第23話 イータ、地獄の瘴気亭に行く

『ねぇ、まだなの?』

『王都ロンドにいるのは間違いないです。ベータがさらに細かい情報を解析しているんでもう少し待っててください』

『は~い』


私イータ。

今は解呪の固有魔法を持っている人間を探しにロンドに来てる。

おしゃれなお店で服もいっぱい買ったし、可愛いスイーツも一通り食べたし、なんか暇。

他のみんなも最近レス悪いし。

私にだけ色々任せちゃってさ。

そう考えたらなんかムカムカしてきちゃった。

お酒飲みたい。

あ、いいこと思い付いちゃった!

お酒も飲めて他のみんなにもちょっと嫌がらせできるところ。

うふふ、私を怒らせるからこうなるのよ。

そうと決まれば早速行くわよー!


カランカラーン


「いらっしゃいませー」


来ちゃった♪〝地獄の瘴気亭〟

テヘ!

思ったより混んでるわね。

店は全然おしゃれじゃないけど。

なんか本棚にマンガがびっしり置いてある。

なに?子供向けなの?

でも酒場でしょ。


「カウンタ―でもいいですか?」

「いいわよー」


確かベータが鑑定したら肩書はここの店主だったのよね。

ガンマとデルタが苦戦したヤバいやつ。

まあでも店主なんだしホールにはいないか。


『何やってるんですか?イータ』

『あ、デルタ!驚いた?地獄の瘴気亭にきちゃったー』

『ふざけないでください!相手は〝六道〟の使い手ですよ?』

『もしかして怒っちゃった?』

『、、、心配してるんです』

『大丈夫だって!アタシ女子だし〝どこにもいない男〟だとは思われないって!それにもし鑑定魔法使える奴いても、今のアタシ全部吐き出しちゃってるからただの人間だもん』

『はぁ、くれぐれも気を付けてくださいよ』

『それにそのヤバいやつって店長なんでしょ?会わないかもしれないよー?』

『いえ、最初から会ってます』

『え?』

『あなたを出迎え、席まで案内した男がそうです』

『え?店長自らウエイターやってんの?経営ヤバいの?』

『さあ?とにかく代わることはできませんので油断しないように』

『はいはーい!りょうかーい!』

『はぁ』


へぇ、あの店員がそうなんだ。

でもそんな強そうに見えないけどね。

顔は悪くないと思うけど、なんかキラキラ感が皆無。

全体的に雰囲気がどんよりしてる。

うん、ナシだな。


「店員さーん!おススメのお酒ってなにー?」

「おススメですか?レモンストロングが飲みやすくて人気ですよ!」

「じゃあそれと、食べ物はヨーグルトとフルーツをクラッカーにのせたやつで!」

「かしこまりました!」


まあお酒も料理もそんなに期待はできない。

だってなんかボロいもんこの店。

でも店主の顔は見れたし、デルタも焦ってたから大満足。

一杯飲んだらもっとおしゃれなお店に行こー。


1時間後


「おいしー!きゃははは!楽しー!このお酒サイコー!」


なにこのレモンストロングってお酒!超おいしいんですけど!

甘くてシュワシュワしてて飲みやすくて!そして何より!

すんごくおしゃれな気がする!

いや間違いないわ!

このお酒、おしゃれ!


「私もレモンストロングちょうだい」


ん?隣に誰か座った?

座ったっていうかこの子!!!


