第9話 ルリと遊ぼう
「最近私がおざなり。扱いが雑」
珍しくルリが俺に抗議してきた。
最近は味見役になってご機嫌だったのに。
気付いてしまったか。
最近出番が少なかったことに。
「最近忙しかったからな。ほら、ゼリー上げるから」
「またそれ。食べ物を上げればいいと思ってる」
ルリは本気で怒っているようだった。
無表情だからなんとなくでしかないが。
でもそうか。
確かに、というか完全に、食べ物さえ上げればどうとでもなると思っていた。
反省だな。
ルリも一人の女の子なんだ。
「ルリ、ごめん。お詫びじゃないけどなんかして欲しいことあるか?」
「食べ物を寄越せ」
「やっぱ食べ物じゃねーか!俺の反省返せ!」
「ただの食べ物じゃない」
「え?」
「ルリは未だ出会ったことのない新たなる美味を所望する!」
「めっちゃめんどくさいこと言いだしたな、お前」
*
そんなわけで俺とルリは魚釣りに来ていた。
「は?魚ならわざわざ釣りに来なくたって市場にたくさん売ってるだろ」
「違う。レインボースクイ―ドが食べてみたい。珍味だって昨日酔っぱらいのおっさんが言ってた」
「で、どこにいんだよ。レインボースクイ―ド」
「海底」
「はぁ?」
「海底に生息し、年に1度ぐらいしか海面に上がってこない。運よく遭遇した者がたまに捕獲できる。ゆえに珍味」
「で、今日は海面に上がってくるのか?」
「わからない。その辺の話は酔っ払いのおっさんの息が臭かったから聞いてなかった」
「じゃあどうすんだよ」
「潜れ」
「てめー俺の従魔の自覚あんの-
言いかけた瞬間海面が跳ね上がる。レインボースクイ―ドの群れが飛び出してきたのである。
「「へ?」」
俺とルリから間の抜けた声が漏れる。
「どういうこっちゃ」
「とりあえず獲る!」
「まあそうだな」
とりあえず海面に上がってきたレインボースクイ―ドたちを捕獲しようとするが、よく見ると他にも漁師がたくさん集まっていて、それは血で血を争う奪い合いとなった。
まあ血を流していたのはレインボースクイ―ドだってけども。
それでも何とか俺たちは6匹のレインボースクイ―ドを捕まえることに成功する。
「大量!!!でかした!リン!!!」
「さっき漁師のおっさんに聞いたら、年に一度のレインボースクイ―ドが海面に現れる日が今日だったんだって。お前どんな引きしてんの?」
「やはり食の女神は一番お腹が空いてる者に微笑む」
「それ言ってて恥ずかしくないの?」
「全然。むしろ誇らしげ。えっへん」
「やっぱすごいな、お前」
「えっへん」
レインボースクイ―ドを見事ゲットした俺たちは〝地獄の瘴気亭〟に帰って来た。
「おーい、ユフィやーい、これでうまいもん作ってくれー」
「なんすか、これ!めっちゃ珍味じゃないっすか!確か西海岸部8大珍味の一つっすよ!」
「、、、何とも言えない微妙な位置づけだな。まあいいや。なんか作って」
「レインボースクイ―ドと言えば塩辛ですね!」
俺とルリはレインボースクイードの塩辛をユフィに作ってもらう。
レインボースクイードは結構でかかったので、残りは今日の特別メニューとして店に出すようだ。
というわけで実食である。
「こいつはいいわ!酒に合う!」
しょっぱくてうまい!というか基本食べ物はしょっぱければしょっぱいほどうまい!これならいくらでも酒が飲めるな。
「むむむむ、、、」
一方ルリは難しい顔をしている。
「ユフィ神!あなたの料理は至高!それは間違いない!だからユフィ神には全く非はない!それは信じて貰いたい!何なら全裸で足を舐める!むしろ舐めさせてほしい!でも、、、でも、、、このレインボースクイ―ドだけは、このクソレインボースクイ―ドだけは、、、匂い的に無理」
歯を食いしばりながらルリが言う。
知らないうちにルリはユフィに神をつけるようになっていたようだ。
というかなんなの?空弧の中では全裸で足舐めるのが流行ってるの?
