第12話 アル中量産機〝レモンストロング〟

ゴールデンオクトパスのクリームシチューが人気になり〝地獄の瘴気亭〟にはちょっとしたバブルが訪れていた。


「ふはははは!酒持ってこい!何なら二号店でも出しちまうか!?」


店長であるリンはここぞとばかりに浮かれていた。


「いや、ちょっと黒字になっただけっすよ!?」


そう、ユフィの言う通りだった。

今までがずっと赤字だっただけで、別にそんなに儲かってはいない。


「まあ初めて店の売り上げだけで黒字になったんだ。少しは浮かれさせてやれよ。ただ二号店は浮かれすぎだな」

「ルリのお陰なんだからボーナス寄越せ」


ゴールデンオクトパスのクリームシチューを出してからは3日に1日ほど、15分ぐらいは満席になることもあったりした。


「でもみんなゴールデンオクトパス以外は頼まないですよね」

「ゴールデンオクトパスって結構重いからみんなお腹いっぱいになっちゃってお酒があまり入らないのよ。レインボースクイ―ドの塩辛はたまらなかったけど、あれって年一でしか獲れないんでしょ?」


タカコだけじゃなくプリンもいつの間にか常連になっていた。


「プリンちゃん、新曲も最高だったっす!」

「ありがとう!ユフィ!」

「まほプリはやっぱり仲良しが一番っすよ!」

「そうね。ただ二人のカレーの食べ方には今でもイライラするけどね」

「ほら見ろ、ユフィ。やっぱこいつの前でカレーを食うのはやめようぜ」

「そっすね」


ゴールデンオクトパス特需で客足は増えたものの実は常連客は増えていなかった。

プリンの言う通りゴールデンオクトパスは確かにおいしかったが、ボリュームもすごいので毎日食べたいと思う人はいなかったのだ。

月に一度食べれば十分といった感じ。

毎日食べていられるのは中毒になっている人間か、ルリぐらいなものだ。


「ユフィの料理はうまいが酒がいまいちなんだよな。常連客を増やすならいい酒を仕入れなきゃいけないんじゃねーか?じゃないといつまで経っても常連はこの物好き二人だけだぞ」


