何でも言うこと聞く券

「里愛ちゃん、お誕生日おめでとーっ」


 クラッカーを鳴らして、この特別な一日を盛大に祝います。

 先ほどは「そんな派手にしなくていいのに」と言ってた里愛ちゃんも、表情は嬉しそうでした。


「これっ、お誕生日プレゼント。開けてみてっ」

「……封筒?」


 お手紙のような見た目のそれを訝しみつつ、里愛ちゃんは封のシールを剥がしました。

 中から現れたのは、見るからに手書きのチケット一枚。


「何でも言うこと聞く券――って、幼稚園児の発想じゃない」

「だってだってだって、私の気持ちをプレゼントで示すならもう、これくらいしかないかなって!」

「――――」


 里愛ちゃんは何を思っているのか、券を凝視しながら固まっている。

 それから、無理のある笑いを浮かべて。


「え、っと……何かの冗談よね? 他にプレゼントがあるとか」

「ううん、それがプレゼント」

「じゃあ、何でもっていっても限度があるとか」

「ないよ? なんでもいいよ! 一生私に尽くしなさいでも、一緒に死のうでも!」


 私の全部は里愛ちゃんのもの。どんなお願いだって聞いてあげられます。

 定番の『願い事を無限に叶えて』でも喜んで受け入れましょう。

 愛する人のためならば、苦痛すらも愛おしいものですから。


「ほら、里愛ちゃん、どうする?」




   ◇◆◇




 マズい。これは、本気でマズい。

 胸の中で欲望が波打ってくる。せり上がる衝動は既に喉元まで来ており、舌に乗せられるのは時間の問題だった。コクリと生唾を呑む。

 可愛らしく小首を傾げる深月の姿にクラクラする。深月の唇、胸、足へと自分の目線がせわしなく移動する。欲望に負けそうになって、慌てて目を逸らした。


「じゃ、じゃあ、願い事を百個に増やしてとか」


 適当に思いついた言葉を放つ。そうだ、却下されてしまえば安心できる。無制限の自由より、制限付きの自由の方がわかりやすい。

 それなのに。


「百個もお願いしてくれるの? えへへ、嬉しい! もちろんいいよ!」


 深月はニッコリ笑顔で快諾した。その表情にまた鼓動が跳ねて、内なる期待がまたいっそう膨れ上がった。

 このまま流されてしまいたい。深月の全てを思うがままにして、私の愛に染めてしまいたい。


 手の内にある『何でも言うこと聞く券』。可愛らしい字で、キラキラした色彩で、丸っこいイラストで飾って、私のために心を込めてこれを書いてくれた深月。

 深月は良くも悪くも真っ直ぐだ。私への好意を一切隠さずに届けてくれる。

 だから私は深月が好きだ。だから私は……。


「……やっぱり、これは受け取れない」


 手の中にある深月の全てを、私は突き返した。

 だって思ってしまったのだ。私の愛で染めた深月は、きっと私の好きな深月ではないと。


「こんなやり方で受け入れてもらうのは、違うもの」


 好意の存在を仄めかす言葉。今の私にはこれが限界だ。

 これ以上は深月も受け入れてくれないか、私が受け入れられないかのどちらかしかない。

 深月は知らないだろう。私がどれだけ、おかしな趣味と歪んだ欲望を抱えているか。私を好いてくれる子がこんなにも純粋な笑顔を見せてくれているのに、私が考えていることといったら、どのように深月を可愛がればより刺激的な快感を得られるかだ。

 こんな女の本性を知ったら、幻滅しない人はない。

 だから、私の本性は知られちゃいけない。


 顔を俯ける。深月の表情はわからない。

 プレゼントを突き返されて怒っているだろうか。それとも悲しんでいるだろうか。

 それとも。


「ねぇ」


 呼ばれて、深月の表情を確認したくないと思いつつ、顔を上げた。

 そして私は見た。深月が、優しい目をしているのを。


「――知ってるよ? 全部」

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