第3話 空弧は全裸で足の裏を舐める
「今日も今日とてお客さんがいませんねぇ」
「うるせぇな!文句があるなら客引きでもしてくればいいじゃない!というかしてきて!お願い!」
「なに言ってるんですか。私は客ですよ」
親父がしょっちゅう家で繰り広げる柔道の試合に耐えられなくなって、店の近くに引っ越してきたタカコはよく飲みに来るようになった。
まあ親父が無差別級じゃ、飲まずにはやっていられないのだろう。
とはいっても〝地獄の瘴気亭〟始まって以来の常連客なのかもしれない。
いや完全なる常連客だろう。
「アニキ!暇なら客引きしてきてくださいよ!」
またユフィは生意気なことを。
ここは一度ビシッと言ってやらないとな。
「おい、俺は店長だぞ!」
「店長ですけどそれが?」
「え?」
「誰がどう見ても暇じゃないっすか!」
「くそ!ぐうの音も出ねぇ」
*
ユフィに言われて店の外に出てみたものの、ギリ王都、なんならはみ出してるぐらいの〝地獄の瘴気亭〟の前を歩いてる人間は少ない。
、、、いや見え張った。
一人もいない。
やっぱ開店資金ケチってこんな街外れに店だしたのが失敗だったな。
呪いもかかってるし。
「うううぅぅ」
ん?なんか呻き声みたいなのが聞こえた気がしたんだけど。
「ううううぅぅ」
やっぱするな。
どこだろ。
「ううううぅぅ」
わかったからちょっと待てって。
なんかあそこの道おかしくね?
よーく見ると盛り上がってる。
もっとよーく見ると完全に道に溶け込んでるボロボロの少女のようにも見える。
「ううううぅぅぅ」
早くしろってか。
とりあえず店に連れてってやるか。
「何してんすか!アニキ!お客連れてきてとは言ったっすけど、幼女誘拐してこいとは言ってないっすよ!」
「こんな一切金の匂いのしない幼女誘拐してどうすんだよ。泥臭いから風呂にでも入れてきてやれよ」
道に同化してた物体は、ユフィに洗わせると真っ白な髪、真っ白な肌、真っ赤な目の少女だった。歳は10代前半ぐらいか?
「もぐもぐ」
そして席に座るとユフィが出した茶菓子のクッキーを無表情で食べ始めた。
こいつよくこの状況で一言もしゃべらずにクッキー食べだせるな。
どういうメンタルしてんだ?
「おい、リン。このガキ、空弧だぞ」
俺が考え事をしてるとギルが飛んできた。
「空弧って何だっけ?」
「3000年以上生きた狐だ。まさか実在してるとは」
珍しくギルが驚いてるな。
「ん、実在する。もぐもぐ」
あ、喋った。
止まらずクッキー食べながら喋った。
「しかし人化できる空弧なんて余計聞いたことがねーぞ」
確かに空弧って狐なのに人の姿してる。
「人間たちの料理がおいしそうで食べてみたくて、人間と同じ味覚を得るために1000年かけて練習した。もぐもぐ」
努力家じゃん。
「呆れた空弧もいたもんだな」
ギルは溜息を吐いた。
「しゃべるカラスに言われたくない。もぐもぐ」
ムッとしてるっぽいけど咀嚼を止めることはない。
実は一本芯の通った奴なのかも。
「お前名前は?」
「ルリ」
「俺はリンだ。よろしくな。それでなんであんなところで行き倒れてたんだ?」
「やっと人間の姿になれたから早速ご飯を食べようとした。でも人間の食べ物を食べるにはお金というものが必要だった。ルリは絶望した。1000年分絶望した。そして行き倒れた」
「1000年頑張ったのになんか辛いな」
「現実は厳しい」
「なんか泣けてきたわ」
「今の話のどこに泣けるところがあったんだ?」
「うるせぇ、ギル!ユフィ、こいつに飯食わせてやってくれ!」
「今すぐ出せるのはカレーぐらいっすけどいいっすか?」
「なんでもいい!とりあえずこいつを絶望から救いあげてやってくれ!」
「わ、わかったっす」
ユフィは『地獄の瘴気亭』人気メニューの一つカレーライスをよそってルリに出した。
まあ人気メニューといっても従業員の中でという話だが。
一口食べたルリはわなわなと震えながら呟く。
「お、おいしすぎる。こ、これはもはや神の食べ物」
ルリは一気に完食する。
カンカンカン
そして空になった皿をスプーンで叩き出す。無言で。
怖いな、こいつ。
でも使えるかもしれない。
「ウチで客引きの仕事するなら毎日食わせてやってもいいぞ?」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「もしこんなおいしいご飯を毎日食べさせてくれるなら奴隷になってもいい。何なら全裸で足を舐めても構わない」
「いやそこまではしなくていい」
すごいな。こいつの食にかける思い。
若干引くな。
「じゃあウチで働くってことでいいな?」
「仰せのままに」
「決まりだな。ユフィ!カレーライスにハンバーグも乗せてやってくれ!」
「はいはい」
ハンバーグカレーを食べたルリはしばし痙攣した。
「全裸で足の裏を舐める」
そう言ってルリは服を脱ぎだした。
「いやだからそこまでしなくていい!」
こうしてウチに従業員が一人増えた。
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