第19話 さあぶち殺しに行こう

「ふん!リンは食の深みを分かってない」


スケルトンバードのおいしさを共感できなかったルリはプチ家出をしていた。

まあお腹が空くか味見の時間になれば帰るのだが。

だから一般的に言えばただの散歩だ。


「プラスチックの何が悪いのか。プラスチックを食べ物と認めないその貧しい心が罪」


スケルトンバードの焼き鳥を頬張りながらルリは王都の商店街を練り歩く。


「おっさん、焼き鳥10本」

「あいよ!」


手持ちのスケバの焼き鳥を食べ終わったルリは屋台で普通の焼き鳥を買う。


「もぐもぐ。うむ、普通の焼き鳥うまし。プラスチックなんて食えたもんじゃない」


やっぱりルリもプラスチックはちょっときつかった。


「このリンゴ飴とやらを一つくださいまし」

「1本100フェンだよ!」

「100フェン?」

「お金だよ、お嬢ちゃん」

「お金?」

「お金がないなら売れないよ」

「そうなんですの?そこをなんとかお願いします」

「そうは言われてもなぁ」


ルリが商店街を歩いているとリンゴ飴屋の前でごちゃごちゃやっている少女を見かけた。


「少女よ。美味には対価が必要。それがこの世の理」

「あなたは?」

「私はルリ。お主は?」

「私はエリザベスと申します」


ルリはエリザベスに昔の自分を重ねずにはいられなく、気付いたら声をかけていたのだ。

人の姿になれたもののお金がなくて、美味を味わえなかったツライ記憶。

あの絶望は、同族が全て死に絶えたときを勝るものだった。


「私はこれでも正社員。金ならある。奢ってあげる」

「いいのですか?」

「美味を目の前にして食べられないのは死を遥かに超える苦痛」

「いえ、さすがにそこまでではないのですけれども」


ルリとエリザベスはリンゴ飴を食べながら歩き出した。


「甘くてとっても美味しいですわ!」

「ん、リンゴ飴にはシンプルゆえの良さがある」

「シンプルゆえの良さ?でもそんな感じがしますわ!」

「エリーはここで何してる?服装を見た感じ食べ物に困っているようには見えない」


初っ端からのエリー呼び。

さすがルリ。

人間社会から逸脱したコミュニケーション能力である。


「お城で商店街の美味しそうな食べ物の話を聞いて、是非食べてみたくて飛び出してきたのです!」

「なるほど。わかり味がすごい」


二人の行動原理は似ていた。


「他にもヤキソバとか、タコヤキとかワタアメというものも食べてみたいのです。ルリちゃんは商店街に詳しいんですの?」

「ん、私の庭といっても過言ではない」

「本当ですの?是非私を案内してくださいまし!」

「エリーは運がいい。食べ歩きの案内に私以上の適役はいない」

「やはりそうだったのですね!どうか私に食べ歩きをご教授いただきたいのですわ!」

「ふふ、これも食の女王の務め。ついて来るがよい!」

「ありがとうございます!」


ルリは調子に乗った。

こんなに人に必要とされたことは初めてだったから。

あと思いっきりイキれると思ったから。


「焼きそばを食べるならここ。〝海鮮焼きそばタナカ〟」

「タナカ様ですね!」

「ん、麵は若干固焼きがおすすめ」

「わかりましたわ!」

「たこ焼きは間違いなくここ。〝爆弾たこ焼きイトウ〟」

「イトウ様ですね!」

「マヨネーズ爆がけがおすすめ」

「わかりましたわ!」

「綿あめは〝レインボー綿あめイイダ〟映えを求めているビッチ共に惑わされずにプレーンを頼むのがおすすめ」

「わかりましたわ!」


商店街を二人で堪能しているうちにすっかり日が暮れてきていた。


「そろそろ仕事の時間」


ルリはそろそろ味見の時間だ。


「ルリちゃんは私と同じぐらいの歳ですのに、もうお仕事をなさっていて偉いですわね!大変ではないのですか?」


エリザベスはルリを尊敬のまなざしで見てくる。

ただの味見なのだが。


「しょうがない。私にしかできない特別なお役目」


ルリは調子に乗っていた。


「そうなんですのね!私とは大違いですわ」


エリザベスは寂しそうな顔をする。


「エリーにもできる!才能がある!」

「才能ですか?」

「エリーは食の道を極められる数少ない逸材」

「本当ですの?」

「ルリ嘘つかない」

「嬉しいですわ!も、もしよかったらまた私と食べ歩きをしてくれませんこと?」


恥ずかしそうにエリザベスが言う。


「もちろん望むところ!次は更なる食の深淵を覗かせてやる!」

「あ、ありがとうございます!で、ではこれを!」


エリザベスは加工された魔法石をルリに渡す。


「これはなに?」

「この石が青く光ったら私がお城を抜け出せたという合図ですわ!」

「なるほど。それは便利」

「また来週私は城からの脱出にトライしますわ!成功したらその石が光るので、もし!もしよかったら!その、、、」

「また一緒に食べ歩きをする。ここで待ってる」

「ありがとうございます!絶対次も抜け出して見せますわ!」

「じゃあまた来週」

「はい」

「ん?」


エリザベスは俯きながらモジモジしている。


「あ、あの、、、」

「どうした?」

「あのもしよろしければ私のお友達になってくださいませんか?」

「ふっ、何を今さら。我らは同じ道を歩む同志!それは友達を超えた存在!人間たちの間では心の友と書いてライバルと読む!」

「お友達を超えた存在!ライバル?ですね!うふふ!私たちは今日からライバルですわ!」

「ん、永遠のライバル!」

「はい、永遠のライバルですわ!」


エリザベスは何度も振り返り、そのたびに手を振りながら帰って行った。

エリザベスを見送ったルリも帰路につく。