ギルの言うことは正しい。

確かに〝地獄の瘴気亭〟で出している酒は質が悪い。

理由は簡単。


「酒なんて酔えるか酔えないかだろ。味なんて5杯目ぐらいから分からなくなるんだから」


リンが質より量派だからだ。


「ちょっと私たちが安酒好きみたいなこと言うのやめてよね!」

「私はお酒じゃなくてユフィさんの料理に惚れこんで通ってるんですけど!」


常連二人が抗議する。


「お酒はおいしくないからどうでもいい。ゴールデンオクトパスを超えるボリュームの料理を出すべき。ボリュームで世界を獲る!」


言うまでもなくルリは通常運転だ。


「そういえば王都にいい酒を造る新しい酒蔵が出来たらしいぜ。まだ駆け出しだから安く手に入るかも」

「それ、誰に聞いたんだ?」

「俺が飲んでる酒の匂い嗅ぎながら水だけ飲んで帰って行ったホームレスが言ってた」

「また来てたのかよ、そいつ!てか酒を買う金もない奴がなんでいい酒だってわかるんだよ!」

「いい匂いがしたらしい」

「そこでも嗅いでるのかよ!」

「まあ試しに仕入れてみてもいいだろ」

「うーん、まあそうだな。資金はちょっとあるし、ここは攻めの一手に出るべきか!」

「いや、赤字になってないだけでそんなに資金は、、、」

「ユフィ!ここで守りに入ってもジリ貧だ!」

「とっくの昔にジリ貧なんっすけど」

「だまらっしゃい!ここで店長の手腕を見せてやる!」


〝疑獄の瘴気亭〟の次のプランが決まった。

いい酒のゲット。

出来るだけ安く。

とりあえずホームレスおすすめの酒蔵に行ってみること。





早速俺とギルはホームレスおすすめの酒蔵に来ていた。

アポはもう取ってある。

名前は〝スメラギ酒造〟。

確かに景気は良くなさそうだ。

スメラギ酒造は元々はそこそこ繁盛していた酒蔵だったんだが、先代が急死したことによって彼の唯一の子であるスメラギ・リエが受け継ぐこととなった。

リエは今まで〝スメラギ酒造〟が作ってきたラムやウイスキーなどの原酒を作るのをやめ、大量生産の缶チューハイ作りを始めた。

それが3年ほど前の話。

そしてリエは辿り着いた。

それが王都で唯一ここだけで造られている〝レモンストロング〟という酒だ。


「レモンストロングってなんだ?」

「アルコール度数2倍のレモンサワー。特殊な甘いレモン汁と強い炭酸で作りあげたことによって飲みやすさは普通のレモンサワーと変わらない」

「ギルは飲んだことあるのか?」

「ホームレスから聞いただけだ」

「そういえばそうだった」

「あ、でも最近冒険者時代にパーティーを組んでた仲間の家に居候することになったらしいからホームレスじゃないな」

「そいつの近況なんてどうでもいいわ!」

「とりあえずそのリエってやつに会おうぜ」


俺たちはリエに会いに奥へと入っていく。


「ようこそ!あなた達がウチの酒蔵に目を付けた先見の目を持ったニュージェネレーション〝地獄の瘴気亭〟ご一行ね!」


リエは作業着に身を包んだ職人気質の女だった。

経営者って感じではないな。


「とりあえずその〝レモンストロング〟ってのを飲ませてくれ」


リエは俺だけでなくカラスにもちゃんとコップを出してくれた。

〝レモンストロング〟の味は話に聞いていた通り飲みやすいレモンサワーだった。だがアルコールが一気に脳へ回る快感と高揚感に飲むのを止められなくなる。


「こいつはいいな。アルコールを感じさせないから。バカ共はどんどん飲むぞ」

「そうだな。この王都をアル中の巣窟にしてやろうぜ!」

「あなた達わかってるじゃない!」

「え?」


リエの目がいきなり輝きだす。


「私はこの世界中の人間をアルコールなしでは生きていけないクズにしたいの!そして皆がアルコールを司る私に跪くの!『リエ様!愚かな私めにどうかアルコールを!』ってね!そのために飲みやすくてアルコール度数の高いお酒の開発に心血を注いできたのよ!」


ヤバいな、こいつ。

歪みに歪んで逆に元気ハツラツだ。

こわっ!

でも面白い!

超絶気に入った!


