第8話 〝どこにもいない男〟
「おい、ウチの駄龍をいきなり蹴ってんじゃねーよ」
こいついつ現れた?この俺が何の気配も感じられなかった?
「それは失礼。ですが私のようなものは不意打ちでしかあなた達強者と戦えないものですから」
ただ蹴られただけなのに駄龍が起き上がらない。
威力はそこまでじゃなかったはずだ。
ということは何かしらの術式を打ち込まれたか。
今時のPってのはこんな感じなのか?
いや、そんなわけないか。
「何なんだ、お前は?」
「そうですね。〝どこにもいない男〟と言えばわかりますか?」
「この前聞いたな。ったく、解決編の前に正体明かしてるんじゃねーよ。まだ『犯人はこの中にいる』も言ってないのによぉ!」
ブン!
殴りかかるが空振る。
〝どこにもいない男〟の姿は一瞬で消え、今度は背後から声がする。
「そんな時間は無駄でしょう」
「無駄だけど、無駄だけど!探偵モノってそのためにやってるんじゃろがい!!!せっかくなんだからやらせろよ!!!」
さっきよりもスピードを上げてもう一度殴りかかるが、また躱される。
「それは速さとかじゃないな。空間系の魔法か」
「はい、〝どこにでもいてどこにもいない〟。それが私です」
いつの間にか〝どこにもいない男〟はPの姿から黒いロングコートに身を包んだ姿となっていた。
顔はフードを深くかぶっていてよく見えない。
暗そうな奴だな。
でも厄介だ。
マーキングや座標指定に時間をかけた様子もない。
こいつの魔法は完全な瞬間移動だ。
今の段階ではまだわからんけど、さっき俺の気配察知の外から現れたとなると、少なくとも1km圏内は移動可能。
ギルみたいな高度な魔法使いが妨害してくれないとめんどくさいな。
「お前は何がしたいんだ?この前は龍をけしかけてたろ?」
「今はまだ実験の段階ですね。龍の時は自尊心からの洗脳。今回は些細なイラ立ちからの集団洗脳」
「最終的には一国丸ごと洗脳でもしてみるか?」
「そこまで行けば私の目的に大分近くなりますね。私の最終目標はこの世界に存在する知的生命体全ての洗脳。いや、洗脳という言い方は少し物騒ですね。目指す先の統一化とでも言いましょうか」
「つまらなそうな世界だな。それで俺も洗脳するのか?」
「あなたを洗脳するのは難しそうなので、そうですね。あなたは殺そうかと」
「殺す方が難しいと思うけどな」
「強者を殺す者は決して更なる強者とは限らないですよ?」
ザク!
「ゴハ!」
いつの間にか身体に10本の剣が突き刺さっていた。
「私が瞬間移動できるものは自分自身だけじゃありません」
「なるほどな。それは強力だ。しかも剣には致死毒がたっぷり塗ってやがる」
「私はあなたと違って弱者なので、出来ることは何だってするのですよ」
「別に強者だって何でもする」
俺を刺した剣は抜け落ち、傷は塞がり、毒も瞬時に浄化される。
俺が攻撃されたら〝餓鬼道〟が勝手に発動するようになっている。
まったく厄介だ。
「簡単に死ぬとは思っていませんでしたが、これはもう不死身ですね」
「不死身か。まあ近いよ」
「なるほど。殺すとなれば不死身という概念を超越した攻撃が必要ということですね。ですがまあ今日はそこまで頑張るつもりはないんですよ。あなたに会ってしまったのもイレギュラーなことだったんで。というわけでそろそろ退こうと思うんですが」
「おいおい、逃げられると思ってるのか?そろそろ起きろ!ユフィ」
「すいません!遅くなったっす!なんか身体が動けなくなる術式みたいの打ち込まれてたんですけど、なんとか解除できたっす!」
ユフィがやっと俺の横に並ぶ。
「さすが漆黒龍。もう動けるようになりましたか。普通の龍なら丸一日動けなくなるぐらいに練り込んだ術式だったんですが」
そう言いながらも〝どこにもいない男〟に一切の焦りはない。
駄龍が一匹増えたところで何の脅威でもないというように。
俺も同感だ。
「なんか失礼なことを思われてる気がするっす!」
「二人がかりですか。それでもー
ドン!
