第13話 ホームレスからの手紙

17時、〝地獄の瘴気亭〟は開店を迎える。

〝地獄の瘴気亭〟の営業時間は17:00~4:00まで。

まあその日の客の入りによって閉店時間は前後する。

基本は開店してから2時間ぐらいは誰も来ない。

19時頃にタカコがきて、21時ぐらいにプリンが来るというのがいつものパターンだ。

ただ最近はゴールデンオクトパスのお陰で17時から19時の夕飯タイムに客が結構来るようになった。

うん、そして今日も来た。

だが基本ゴールデンオクトパスを食べた客はあまり酒を飲まないので、すぐ帰る。

結局夕飯時が終わる19時ごろには客はいなくなるのだ。

そんな客たちと入れ替わりに現れるのが、ウチの常連第一号タカコである。


「はぁ、今日も疲れたよ~」

「お疲れ~。今日は何のクエストだったんだ?」

「ゴブリン討伐ですよ」

「親父さんは?」

「それは聞かないでください」

「あ、ごめん」

「そんな忌々しいことよりレモンストロングをくださいよ!」

「あ、もう忌々しいことなんだ」

「クエストに行く前に広場で試飲会してるの見ましたよ!早く飲みたかったんです」


今日一杯目のレモンストロング。

サーブしてタカコに出す。


「ゴクゴクゴク。おいし~!それに飲みやすいですね!これなら何杯でも行けますよ!」

「飲みやすいけどアルコール度数は結構高いから気を付けろよ」

「気をつけまーす!おかわりお願いしまーす!」


いつもならここからプリンが来るまで客はタカコだけなんだが、今日は徐々に客が入ってきて席が埋まっていく。

お目当てはレモンストロングだ。

レモンストロングは大好評で、ユフィの新メニューもどんどん注文されていく。

ウハウハだぜ!


「え!?なんで今日はこんなにお客さんがいるのよ!」


21時になりプリンもやって来た。


「新しく仕入れたレモンストロングが好評でな」

「え、なにそれ!私にもちょうだい!」


プリンは結構飲む。

やっぱりアイドルってそういうもんなのだろう。


「うま!これならいくらでも飲めるわね!」

「気を付けろよ。味のわりにアルコール度数は、、、まあお前はいいか」

「え?」


アイドルなんてテキーラをスポーツドリンク感覚で飲む連中だ。

レモンストロングぐらいどうとでもないだろう。


「アニキ!料理あがりました!」

「了解」

「レモンストロングおかわり!」

「了解」

「こっちも!」

「了解」


なんかめっちゃ忙しいんだけど。

俺が飲む暇ないんだけど。

22時ぐらいにはギルとルリも帰って来たが、この客入りは自分たちのお陰だと言わんばかりのドヤ顔だ。

ギルはレモンストロングを飲み、ルリはゴールデンオクトパスを食べている。

ユフィも彼らの働きを認め、文句を言わない。

だから俺はずっと忙しい。

客がやっと減って来た2時ごろにリエがやって来た。


「リン!これこそ私が求めていた光景だよ!愚かな民たちがこのあと自分がどうなるかも知らずに酒におぼれている!わははは!」

「ちょっとリエ。そういうこと大声で言うのやめてくれない?」

「ごめんごめん。テンションが上がっちゃってさ!じゃあ私にも私のレモンストロングを頂戴!私が作り上げた神の雫を!」


こいつも浮かれてやがるな。

そんなこんなで〝地獄の瘴気亭〟は初めて表記通りの閉店時間まで営業した。


「「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」」


思ったより大繁盛だったので、俺たちは閉店後に打ち上げをすることにした。

いつもなら2時ぐらいには帰っているタカコとプリンも明日は休みということで残っていた。


「今日は倒れるまで飲みますよ~。あれ?私もう倒れてる?あははは!」

「アイドルなんてモビルスーツに乗ってなんぼなのよ~!プリン、いっきまーっす!ってね!きゃははは!」


二人ともちゅるんちゅるんだった。


「よかった。よかったよ~!ありがとう!店長!私はあんたの覇道について行くよ~!うわぁぁぁん!」


リエも完全に出来上がり、泣きじゃくっていた。

酒あんまり強くないんだ。


「アニキ!今日はお疲れっす!自分感動したっす!アニキは働けない呪いにでもかかっているんだと!アニキの前世はゴキブリなのだと!自分ずっとそう思ってたっす!でも今日のアニキの働きっぷりを見て、、、自分は、、、自分は、、、本当に感動したんっす~!うわぁぁぁぁん!!」