「よし仕入れよう!」

「え?仕入れてくれるの?マジ?」

「そりゃマジだけど」

「ほんと!?やったー!!!私の野望を聞くとみんな帰っちゃうのよね!」

「お前毎回さっきの野望を聞かせてんのかよ」

「私お酒には嘘をつきたくないの!」

「なんか意味違う感じする」


そりゃまあ経営も傾くわ。

でも俺たちにとってはそれが好都合。

安く仕入れられる。


「おい、リン。せっかくだ。独占契約を結んじまおうぜ?」


ギルが急に耳打ちしてくる。


「どういうことだよ?」

「レモンストロングは間違いなく売れる。今まで売れてないのは完全にリエの性格のせいだ」

「そこは間違いないな」

「だが人気が出てくれば一気に他の酒場も仕入れだすだろう。社長の頭がいくらアレでもだ」

「いくらアレでもか」

「いくらアレでもだ。そしてそうなったら弱小酒場のウチは一気に競争に負けるだろう。だったらこのアレな女が現状を分かっていないうちにウチで囲っちまったほうがいい」

「なるほどな。さすが元魔王」

「ちょっと何コソコソ喋ってるの?もしかしてやっぱり仕入れないというんじゃ!」


リエが焦って前に出てくる。


「逆だ!」

「え?」

「お前のところのレモンストロングは全部俺が仕入れてやる!」

「え、マシ!?」

「その代わり〝地獄の瘴気亭〟と専属契約を結んでくれ!あと少し割り引いてくれ!」

「全部買ってくれるなら割り引くのは構わないけど、独占契約をしてしまうと、世界中の人間をアルコールの奴隷にすると言う私の夢が、、、」

「大丈夫だ!〝地獄の瘴気亭〟は支店を増やしていき、ゆくゆくは全世界を埋め尽くす予定だ!」

「な、なんと!そんな計画が!」

「、、、ついて来るか?俺の覇道に」

「最高よ!あんたの全人類アル中化計画に私も協力させて!」

「ちゃんとついて来いよ」

「もちろん!遅れは取らないわ!」


とこんな感じで独占契約を結べた。

かっこよさそうなことを適当に言ってみただけなんだけど、めちゃめちゃうまくいったな。

この女思った通りのバカだった。


もちろん〝地獄の瘴気亭〟に全世界を埋め尽くす予定も余裕もない。

だがまあそんな風になれたらいいなぁ~とは若干思ってるし、完全な嘘というわけでもないだろう。


契約を結んだ俺たちは今酒蔵にある在庫を全部買取り、ギルの収納魔法に入れる。


「そこのカラスは収納魔法を使えるのか!さすが世界を狙っている連中は違うわね!」


リエはなんかテンション上がってた。

ちなみに金は半額払って、もう半額は月末ということにした。


「いきなり全額払ってしまってはお前が満足してしまうかもしれない。それは困る。お前にはいつまでもハングリー精神を持っていてもらわないとな」

「なるほど。全人類アル中化計画のためには飢えが必要ということね!」

「あ、うん。その通り」


レモンストロングを結構試飲して酔っぱらってきた頭で適当に言っただけなんだが、リエは逆にやる気になっていた。

やっぱバカだな。

あ、そういえばこいつも結構飲んでたっけ。

まあ半額しか払わなかったのはハングリー精神がどうとかはまったく関係なく、今のところそれしか金がないだけだった。


「おい、ギル本当に大丈夫なんだろうな?」

「心配するな。この酒なら残りの半額どころかその何倍もの売り上げを見込める」

「まあお前の考えなら安心だな」

「いや例のホームレスがそう言っていた」

「え?」





翌日からすぐにウチの店ではレモンストロングを売り出すことにした。

今回はなんとギルとルリが宣伝に向かってる。


「宣伝って何してんの?あいつら。出来るの?あいつら」

「王都の中央広場でレモンストロングの試飲会を開いてるみたいっすよ。ルリちゃんが看板娘、ギルのアニキが派手な魔法で客寄せするとか」

「本当に客来るのか~?元を辿れば全部酒の匂いを嗅いで回るホームレスのアイデアだぞ?」

「まあ所詮小汚いホームレスのアイデアですけど、レモンストロングの味は本物っす!飲んだ瞬間インスピレーションが湧いて、レモンストロングに合う新メニューめっちゃ作っちゃったぐらいっすよ!」


確かにユフィは、レモンストロングをメインに推すならとそれに合う新メニューを大量に開発した。


・ヨーグルトとフルーツをクラッカーにのせたやつ

・ブルーチーズとベリーをのせたピザ

・メロンを生ハムで巻いたやつ

・ナッツとドライフルーツを混ぜたのにクラッカーをつけるやつ

・チーズとかナッツとかドライフルーツをごちゃまぜにして揚げたやつ


この辺が新メニューに加わった。


「お前はレモンストロングをおしゃれと捉えたんだな」

「違うんすか?」

「いやそう思ったならそれでいい。で、俺はなにすればいいの?」

「自分は料理で忙しいので、アニキにはバーテンダーとしてお酒のサーブをお願いしたいんっすよ!」

「え、やったことないけど」

「いやいつもやってるじゃないっすか。お客さんにじゃなくて自分にですけど」


なんかユフィがゴキブリを見るような目で見てくる。


「そ、そうだな。や、やっと今まで自分で練習して来たかいがあったよ!今日は遂にこの腕を客に振るえるってわけだな!」

「その通りです。なのでとても長い間練習してきた成果をしっかり発揮してくださいね」


ユフィの目が全然笑ってない。

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