そこはいいんじゃないですか? あの制度を説明した職員も「二度目の学生生活を楽しむように」って言ってましたよ」

「……」


 失業者が失業給付を受けながら、のんびり大学生活をやり直す?! まじめな二人にとって、世間的に気まずくなって話が途切れた。


 指定された教室まではまだ距離がありそうだ。それで、裕子は社会人らしく仕事の話に戻そうと、さっきの都知事の話を和彦に振ってみた。

 

「そうですね。町田さんはこれから始まる講義ですけど、どんなストーリーを描くつもりですか?」

「喜怒哀楽でね~。最近だと医療費の高さと医者のいい加減さに怒りを感じるんですよ。社会保険料って国民からむしり取った金で運用しているのに、医者の掛かり方もいい加減。それを診るほうもいい加減。医療費という資源が無駄に消費されているですよ!!」


「へーぇ、若いのに医療の問題を真剣に考えているんだ? わたしは町を歩いていたり雑誌とかで、女の子が着ている服で気に入ったのを見かけるとどこのブランドか気になって……、それがわかった時の嬉さって、最高なんです!!」


 ここで、二人が話したことは、のちにプログラミングで切磋琢磨して、この二人が言い出しっぺのシステムを創造していくきっかけになる。


 二人の仲が進んだのは、実はこの目的や達成感を共有化するところが大きいのだ。

 今のカップルが昔と比べて成立しないのは、学校も会社も昔ほど一つの目的やそれに対する達成感のようなものを得る機会がなくなっているもの一因なのだ。


 いまだに引っ付くきっかけは、クラブやサークル活動、そして新人研修だったりするのだ。


 やがて、打ち解けた二人の仲は、交際に発展していくことになるのだ。この兆候は和彦と裕子だけではない。職業訓練生の中には大学生に混じって、コンパに参加する猛者も現れた。


 これは受講者だけのメリットでなく、大学生にも刺激と危機感を与えた。実際に社会の厳しさに触れ、挫折した受講者と接する貴重な体験ができたのだ。


 そんなキャンパスライフを過ごす受講者の中には、和彦や裕子だけでなく、同じ受講者や現役大学生と付き合い出した者も少なくなかった。


 婚姻者が増えることで、数年後、少子化に歯止めがかかり始めたのだ。

 これは日本の将来にとってうれしい誤算なのか? 


 側近が朔に尋ねたところ、


「馬鹿か? 人の色恋なんぞ、他人にどうこうできるわけないだろ!!」


 そんなふうに返されたらしいが、朔にとっては計算通りの反響だったのかもしれない。


 朔曰く、結婚した男女がどこで出会ったかってのは、六割方が同じ社内か取引先で、後は学生時代が二割強。婚活パーティーやらお見合いやらは一割以下。


 少子化の本質っていうのは、結婚しない女性が増えた少母化だよな。

 これだけ子育て支援をしても、結婚した女性が産む子供の数は昭和の時代とほとんど変わっていない。


 会社と学生時代しか出会いの場がないのに、昔の寿退社までの腰掛じゃなく、若い女の子を生活するために無理やり働かせるとか、子育ての負担を直接背負ってくれるじじばばを、年金減らして無理やり働かせるとか……、こんな社会で子どもを産もうなんて考える女性が増えるわけないじゃん。


 生まれた子どものコストを社会全体で負担するのも間違いじゃないけど……、増税の限界はすぐ来る。まずは、若者の所得を上げて生活を安定させなきゃ!でしょ。


 だったら少子化対策の初手は大学改革でしょ。今の企業ニーズと新卒とのアンマッチって、学校で習ったことが社会で何の役にも立たないからなんだよ。だったら何回でも学び直せばいいんだよ。


 特に収穫加速していくIT技術に対して、一〇年前の知識なんて役に立たないのが当たり前なのに、日本じゃ学び直す機会なんて、最先端で研究している研究者以外は無いんだから……。ただ、そんな研究者は視野が狭くって、実社会とはズレている。


 そんな状態で世界に通用する技術やビジネスモデルができるわけないよ。知識の底上げと共有。それができて初めて飯のタネができて、労働者全体の収入が上がるはずなんだ。


 教育とは仕事の現場で使える技能を学ぶことなんだよ。

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