「しょうがないですよ!ルリちゃん!これ珍味っていうだけあって癖がすごく強いっす!好き嫌いが完全に分かれるやつっす!しかもおそらく酒飲みの方々が好きになる味っす」
ユフィが一生懸命ルリを慰めている。
この光景も酒の肴になる。
笑える。
「神よ!こんな憐れな私になんというご慈悲を!どうか全裸で両脇を舐めさせてください!お願いします!」
ルリが全裸でユフィに縋りつく。
足の上位互換は脇なのか。
そんなことを思いながら俺はレインボースクイ―ドを肴に酒を飲み進めていく。
「ちょっとアニキ助けてくださいよ!」
〝地獄の瘴気亭〟にはユフィの悲鳴が響き渡っていた。
まあ無視した。
「ユフィ神!!!ぺろぺろぺろぺろ」
今日もいい日だ。酒が上手い。
*
「ん、やはり至高」
ルリは今日も安定の味見役だ。
でも最近少し気になることがあった。
「お前毎回『ん、やはり至高』しか言わないな。味見役の意味あるのか?」
「はっ!まさかの解雇!?」
カラーン
ビーフシチューを食べていたルリが絶望のあまりスプーンを落とす。
「ご主人!ご主人!どうかお情けを!お情けを!」
キャラが崩壊しながらルリが泣きついてくる。
いや、なんとなく言っただけなんだけど。
「いや解雇はしねーよ。飯は食わしてやるから。ただ味見役って役職の意味はねーなと思っただけで」
「無職のタダ飯食らいでもいいということ?」
「ああ、まあお前を働かせても碌なことないしな」
「なんと甘美な、、、いや待つ。私は一応これでも空弧。無職になるのはまずい。だからといって味見役以外の仕事をするつもりは毛頭ない。ならば味見役を極める。これまでここでしか食事をとってなかったから『至高』しか言えなかった。他の店の料理も食べれば比較対象ができてもっといい感想を出せる!はっ!名案!リン、お金ちょうだい!」
「お前まだ食えるのか!?」
「ん、私の辞書に満腹の文字はない」
「お前とんでもないこと言うな」
「リン、はやくお金」
「ちょっとだけな。最近ちょっとだけ客が増えてきたけど、依然ウチはカツカツなんだから」
なんかやる気を出してるので、とりあえず一か月分のお小遣いをルリにあげてみる。
まあ子供のお小遣いに毛が生えた額だ。
年齢は相当だが中身は子供みたいなものなのでこのぐらいで十分だろ。
それにこの辺りでこいつにお金の使い方というのを学ばせるのもいいかもしれない。
「なんというホワイト企業」
感動しながらルリは元気よく飛び出して行った。
そして閉店したころやっとルリは戻って来る。
「やはりユフィ神は現人神。いろいろな所というか、この街の全ての食べ物屋の全メニューを食べたがそれは揺るがなかった」
「はぁ!?全てっていくら使ったんだ!?」
「全部。足りなかった分は土下座して何とかしてもらった」
「あれは1か月分だったんだぞ!」
「ん、足りなかった。明日は今日の倍は必要」
「馬鹿か!しばらくお小遣い抜きだ!」
「な、なん、だと」
なんかこの世の終わりみたいな顔をしていたがもちろん無視した。
たまに俺の顔をチラチラ見てくるが一切無視した。
*
「ルリちゃん、元気出して」
締め作業を終えたユフィがなぜかルリを撫でながら慰めていた。
「とんだブラック企業だった」
そう呟きながらルリはユフィに抱きついている。
「悪魔!」
そしてたまに俺を睨んでくる。
「お前ふざけんなよ!これまで好きなだけカレーライスを食べさせてやったのは誰だ?たくさんの料理とスイーツを食べさせてやってたのは誰だ?ろくに働かないお前にだ。それが悪魔だというなら、俺は悲しい。そんなことを言われるならもうこの関係はやめ-」
「全裸で足を舐めます」
俺が言い終わる前に服を脱ぎ去りルリが全裸でいきなり跪く。
「いや足を舐めるのだけはやめて。いろいろマズいから」
「マスター、すみませんでした。ですが一つお耳に入れたいことが」
「お前キャラめちゃくちゃだぞ?」
「マイロード、一つだけユフィ神に匹敵する料理がありました。ゴールドオクトパスのステーキ、これは絶品でした」
「お前変なとこでブレねーな」
「是非〝地獄の瘴気亭〟のメニューにも加えたほうがよいかと!」
「ああ、プライドとかねーのな」
「なのでどうか愚かな私めにこれからもユフィ神の料理を!」
「わかったよ。それでそのゴールドオクトパスのステーキってのはそんなに美味かったのか?」
「ルリを許す?」
「はぁ、ああ今まで通り飯食わせてやるよ」
「約束して。一生ルリにご飯食べさせ続けると」
「いや、なんかそれプロポーズの強要みたいになってるけど?」
「約束して、、、約束して!!!」
ルリが涙目で訴えてくる。
「わかった!わかったから!」
「ホント?」
「ああ、ホントホント!」
「約束する?」
ルリが更に涙を目に溜めて俺を見てくる。
「ああ、もうわかった!約束する約束する!」
「ん、では話を続ける。料理の腕はユフィ神が上。しかしゴールドオクトパスのステーキは恐らく塩コショウだけであの味。つまり素材の味が凄まじい。だからあれをユフィ神が調理をすればとんでもないものが生まれると予想」
「お前しれっと元のキャラに戻りやがったな」
「ん、通常運転」
マジなんなの?こいつ。
シンプルにムカつくんだけど。
「なのでジン、ゴールドオクトパスを捕まえてこい」
「お前、逆にすごいな」
めんどくさくなってきた俺は断ることを諦めた。
「ああ!もうしょうがねーな!捕まえてきてやるよ!」
こうして俺はゴールデンオクトパスを捕えに向かう。が、すぐ戻ってくる。
「いや、そもそもゴールデンオクトパスがどんなのか知らねーよ」
「ん、私は知っている」
「じゃあお前もいないとダメだろーが!」
「ん、よく気付いた。褒めて遣わす」
「お前マジでイラっと来るな!」
こうして俺はルリと二人で今度はゴールデンオクトパスを捕まえに向かう。
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