第16話 料理長ユフィ

ユフィは龍王の娘として生まれた。

なので父親である龍王から龍を率いるものとして厳しく育てられた。


『最強である龍種として強くあらねばならない』

『他種族と馴れ合うな。龍種こそ最も崇高な種族』

『欲しいものは全て力で手に入れろ』


父は出来損ないのAIの様にそればかり繰り返した。

ユフィはいつも思ってた。

この親父ウザッと。

ユフィは力になんて全く興味がなかったから。

そんなことよりももっと楽しいことがあると思っていたから。

龍のノリに嫌気がさしていたユフィは人に化けてこっそり人里に降りるようになった。

そして人間が作るものに興味を持った。

人間は色々なものを作る。

龍は壊すだけで何も作らないのに。

人間たちの生き方の方がカッコいいんじゃないかと思った。

クラスのヤンキーたちより、バンドとかやってるサブカル勢の方がおしゃれに思えるアレだ。

そして人間が作るもののなかでユフィが最も興味を持ったのは料理だ。

料理はいい。

最高傑作だと思っても、少し経てばまた改良の余地があることに気付く。

新しい食材と出会えた日なんかは新しい料理を作るのが楽しくて、一日あっても足りないほどだ。

だが父親はそれを許さなかった。


『最強である龍種として強くあらねばならない』

『他種族と馴れ合うな。龍種こそ最も崇高な種族』

『欲しいものは全て力で手に入れろ』


また同じことを言ってくる。

余りの語彙力のなさに、この親父バグってんじゃね?とユフィは思った。

そんな日々が50年ほど続いた頃、事件はおきた。

龍族はユフィが出入りしていた町を焼き払った。

理由は龍が住む山に、森で迷子になった人間の子供が一歩足を踏み入れてしまったから。

神聖な土地を汚されたと龍たちは怒り、その子供が住む町をまるごと消し去ったのだ。

神聖?誰が強いかにしか興味のない獣が?何も生み出せない頭の悪いトカゲが?

バカバカしい!

でも龍王である父は誇らしげだった。

下等種である人間が龍に逆らうからこうなるのだと。

なに言ってんだ、このバカ。誰も逆らってねーだろ。

だが父親はこの一月後に死ぬ。

町を襲ったときに人間の魔術師から呪術を受けていたらしい。

ユフィは思った。

だっさ!と。

力が全てとか言って負けてんじゃん。

バカバカしくなったユフィは龍が住む山から出る。

そして人間に化けて人間として暮らした。


そんなある日、彼女は一人の人間と出会う。

名前はカミラ・イェリン。

イェリン王国第8王女。

もう一つの名は〝革命の巫女〟

出会いはたまたま。

たまたまその時冒険者もやっていたユフィは商会の長が王女と密会をするときの護衛を引き受けたのだ。

そこで刺客に襲われたカミラをたまたま守った。

この事件でカミラに気に入られたユフィは第8王女の筆頭護衛官となる。

自由気ままに生きたいユフィだったが、龍の寿命は果てしなく長いから。

たまにはカチッとした仕事をするのも悪くない。

なによりユフィもカミラを気に入っていた。


主人と護衛。

だがそんな関係を超え、二人はいつの間にか親友と呼べるものになっていった。

そんな時に起こったのが、いやそんな時に起こるのが戦争である。

戦争とはそういうものだ。

あと少し、あと少しで、そんな時に起こる。

愛だとか夢だとか罪だとか絶望だとかからやっと答えを見出せそうなとき。

そんな時に無情に無感情にまるで当たり前のように起こる。


総じて戦争に救いはない。

この戦争もそうだった。

攻めてきたのはレーシア帝国。

イェリン王国とは同盟を組んでいたが、事実上イェリンを属国としていた国。

だが近頃ではその支配から独立し対等な関係を築こうとする動きがイェリンで活発になっていた。

その旗印となっていたのがカミラ・イェリンだ。

レーシア帝国はこれに我慢できなかった。

思い上がった奴隷にお灸をすえる。

レーシアにとってはそんな意味合いの戦争。

だが徐々に戦争は泥沼化していった。

レーシアは物量で、イェリンは人の命で戦った。

ユフィが戦場に出ればレーシアを圧倒できただろうがそれはカミラに禁じられた。

戦争とは勝てばいいわけじゃない。

勝ち方が重要だと。

そうじゃないと未来に繋がらないと。


だがいよいよ黙っていられなくなったユフィは戦場に出て猛威を振るう。

戦況は一気に好転した。

レーシア軍は退いていき、イェリンは勝鬨を上げた。

皆は大いに喜んだ。カミラ以外。

しばらくしてレーシアからイェリンに対しての経済制裁が行われた。

レーシアだけでなくレーシアの息のかかったほかの国々からも孤立したイェリンは呆気なく崩壊する。

国を滅ぼした戦犯としてカミラも処刑された。


自分のせいだと思った。

だがカミラがユフィに最後に言った言葉は『ありがとう』だった。


カミラの最後を見届けた後、ユフィは山へと引きこもる。

こんな思いをするぐらいなら一人でいる方がましだ。


だが50年ほど経った頃、彼女の前に一人の男と一羽のカラスが現れる。


『お前空飛べて便利そうだから俺の下僕になれ』


とんでもなく強いその男は自分をボコボコにして、ジャイアンみたいなことを言ってきた。

ジャイアンからの勧誘を断るためにしかたなくユフィは自分の過去を語った。


『私は友のためだと思って人を殺しました。しかしそれは友を殺すことになってしまいました。あなたについて行ったところで私はどうすればいいのでしょう』


話の最後にユフィは自嘲気味に笑った。

今考えれば自分に言った言葉だったのかもしれない。

最後の言葉はいらなかったが、これで目の前の男は諦めると思った。

だが男の答えは思っていたものとは全然違っていた。


『好きにしろよ。殺したきゃ殺せばいいし、殺したくないなら殺さなきゃいい。ただ安心しろよ、俺はお前より先に死んだりしない。死にそうになったら先にお前を殺してやる。だからいつでも殺せるように傍にいろ』


誰が聞いても最悪な誘い文句。

だがユフィは彼について行くことにした。

ちゃんとした理由を聞かれてもうまく説明できる自信はない。

ただなんとなくついて行きたくなったと言うしかない。

そしてユフィはこの時に一つ決めた。

もう誰も殺さない。

これにも特に理由はない。

だがこの人の傍ならそれをしてもいいと思ったから。

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