第2話 イラつく町田の運転は
イラつく町田の運転は、憂さを晴らすように荒くなっていた。
少し自暴自棄になっていたのかもしれない。
そして、角に児童公園がある交差点に差し掛かった時、公園から男の子とそれを追っかけて女性が飛び出してきた。
慌ててハンドルを切った車はコントロールを失い、辛うじて子供と女性を避けることができたが、そのまま、道を外れて電柱に激突した。
電柱は車のフロントバンパーに食い込み、ボンネットがめくれ上がった。その拍子に町田もフロントガラスに額を打ち付け、胸をハンドルで強打した。不幸にもエアバックが作動せず、シートベルトもしていなかったのだ。
薄れゆく意識の中で、町田は子供と女性を跳ねなかったことに安堵していた。
他人を巻き込まなくてよかった。でも、飛び出してきた子供や女性が見当たらない。いったいどこに消えたんだ?! せめて自分たちがしでかした結果に恐れ慄いてほしい。
だがよく考えると、少子化であの公園から子供の姿を見かけなくなってから久しい。大体、あの公園で遊ぶ親子なんて見たことがない。まさか、さっきのは鬱がみせた幻覚?!
町田にとってはそんなことは、もうどうでもよくなっていた。生きること自体、嫌になっていたし、この世に未練などこれっぽちもない。
額から流れる血で目の前が真っ赤になった。こんな景色も悪くない。そんなことを町田は考えたが、もう、目を開けているもの辛くなっているし、意識も朦朧としている。
そんな町田の耳に機械的は声が聞こえた。
「ファーストミッションコンプリート、オルタネイティヴ・ヒストリー(歴史改変)に着手します」
歴史改変?何を言っているんだ? 町田は声に向かってそう尋ねたが、返事を聞く前に意識を手放した。こうして、町田は静かに息を引き取った。
◇ ◇ ◇
西暦二〇二一年、新型コロナが猛威を振るっている最中(さなか)、街を歩く村井裕子は失意のどん底にいた。
一か月ほど前におこった出来事が原因だ。
結婚を誓い合った男性がコロナ不況のあおりを受けて、勤めていた会社を解雇されたのだ。元々、パート社員だった村井に婚約者を養う収入はない。それどころか社会がこんな調子だと村井も、いつ、今勤めている会社から首を言い渡されるか?
婚約者も裕子も会社勤めを始めて十年近くたつのに、年に1回の定期昇給はボーナスの減額に相殺されて、年収自体は上がらない。これからどうなっていくんだろう?という漠然としていた不安がいきなり婚約者の失業という事実で具現化した。
しかも、男はいつまでたっても就職しようとしない。理想や夢を語って現実を見ようとしない。わずかにある優良企業の募集に、しらみつぶしに履歴書を送っても門前払いで面接にさえたどりつかない。
なのに、企業の採用担当者を自分の実力がわからないバカ呼ばわり。それを見る裕子は、婚約者の尊大な態度に嫌気がさし、この男が思うほど世間はこの男を評価していないちっぽけな存在だと思い知らされ、自分も同じだと不安を感じた。
村井裕子は男と別れることを決意した。両親が裕子の結婚を望んでいることも、孫の顔が早く見たいと言っていることも知っている。
でも、こんな不安定な今の時代、結婚、まして出産、子育ては大きな経済的なリスクでしかないことに思い知らされたのだ。
家族が今の時代、普通に生きていく。家を建て、子どもを大学に行かせる、それに必要な金額を頭で弾くことは簡単だ。でも、そのお金を稼ぐ未来が想像できない。
「当たり前だと思い描いていた生活を手に入れるのに、どれだけの幸運を掴む必要があるのですか……」
絶望的な真理を吐いた裕子は胸が締め付けられて、気分が悪くなった。そんな裕子の目に入ったのは道路脇にいつの間にかあった児童公園のベンチ。
「こんな公園って、あったっけ?」
いつもの見慣れた駅から家までの通勤路を歩いていたはずなのに、見覚えのない小さな公園。でも、胸の苦しさに耐え切れなくなって公園のベンチに座り込んでしまった。
ベンチに座り、カバンから出したペットボトルを取り出して、お茶を口に含む。
一息付いた裕子は、ブランコを漕ぐ小さな子どもに気が付いた。向こうの子どもも裕子に気が付いたみたいで、目が合った。
子どもは見られているのを知って、喜々として道路に向かって走り出していた。
「あ、危ない!!」
裕子は子どもを追って道路に飛び出し、やっと子どもの腕を掴んだところで、自分たちの方に向って猛然と走ってくる車に気が付いた。
キッキーーーーーッ!!!!
体が竦んで動けない裕子の横を、ブレーキ音の残しながら通り過ぎ、そのまま電柱に激突した。
ドッカーーーーーン!!!!
あまりの衝撃に裕子は目を瞑り、再び目を開けると、驚いたことに、そこには大破した車も、腕を掴んでいたはずの子どもいなくなっていた。
「セカンドミッションコンプリート、オルタネイティヴ・ヒストリー(歴史改変)、セカンドステージに移行します」
機械的な声だけが耳元に残っていた、
◇ ◇ ◇
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