ユフィはとんでもなく失礼なことを言いながら泣きじゃくっていた。

ユフィも大分酔ってるな。

明日酔いが醒めたら思いっきりぶん殴ってやろう。


「リン、冷蔵庫に入ってるものも食べていい?」

「あ、いいよ」

「うむ、褒めて遣わす」


ルリはいつも通り食ってるだけ。

でも今日は結構いい仕事をしたという自覚があるんだろう。

ところどころで見せてくれるドヤ顔がイラつく。


「でもまあよかったじゃねーかよ。これならウチの店も黒字が続いていくんじゃねーか?」


レモンストロングをガブガブ飲みながらギルが話しかけてくる。

めっちゃ飲んでるけどこいつは結構平気そうだな。


まあみんないろいろ思うことはあるんだろうけど、とにかく今日は大成功!

〝地獄の瘴気亭〟が世界を獲るところが若干見えて来た。





レモンストロング効果は2週間たった今でも変わらず、なんなら客はさらに増えてきている。

今は俺、ギル、ルリの三人でホールを回している。

今となってはあれほど待ちわびていた客に何も感じなくなった。

客とはただ入ってくるもの。

そう、風と同じだ。

少し前の俺はなんで風を捕まえるのに必死になっていたのだろう。

風を捕まえることなんてできない。

風を浴びたければ、扉を開けばいい。

そして―


「リン、お客来てる」

「え?あ、ホントだ」

「早く行く。ルリはユフィ神のありがたき料理をサーブしなくてはいけない」

「はいはい。いらっしゃいませー」

「あのぉ、僕お客じゃなくて」


え、客じゃないの?

じゃあ何なの?

風なの?


「ここにギルって人いますか?」

「いるかな。人じゃないけど」

「あの店の前で小汚いオッサンにこれをその人に渡してくれって」

「あ、ありがと」


手紙のようなものを渡して青年は帰って行った。

なんだったんだ。

風だったのか?


「リン!ドリンクの注文が溜まってる!ボケっとするな!」

「はいはい!」


そして今日もてんやわんやだったがなんとか閉店をむかえられた。

バイト雇ったほうがいんじゃないかな。

でも反対されるんだろうな。

あ、そうだ。

忙しくて忘れてた。


「あ、ギル。なんかお前に渡してくれって言われたんだけど」

「ん?手紙か?」


ちょっと待てよ。

ギルに手紙?

忙しくてスルーしてたけど、それって結構異常事態じゃね?

つまりギルの正体を知っているってこと?

そんな奴がいるってのか!?


「なんだ!ホムさんからか!飲んでいきゃあよかったのに!」


俺が緊迫していると手紙を見たギルから気の抜けた声が聞こえてくる。


「え、ホムさん?って誰?」


本当に誰?


「今回の大繁盛の立役者、ホームレスのホムさんだ!」


ああ!酒の匂いだけ嗅ぎに来るオッサン!

てかホームレスをホムさんって略してるの?

仲いいならちゃんと名前で呼んであげようよ。


「え、ホムさんからっすか!?」

「ホムさん来てたの?会いたかった」

「え?ホムさん店入らないで帰っちゃったんですか?」

「えぇぇ、ホムさんに愚痴聞いてもらいたかったのに~」


ホムさんと聞いた瞬間。

ユフィ、ルリ、タカコ、プリンが反応する。

え、知らないの俺だけなの?

しかもなんかホムさん皆から慕われてない?