「二人がかりじゃねーよ。ずっと寝っ転がっててムカついたから起こしただけだ」
「うわ!元Pがいきなり殴り飛ばされたっす!さすがアニキ!そして自分はただムカつかれて起こされただけだったっす!」
「お前の瞬間移動がオートだったならよかったかもしれねーけど、お前が認識できないほどの速さなら瞬間移動を使おうとする前に殴れるだろ。さっきからペラペラしゃべり過ぎだ」
「ごはぁぁ!!はぁはぁはぁ!ば、化物め!」
「やっと薄ら笑いが消えたな」
「本当に痛かったですからね。では忠告通り戦いに集中しましょう」
〝どこにもいない男〟の雰囲気が変わった。
俺と本気で戦う気か?
いやこいつの強みはいつでも退場できるってことだ。
集中しだしたというのならなおさら。
「ユフィ!それなりの結界なら作れるだろ!!少しでいいからこいつを閉じ込めろ!」
「それなりって!ギルのアニキが凄すぎるだけで自分の結界だって最強クラスなんっすよ!?」
ユフィが最強クラス(笑)の結界を張る。
「結界を作ったところで飛び越える為の準備に少し時間がかかるだけ。その間あなたの攻撃を避け続けることぐらいは可能ですよ」
「結界内の中で飛び回れたらな!」
「なんですって?」
「え、ちょっと待ってアニキ!もしかして!?」
「〝修羅道〟オールレンジバースト!!!」
全方位攻撃だ。
オーラを無差別に全力放出するだけの技。
結界内全てが攻撃範囲。
結界内にいる限り回避不可能。
つまりユフィも回避不可能。
ごめん。
「うそでしょー!!!」
俺のオーラが収まるとそこには瀕死のユフィだけがいた。
〝どこにもいない男〟は?消し飛んだか?
「元Pなんてどうでもいいんで、早く、早く回復してぇぇぇ!!!」
虫の息のユフィが縋りついてくる。
「あ、悪い悪い。〝餓鬼道〟」
ユフィの傷を回復、いや再生させる。
「はぁはぁはぁ!回復してくれると思ってたから防御に全振りして何とか耐えましたけど、マジやばかったっすよ!」
「あ、悪い悪い」
「心がこもってないんっすよ!」
「それだけ信頼してるってことだって!!!」
「信頼って言葉をそんな投げやりに使わないでください!」
「そんなことより〝どこにもいない男〟はどうなった!?」
「あ、話逸らした!!!」
「私ならここですよ」
やっぱりいたか。
体中を焼かれ、全身からを血を流しながらも〝どこにもいない男〟は生きていた。
「よく生きてたな」
「私も不死身なんですよ」
今度は〝どこにもいない男〟の傷が一瞬で癒えて行く、
いや癒えたわけじゃないな。
俺が再生なら、こいつのは復元って感じだ。
「お前空間だけじゃなく時間も操るのか?もしかして複数の固有魔法持ち?」
「その通りです。よくわかりましたね」
「そういえば洗脳も出来るんだったか。充分お前も化け物じゃねーかよ」
「逆にあなたは固有魔法を使ってない。あなたが使ってるのはもっと得体のしれない力」
「俺は魔法を使えないからな。というかそもそも魔力を使えない」
「魔力を使えない?そんな生き物、勇者以外にいるんですか?つまりあなたが使ってるのも〝聖気〟?」
「これが聖気に見えるか?」
俺は自分のオーラを視認出来るように具現化する。
「これは、、、」
それは血と灰が渦巻く悍ましい濁流。
魔よりも禍々しく、聖よりも白々しい。
業の姿。
「どうだ?カッコいいか?」
「やっとわかりましたよ。あなたが勇者よりも強い理由が。本当に実在したとは」
「知ってるのか?これを」
「見たのは初めてですが、これはおそらく〝六道〟の力」
「じゃあもうわかるだろ?お前は死ぬよ」
「ありがたい。何十年ぶりの死線でしょうか。ここを生き抜いた時私はまた一つ人から遠ざかる」
「人でいるのは嫌か?」
「人は多すぎるんでね」
「同感だ」
ここで決める。