なんでプチ家出をしていたのかはもう忘れていた。

そんなことより初めて出来たライバルのことで胸がいっぱいだった。





この前どこかに出かけて来てからずっとルリの機嫌がいい。

機嫌がいいだけならいいんだけど、食べる量も増えている。

このままだと破産しかねない。

今日こそガツンと言ってやろう。


「食べ過ぎじゃないか?ルリ」

「心配いらない。ちょっと心の友?が出来ただけ」


何かわけのわからないことを言いながらルリがドヤ顔をしている。


「いや心配とかしてるわけじゃ全くなくて、最近お前の食べる量が1.5倍ぐらいになってるからなんとかして欲しいってことなんだけど」

「友を想いながら、友の分まで食べているだけ。心配いらない」

「だから心配してるわけじゃなくて、金がかかるから食べる量減らせって言ってるの!」

「またまた~」

「いやまたまた~じゃなくて」

「リンも面白い冗談を言うようになった」

「いや冗談じゃなくて」

「おかわり」

「いやおかわりじゃなくて」


ルリの食べる量を減らすための交渉をしていると、突然ルリのポケットが光りだす。

ルリは嬉しそうにポケットから光る魔法石を取り出す。


「はっ!友からの呼び出し!」

「なんでお前が魔法石なんか持ってるんだよ!てかそれかなり高いやつじゃない?どこから持って来た?一応言っておくけどそれ食べられないぞ」

「ふふ、ルリに食べられないものはない。敢えて食べてないだけ」


いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど。

でも食べられるものを食べないってことはルリにとって大切なものなのだろう。

プラスチックの鳥もちゃんと全部食ってたしな。


「要するに友達が出来て、今遊びに誘われたってことか?」

「そうとも言う」

「あんまり無茶するなよ」

「あ、ユフィ神の料理を持っていってもいい?食べさせてあげたい」


ルリがモジモジしながら聞いてくる。

こいつのモジモジ基準が分からない。


「いくらでも持ってけよ。ほら、収納袋貸しちゃる」

「ありがと!リンはいつか王様とかになると思う!」


これ褒めてるのか?

まあ褒めてるんだろうな。


「そのうち友達つれてこいよー!」

「わかり!行ってきま!」


ルリは楽しそうに駆けだして行った。

娘が巣立っていくってこんな感じなのかな。

まああいつ俺より全然年上だけど。

というか食べる量を減らす交渉は有耶無耶にされた。


「アニキ!一人で行かせちゃっていいんすか?」

「え?友達と遊びに行っただけだろ」

「でもルリちゃんて純粋だから悪い人に騙されることだってあるかもしれませんよ?」

「お前はアレを純粋って呼んでるんだ」


ユフィはすっかりルリのお姉ちゃんだな。

ルリの方が全然年上だけど。


「ルリが持ってた魔法石に彫ってあったのは王家の紋章だったぞ?」


ギルも飛んできた。


「王家!?なんであいつがそんなもの持ってたんだ!?」

「さあな。でももしかしたらなにか事件に巻き込まれてるかもしれないぜ」

「はぁ!?だったら早く言えよ!」

「かもってだけだよ。たぶん大丈夫だ」

「バカか!かもしれない運転が重要だって習わなかったのかよ!ユフィ!俺ちょっと出かけてくる!」

「いいっすよー。最近またお客さん少なくなってきてますからー」


俺は仕事をさぼって街へ遊びに行くことにした。

最近ちょっと真面目に働き過ぎていた。

元々の俺は自由を愛する男だ。

だからちょっと遊びに行くだけだ。

それだけ。

で、遊んでいるとたまたまルリを見つけてしまった。

ルリは商店街の中心の噴水に腰を掛けていた。

友達を待っているんだろう。

まあ友達がただの女の子ならそれでいい。

でももし胡散臭いおっさんでも現れたらボコボコにしなくてはいけない。

あれでも一応うちの従業員だ。

そしてルリは控えめに言ってもアホだ。

更に空弧にとっては同世代の女の子もその辺のおっさんも見分けがつかない気がする。

なんと言ってもアホの子だから。


ルリを見張ること5時間。

日も暮れてきたが一向に誰も現れない。

それでもルリは待ち続けている。

寂しそうな顔をしながらも頑なに。

まったく。


「おい、ルリじゃないか!」

「リン?」

「たまたま商店街で仕事サボってたらお前が見えたからよ」

「そう」

「友達はどうした?」

「今ちょうど遊びまくって疲れていたところ。友は更に疲れ果てて帰って行った。派手な遊びをしまくった。まさにパリピのそれ。楽しすぎてお腹が空くのも忘れるほど」

「そうか」


ぐー


ルリの腹が鳴る。

そりゃそうだ。

あのルリが5時間も何も食べずに待っていたのだ。


「ウソ。来なかった」

「そうか」

「きっとお世辞だった。友達と思ってたのは私だけ」


ルリが寂しそうに俯く。

ルリがこんな顔をするのは初めて見た。

間違ってたのは俺たちの方だったみたいだ。

ルリにこんな顔をしてもらえる友達が悪い奴なわけない。

だとしたら、、、


「友達と約束したんだよな」

「うん、でも、、、」

「その子は約束を破るような酷い子なのか?」

「違う!エリーは私の永遠のライバル!」

「そうか。じゃあ永遠のライバルにウソをつくわけがないな。ということはそのエリーちゃんに何かあったんじゃないのか?」

「確かに!その発想を忘れていた!天才ルリ一生の不覚!きっとエリーは今困ってる!」

「じゃあ助けに行かないとな!」

「ん!」


さあルリの友達に何かした奴をぶち殺しに行こう。

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