え、お酒の匂い嗅ぎに来るだけの人だよね。


「で、そのホムさんはなんて?」

「リン、ちょっと面倒なことになりそうだぜ?」


ホムさんからの手紙を読んだギルは真剣な顔つきになる。


「え、ホムさんからの手紙でいきなりそんなシリアスな雰囲気になる?」


ホムさんの手紙はこんな感じだった。

俺も読ませてもらった。



“よう、ギっちゃん。

うまく行ったみたいじゃねーか。

俺も我が事のように嬉しいよ。

俺なんかが名乗っちゃ申し訳ねーが、心の中では俺も〝地獄の瘴気亭〟の常連のつもりでいるからよ。


ただ街でちょっときな臭いうわさを聞いた。

ボルケーノファミリーについては知ってるな?

ロンド四天王の一つに数えられるマフィアだ。

最近ではロンドオカマ連合が原因不明の壊滅を迎えたことにより、そのシマにも手を伸ばしてきているらしい。


そこで連中が目を付けたのが最近脚光を浴びだした〝レモンストロング〟だ。

奴らは〝レモンストロング〟の利権を独占し、四天王の中で頭一つ抜け出ようとしている。


そしてその件を任されたのが傘下のマルセル組。

マルセル組といえば殺しにクスリ、人身売買、何でもありの連中だ。

ギっちゃんたちは大丈夫だとは思うけどよ。

気を付けてくれ。

羽を休められる場所がなくなると渡り鳥には辛いからよ"



なるほどなんかヤバいマフィアに目をつけられているということはわかった。

ただ他の部分が気になって全然入ってこない。

そもそもホムさん、何でこんな渋い感じなの?

注文しないで酒の匂いだけ嗅いでいく人だよね。

マフィアの事とか知らせてくる前に注文してくれない?

心の中で常連になる前に注文してくれない?

羽を休める前に注文してくれない?

てかホームレスの事渡り鳥って呼んでるの?


「みんなどう思う?」

「マフィアとかよくわかんないっすけど、ホムさんが言うなら注意した方がいいっすね」

「ホムさんはとっくに常連」

「ホムさんの鼻は効きますからね」

「ホムさんから羽を休める場所を奪うわけにはいかないものね」


ホムさんホムさんうるせーな!

てかなんでこいつらこんなにホムさん慕ってんの?

キモい通り越して怖いんだけど!

え?俺がおかしいの?

ホムさんを知らない俺が悪いの?

多数派って怖い!民主主義って怖い!


「マ~フィア~がウチに来るにょ~?」


いたのか、リエ。

ナメクジみたいな動きしてる。

ウケる。


「マフィアもう一杯おかわり~!」


こいつベロベロにもほどがあるじゃねーか。

というかこいつが誰よりも酒に溺れてるな。


「リン、どうする?」


ん?ああ、そっか。

俺以外は割と真剣な感じだったんだ。


「そのボルケーノとかマルセルってどれぐらいヤバいんだ?」

「この店に攻めてくるならなんとでもなるが、リエが狙われるとヤバいな」

「そりゃそうか」

「しばらくリエの身辺警備をした方がいい」

「じゃあ俺がリエの蔵で寝泊まりするわ」

「アニキがリエさんの家で寝泊まり!?」

「蔵な」

「ダメっす!それは色んな意味でダメっす!自分がボディーガードするっす!!!」


なんかユフィが鬼気迫る感じで立候補してくる。


「でもお前いないと誰が料理するんだよ」

「ギルのアニキ!!!」

「あ、ああ。一応俺の収納魔法のなかに一月分ぐらいの料理はストックしてあるぜ」

「え、そうなの?」

「はい、そうっす!もしもの時のために地道に貯めてたんっすよ!今こそそのストックを解放するとき!!!」

「たしかギルの収納魔法って」

「ああ、入れた瞬間に時が止まるから出来立てホヤホヤを提供できるな」

「じゃあいけるのか」

「いけるのです!これでわかっていただけたでしょう!」


ユフィがプレゼン成功みたいな感じでドヤ顔をしていた。


「じゃあまあしばらくユフィに頼むか。まあリエも女同士の方がいいだろうし」

「あざーっす!」

「女同士~?私は女~?男~?どっちも違いま~す!チュパカブラで~す!」

「、、、よし、本人の了承も得られたということで!そんな感じで行きますか」

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