だが俺の今の状態じゃ〝六道〟の全ては使えない。
使えるのは〝修羅道〟と〝餓鬼道〟。
グーとパーだけでジャンケンをするようなものだ。
そして敵はかなりの使い手。
普通なら勝機はない。
ただ俺に限ってはジャンケンで後出しが許されている。
「修羅道〝見(ケン)〟」
修羅道は身体能力を物理限界の更に上まで制限なく強化させるものだが、見(ケン)はその中でも感知に特化させる。
それが後出しの理由だ。
「時間魔法」
奴の魔法が半径1キロメートルを掌握するまでの時間は1.6秒。
継続時間は38秒。
その間、奴の掌握範囲では時間が奴の支配下に置かれる。
間違いなく殺される。
完全なる初見殺しだ。
だが1.6秒は長すぎるな。
「修羅道」
1.6秒あれば100回は殺せる。
「100回蘇れば私の勝ちです」
修羅道によって理を超えた力と速さで殴り続ける。
そして112回殺した。
だが〝どこにもいない男〟は112回蘇った。
「お前、それ」
「レジェンダリーアイテム〝創生の過護〟。30年かけて115個集めたのにもう残り3つですよ。ですが、これで私の勝ちです」
「それはズルいだろ」
「弱者は何だってするって言ったじゃないですか」
次の瞬間、俺は殺された。
「アニキーーーー!!!」
死に際に見たのは泣きながら飛んでくるユフィと、いなくなる男。
*
「アニキーーー!!!ギルのアニキーーー!!!」
ユフィが泣きながら〝地獄の瘴気亭〟に飛び込んでくる。
リンの死体を担ぎながら。
「どうした!?」
一瞬うるさいと思ったギルだったが、一瞬で事の重大さに気付く。
「リンのアニキが殺されたんす!!!」
「はぁ!?こいつは不死身だぞ!いや、〝餓鬼道〟が発動してない。時空間系の固有魔法か。厄介だな」
「つんつん。リン死んでる?マジで?」
「ギルのアニキ!リンのアニキを蘇らせてください!」
「わかってる!だが固有魔法を破壊するには魔力が、、、」
「足りないならルリのを使う」
「お前の身体はほぼ魔力でできている霊体に近い。魔力を譲渡すれば存在が希薄になるぞ?」
「大丈夫。少し影が薄くなるだけ。味覚に問題はない」
「いや味覚に問題なきゃいいのかよ!」
「いい。味覚に問題なければみんなでおいしくご飯が食べれる」
「、、、そうだな」
「でもその代わり私を味見係に昇格させてほしい。食べているだけで働いたことになる夢の職業と聞いた。それこそ私の目指す最高到達点。そのためならば若干薄くなってもいい」
*
後日俺は蘇った。
「アニキーーー!!!」
起きてすぐにユフィが泣きながら抱き着いてきた。
こいつが俺をここまで運んできてくれたらしい。
ありがとう。
あと今回の戦いでは結構酷いことをしたのにその件については有耶無耶になっていた。
ありがたい。
「油断し過ぎだ。さっさと本来の力を取り戻せ」
カラスがツンデレしていた。
でも俺が助かったのはこいつのお陰だ。
ありがとう。
「この度味見係に昇格したルリです」
なんかいきなり自己紹介してきたルリ。
今回俺が助かった上で最も力を使ってくれたのはルリだ。
そのせいでルリの力は大分弱まってしまっていた。
でも味見係に昇格したらしくやたらと活き活きしていた。
感謝してもし足りない。
本当にありがとな。
「リンさん!心配しましたよ!」
タカコも見舞いに来た。
まあこいつは今回特に何もしていない。
でもまあありがとう。
「店長さん、無事でよかったー!私のスキャンダルもなくなり、まほプリもみんな一致団結して頑張ってるよー!」
プリンだ。
まほプリの件に関しては後日ユフィが無理やり解決させたらしい。
というかまほプリなんてどうでもいいし。
元をたどればお前のせいだし。
見舞いの品がプリンだけってふざけんなよ。
ケーキ3ホールぐらい持ってこいや!
