第11話 〝息をしない男〟
時間は少し巻き戻る。
その老人は大量にとった金剛牛を焚火で焼いて頬張っている。
肉と一緒に飲む酒はラムを金剛牛乳で割ったもの。
これなら中毒症状になることもない。
「それにしても儂以外に金剛牛の中毒になる人間がいるとはのう。あれは若気の至りじゃった。あの男正気だったならとんでもない強さだったろう。そして二人とも儂よりも遥かに年上だったな。ん?そうなるとあの男は、、、もしかして」
昼間に会ったおかしな二人組のことを考えながら酒を飲んでいると、珍しい、それはそれは珍しい男が彼の元を訪れる。
「今日はおかしな日じゃな。面白い二人組に会ったと思ったら、今度はとんでもない珍客のお出ましだ」
「お久しぶりですね。〝息をしない男〟」
「20年ぶりぐらいか。それで何の用じゃ?〝どこにもいない男〟」
この老人は、不治の病をバラまいて都市一つを完全に滅ぼした男。
世間では〝息をしない男〟と呼ばれている。
「今日あなたが出会った人物について話がありまして」
「ほう。ということは奴が遥か昔の魔王殺し様ということかの。話してみた感じその辺のアンちゃんといった感じじゃったが。まあ本物の伝説というのは案外そういうものだったりするか。で、儂にあいつを殺してほしいとでも言いに来たのか?」
「話が早くて助かる。その通りです」
「断る」
「即答ですか。報酬なら望みの物を用意しますよ?」
「特に欲しいものはないな。美味い飯も酒も十分ある。それに儂は人殺しは嫌いでのう」
「人殺しが嫌い?あんなに殺しておいて?面白い冗談だ!はははは!私たちは〝五失(ごしつ)〟と並んで呼ばれていますが、単純に殺した数で言えばあなたは断トツなんですよ?」
「だからじゃよ。儂はもう一生分殺した」
「一生分殺した?ははは!まあ確かに。一生分というか孫の代、いえ曾孫の代ぐらいまでの分は殺しましたね。ですがここまで殺せばあと一人ぐらい誤差でしかないでしょう」
「その男を殺せば、そのせいで何人死ぬことになる?儂は数百万殺したが、そのせいで数千万は死なずに済んだ。そう考えればここでお前を殺した方がいくらか上等だ」
〝息をしない男〟から突如魔力が吹き上がる。
そしてそこには明確な殺意が込められていた。
「はぁ、あの男を殺せる確率が一番高いのはあなただと思っていたのですが振られてしまいましたね。ではここであなたを殺してその固有魔法を奪う事にしましょうか。使い方が難しそうな固有魔法だったので、あなたにやって欲しかったのですが」
「なるほど。お前が他人の固有魔法を奪うという噂は本当だったのか」
「噂?そんなものが広まっていると困るのですが」
「安心しろ。広まってはいない。〝顔のない女〟がそんなことを言っていただけだ」
「はぁ、あの人は一体どこからどこまで知っているのか。恐ろしい人だ」
「で、お前は本気で儂を殺せると思っているのか?」
〝息をしない男〟は獰猛な笑みを浮かべる。
「さあ?未来なんて誰にもわかりませんよ」
「じゃあわからせてやろうかのう」
「では私は未来のために全力を尽くすとしましょう」
「それはそうとお主、喋り過ぎだって言われたことはないか?」
「え?そういえばこの前、、、がはっ!!!」
急に〝どこにもいない男〟は血を吐く。
「ウイルスが回ったか」
「はぁはぁはぁ!これがあなたの固有魔法ですか?おや?呼吸が出来なくなってきました。内臓もいくつか動きを停止したようだ。視覚と聴覚も失われてきていますね」
「せっかくいい森だったのにお前のせいで生き物の住めない場所になってしまうな」
「?何か言いましたか?」
「もう聞こえないか。これが儂の固有魔法〝許されない世界〟。ここでは許されない。呼吸をすることも動くことも感じることも、生きることでさえも」
「何を言ってるかはわかりませんが、このままだと私は死ぬことはわかります。では〝私〟はもうやめましょう」
「何を言っている?」
「ここからは僕が相手をするってことだよ」
「!?」
〝どこにもいない男〟は人格どころか顔も体格も、服装までもが変わった。
完全に別人だ。
でも〝どこにもいない男〟に間違いはない。
「瞬間移動でどこにでも行くから〝どこにもいない男〟だと思ってたが、それなら〝どこにでもいる男〟の方がしっくりくるわな。誰でもないから〝どこにもいない男〟か」
「ここからは僕のターン。第二ラウンドだよ。固有魔法〝誰も知らない世界〟」
〝息をしない男〟の頭は真っ白になる。
何もわからなくなった。
自分が誰かも何もかも。
「僕の世界では君は何も知らない。つまり、、、え?ごはっ!!!」
勝ち誇って自分の固有魔法について話だしていた〝どこにもいない男〟が再び血を吐いて膝をつく。
「お?記憶が戻ってきたな。それでなんだったかのう。お主の世界では儂は何も知らないからじゃったか。その続きを当ててやろうか。何も知らない儂は固有魔法も使えなくなる。そんなところじゃろう。確かにその通りだろう。持っていても知らないなら使えない。じゃが使うのが遅かったのう。儂の魔法は非情なウイルスを生み出すこと。魔法を止めてもウイルスは死なない。どうやったってお主が死ぬことは変わらない。生きている限り」
「ちっ!代わって!、、、はい」
〝どこにもいない男〟は次の瞬間その場から完全に姿を消した。
「瞬間移動持ちは残しておったか。それにしてもやれやれじゃな。このウイルスを殺すにはしばらく掛かりそうじゃ。とりあえずこれ以上広まらないようにこの場所を隔離しておくか」
*
こちらはなんとか逃げ帰った〝どこにもいない男〟。
そしてここは彼の深層心理の世界。
『ガンマとイプシロンが毒に侵されました』
『じゃあ解毒方法が見つかるまで二人は表に出てこれないな。デルタは問題ないのか?』
『私はすぐに転移したので』
『それなら安心したわ。毒に侵されてたならキモいもの!』
『とりあえず二人には眠ってもらっています』
『それはいいとして、俺もイータも二人を解毒できるような固有魔法は持ってないぜ』
『そうですね。アルファに新しい固有魔法を奪ってもらうしかないです』
『ならその前にオメガにシータを作ってもらわないといけないわね』
『二人には私から話をします』
『それで当面の〝どこにもいない男〟は誰が担当するんだ?今まではガンマとデルタでやりくりしてたろ?お前ら双子で見た目一緒だったし』
『ガンマなしで私が表に出ずっぱりになるのは危険でしょう。それにアルファとオメガを出すわけにもいきません。なのでお二人のうちのどちらかでしょうね』
『まだベータがいるだろう』
『死んでも嫌だそうです』
『ちっ!あの引きこもりが!』
『私はいやよ。そもそも男じゃないし』
『逆にお前がやれば〝どこにもいない男〟ってバレないんだからいいんじゃね?特に今は弱ってるんだし』
『それもそうですね。イータが一番適任かもしれませんね』
『え、マジで本当に私がやるの!?』
『多数決です』
『多数決だな』
プツン!
ここで彼らの会議は終わる。
そして〝どこにもいない男〟はいつの間にか派手なドレスを着た女性の姿をしていた。
「ま、いっか。久しぶりだし、おしゃれなお店とか行きまくろ♪」
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