「もしかしてプリンちゃん!?」

「え?うん、そうよ!まほプリの黄色担当プリンとは私の事よ!」

「本物だー!私プリンちゃんの大ファンなの!このピアス、プリンちゃんと同じの見つけて買ったの!」

「ホントだ!お揃いじゃん!」

「プリンちゃんはよくここ来るの?」

「そうね、仕事終わりに寄ること多いかな」

「そーなんだー!私は今日初めてきたんだ!」

「見た目のわりにお酒と料理おいしくてびっくりしたでしょ!」

「ホントそう!」

「このブルーチーズとベリーをのせたピザもおいしいわよ!一緒に食べよ!」

「うん!」


私とプリンちゃんは閉店まで飲み続けた。

さすがアイドル業界を駆け抜けているプリンちゃん。

飲む量も半端なかった。

アイドルの動力源はファンの声援と極度のアルコールというのは本当だったのね。

明け方、私は店の中で目を覚ます。

プリンちゃんはもう帰っていた。

そういえば朝から仕事だって言ってた。

さすが売れっ子アイドルね。

さて私もそろそろ行かなくちゃ。


「行くのかい?」


立ちあがると後ろから声が聞こえた。


「あ、店員さん」


振り返ると店員さん(店主)は本を片手にお酒を飲んでいた。

渋い。

なんか渋い。


「店員さんか、俺はリンって言うんだ。これでも店長なんだぜ?見えないだろうけどな」

「そうだったんですね!見えないなんてことはないですよ?間違えてごめんなさい!」

「ははは、変な気を使わせちまったみてーだな。悪い悪い。お嬢ちゃん、名前は?」

「私はイータといいます」

「イータか。いい名前だ」


なんなの?

なんか渋いんだけど。

差し込む朝日に照らされ、本を読みながら時折ロックグラスを口に運ぶ。

すごい渋いんだけど!

この店のボロささえも彼の渋さに拍車をかけてるんだけど!


「り、リンさんはどうしてこんな時間まで?」


もしかして私が心配で起きるのを待っていてくれた?


「俺か?ちょっと閉店後に読みだしたら止まらなくなっちゃってな。〝オーガスレイヤー ジン〟」


マンガかい!!!

マンガ読みだして眠れなくなっただけで、なに渋く決めとんねん!!!

この世で一番無駄なキュンを味わったわ!


「そ、そうなんですね。ま、マンガを読むなんて、リンさんも子供っぽいところがあるんですね」


キュン取り立てんぞ!

ボンクラ!


「マンガが子供のものと決めつけるのはどうだろう」

「え?」

「それは早計かもしれないよ」


なんでこの男まだ渋さ継続しようとしてんの?

もう無理だから。

マンガだった時点で渋さは星になったから。


「でもマンガって子供が読むものじゃないんですか?」

「じゃあ読んでみるかい?」

「いや、私は」

「おあがりよ」


何なの!?こいつ!

まるで料理人が渾身の一皿を出すかのようにマンガを差し出してきたんだけど。


「じゃ、じゃあちょっとだけ」


そこからのことはよく覚えていない。

きっと私は地獄の瘴気亭ではなく、オルガネイヤにいたんだと思う。

でも結局私は見ていることしかできなかった。

オーガスレイヤーたちの戦いを。

もし私にもオーガハートがあったならオーガブレイドが覚醒し彼らと一緒に戦えたのに。

悔やんでも悔やみきれない。

でも、それでもジンが最後に『こんな感じで結局オッケーだろ』と言ってくれたから私も救われた。

残された13体のオーガノイド達も同じ気持ちだったはず。

きっと未来のオルガネイヤはハートフルサンシャインで包まれるよ。

私は信じてる。エルマサトラに誓って。


気付くと私は〝オーガスレイヤー ジン〟全15巻を読み終えていた。

気付くととっくにお昼は過ぎていて、いつの間にかランチメニューも平らげていた。


「あのぉ、ごちそうさまでした」

「楽しんでくれたみたいだな」

「リンさん!マンガの面白さを教えてくださって本当にありがとうございました!」


気付くと私は深々と頭を下げていた。


「俺が教えなくたって、あんたならそのうち辿り着いてたよ」

「リンさーん!」

「また読みたくなったらおいで。新しいのも仕入れとくからさ!」

「絶対来ます!」


気付くと私はリンさんとがっちり握手をしていた。

こうして私の地獄の瘴気亭初体験は終わった。

めっちゃ楽しかった!!!

お酒美味しいし、ご飯美味しいし、プリンちゃんいるし!!!

マンガ面白過ぎ!!!マンガを子供の物と思っていた昨日までの私は爆散した!!!

絶対また行こ!!!

今度は他のメニューも頼んでみよ!!!

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