「お前がそんな姿になるとはな」
最後に来たのはアーサーだ。
この前見舞いに行った時の意趣返しかと思ったけど、要件は結構マジだった。
「今回お前が戦ったのは、この前黒龍をけしかけたという〝どこにもいない男〟らしいね」
「誰かわかったのか?」
「〝五失(ごしつ)〟を知ってるかい?」
「いや知らないけど?」
「僕も知らなかった」
「はぁ!?」
「だがギルドで聞いてみると、とんでもなく有名な犯罪者たちだったんだ」
「いや俺は酒場の店長だからいいけど、お前は知っておけよ!」
「ふははは!〝五失(ごしつ)〟は王国中の人間が知っている犯罪者たちだ!酒場の店長であることは言い訳にならんぞ!」
「何勝ち誇ってんだよ!勇者であるお前はもっと言い訳できねーだろーが!」
「勇者とは魔王を倒す者!つまり他に目をくれる暇などない!そういう意味では僕の方が言い訳が立つということだ!ふははは!」
「なんでそこで高笑いできるんだよ!イカレてんのか!まあいいから、その〝五失(ごしつ)〟について教えろよ」
「ユーレスト大陸では民衆を恐怖のどん底に落とした五つの怪奇事件があった。
そしてその事件を起こした5人の狂人たちをユーレストの〝五失(ごしつ)〟と呼ぶ。
辺境の小国で国民全員をミイラに変えた〝血のない男〟
同時期に大陸のいたる所で大量虐殺を行った〝どこにもいない男〟
一万人もの信者を有する宗教を作り、ある日全信者を一斉自殺させた〝顔のない女〟
感染者を完全隔離することでしか収められない疫病をバラまき数百万人を殺した〝息をしない男〟
家畜と人間の立場を反転させ、農村部の人間たちを全て家畜に食わせた〝食べない女〟
この五人が〝五失(ごしつ)〟だ。
そして恐らく連中は固有魔法の使い手たちだろう」
「〝どこにもいない男〟は固有魔法の複数持ちだったな」
「複数持ち!?それは本当か!」
「ああ、間違いない」
「はぁ、それは厄介だな」
固有魔法とは世界でその人間しか使うことのできない魔法だ。
ごく稀に、完全にランダムに、そういった魔法を持って生まれてくるものもいる。
そして固有魔法とは常に世界の法則をあざ笑うかのようなバカげた能力のものが多い。
「それでその〝五失(ごしつ)〟ってのは組織なのか?」
「いや、仲間だという話はない。災害級の人物が5人いるというだけだ。まあ魔王なき今だからと思っていたんだがな。君が負けたんだとなると、、、」
「安心しろ。魔王の方が強いから」
「本当か!」
「当たり前だろ」
「そうだよな!やはりそうか!今回は君が油断し過ぎたということだな!平和ボケもそこそこにしておけよ!ふははは!なんなら毎週僕が稽古をつけに来てやってもいいぞ!」
「それはちょっと」
でもまあ全盛期の力ではなかったから、そういう感じにとってもらってもいいだろ。
「とにかく君は勘を取り戻せ!その間に僕が〝五失(ごしつ)〟を一人でも多く討伐しておいてやろう!」
「ああ、頼むわ」
「任せろ!ふはははは!!!」
あ、〝五失(ごしつ)〟を相手する時は一人で行かせるように言っておこう、ギルド長に。
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