第2話 冒険者タカコの依頼~一人暮らし始めました~

私はまずお父さんを地獄の瘴気亭の皆さんに紹介した。


「ゴワス―!ゴワスに会わせてくれー!!!」


かわいそうなお父さん。私が必ず助け出してあげるからね!


「お父さん首輪に手錠、足枷までつけられて動けなくされてるんだけど、これもゴワスの仕業?」

「いえ、これは私の仕業です。放っておくとすぐゴワスに会いに行くので」

「あ、そうなんだ。でもお前って一か月ぐらいうちの店探して家空けてたんだろ。大丈夫だったの?」

「大丈夫ですよ。水と食料、おまるは手の届く範囲に置いておいたので」

「そうか。ただ紙にはギリギリ手が届かなかったみたいだな」


お父さんはモジモジしながら尻のかゆみに耐えているようだった。


・・・


大丈夫!お父さん!私が必ず助け出してあげるから!


「いや、今助けてあげたら?せめて拘束といてあげたら?」

「お父さんもう少しの辛抱だからね!」

「お前お父さん好きってことでいいんだよな?手の込んだドメスティックバイオレンスに加担させられてないよね?」

「何を言ってるんですか!私にとって誰よりも大切な家族ですよ!というわけで私の家で作戦会議をしましょう!」

「え、ここ家じゃないの?」

「なに言ってるんですか。ここは物置に決まってるじゃないですか!家にお父さん拘束してたら家が汚れるじゃないですか!」

「大丈夫だよね。本当に愛してるんだよね」

「とにかく吐き気がするほどここ臭いんで早く行きましょう」

「ユフィ、ギル!お前ら先行ってろ!俺はこれ以上このお父さんを見てられない!出来る限りのことをしてみる!」


父の介護のために残ってくれたリンさんを置いて私たちは一足早く作戦会議を始める。


「父のチャームが解けたらゴワスの所に行って騙し取られたお金を取り戻したいんですけど、どうでしょうか?」

「まずはお前の親父に会わせろよ」


ん?カラスさんはいったい何を言っているんだろう。


「いや今あったじゃないですか」

「はぁ!?さっきのって家畜じゃなくてお前の親父だったの?早く言えよ!」

「言いましたけど」

「臭かったから外にいたわ。じゃあ早く戻るぞ!」


なんかカラスさんがバタバタしておる。


「え、でも今頃残ってくれたリンさんによってチャームが解かれているのでは?」

「はぁ?あいつにはチャームを解くなんて器用なことはできねーぞ?」

「え?」

「チャームを解くために連れてこられたのは俺だ」


ん?カラスさんはいったい何を言っているのでしょう。


「タカコさん、なに言ってんだろうこのカラスと思ってるかもしんないっすけど、超マジっすよ」



「うががががががgぁぁがあえらwgぽえwfg!!!ゴワスーーー!!!!」



ユフィさんがそう言った瞬間、物置の方から獣の叫び声が響き渡った。


「お父さん!!!」


急いで物置に向かうとそこにはもうお父さんの姿はなかった。

いたのは糞尿塗れのリンさんだけだった。


「悪い。あまりに臭いから諦めて一旦シャワー浴びに行こうと背を向けた隙に逃げられた」

「なにやってるんですかー!!!そしてくさっ!!!」

「まあ一旦落ち着こうぜ。一旦シャワー浴びようぜ。浴室はどこだ?」

「お父さーん!!!」


気付いたら私は駆け出していた。


「ちょっと!浴室はーーー!?」


お父さんは安月給で気の弱い冴えない人だった。

お母さんがよそに男を作って出て行った時もやっぱりと思ってしまった。

でもお父さんはいつだって私の味方だった。

子供の頃、お父さんの上司の息子に私がいじめられたことがあった。

お父さんは上司の家まで行ったが、上司は悪びれずにこう言った。


『イジメられただ?お前の娘のような出来損ないがウチの息子に構ってもらえただけ有難く思え!』


お父さんはいつだって何を言われてもヘコヘコしていたから上司も舐め切っていたんだろう。

だがその時お父さんが初めて上司を怒鳴りつけた。


『私は出来損ないだ!だが娘は違う!この子は私みたいなトンビが生んだ鷹だ!これからお前の息子なんかより遥か高くを飛ぶんだ!私の娘を侮辱したことを謝れ!』


まあ散々言い切って我に返った後はいつもの倍以上ヘコヘコしてたけど。

でも嬉しかった。

お父さんが私を愛してくれてる事が分かったから。

だから誓った。次は私がお父さんのために戦うんだって。


「出てこい!!!オカマフィア!!!お父さんを返せ!!!」


大丈夫だよ!お父さんがあの髭面とあんなことやこんなことをしていて、すでに開発済みだったとしても私だけは味方だから。


「お嬢ちゃ~ん、ここがロンドオカマ連合の保有するオカマバー〝穴を狙え!〟とわかって騒いでるのかしら~?」


ここはお父さんが通っていたオカマバー。

中から世紀末感のあるモヒカンの巨大なオカマが出て来た。

ハンマーを担いでいる。

やっぱりオカマの武器と言えばハンマーか。よくわからないけど。

私は剣を抜く。

駆け出し冒険者の私が本物のオカマ相手にどこまでできるのかわからない。

でもここでやらないと私はもうお父さんをお父さんと呼べない!

見ててお父さん!!!


「たとえお父さんの穴が狙われても、もう貫通していても、私とお父さんにはもっと丈夫な絆が!突っ込まれても破けない腸があるんだから!!!」

「じゃあここで死んじゃいなさいな!うおりゃあ!!!」

「うおおおお!!!!」


私の剣とオカマのハンマーがぶつかり合う。

ああ、ダメだ。私にこのパワーは受け止めきれない。

ごめんね、お父さん。



ドゴーン!!!



あれ?痛くない。

目の前にはなぜか壁にめり込んでいるオカマ。

どうやらオカマは私を潰す前に思いっきり殴られたようだ。

背後から伸びている拳の持ち主を確認するために私は振り返る。


「全然感情移入できないぶつかり合いだったわ」

「リ、リンさん?」

「潤んだ瞳で見てくるのやめて。全然そんな場面じゃないから。オカマに穴に腸って単語がこだまするすごい下品な場面だったから」


そっか。やっぱりこの人はすごい人だったんだ。

この人にならお父さんを任せられる。


「お父さんのことをお願いします」


ここで私は気を失った。





「いいの?この子ここで気絶して。今のところ助けるどころか親父を虐待してたサイコ娘でしかないんだけど」

「おい、リン!オカマ連合のボスの場所が分かったから行くぞ!正直早く帰りたい!」

「まあ、それは同感だけど」

「アニキたち雑魚どもは自分に任せてほしいっす!!!」

「じゃあ全部任せた」





オカマ連合はキモいだけでなく、武闘派としても名の通ったマフィアである。

まあオカマとは名ばかりの大男集団だから、そりゃそうだろう。

一応心は女らしいが、心が女なら髭ぐらい剃って欲しいものだ。

そしてオカマ連合にはもう一つの顔がある。

あっという間に人をダメにしてしまう超非合法薬物〝鬼ギマリ極太棒〟をバラまいている麻薬ディーラーでもあるのだ。

彼らの主な収入源はオカマバーと麻薬。

警察は尻尾を掴もうと躍起になっていたが、オカマの尻尾は前についてるのよと言わんばかりに彼らは尻尾をしごかせはしなかった。

そんな彼らのアジトをギルは3分弱で発見してみせた。

案外余裕だった。




リンとギルは今は空き家となっている貴族の館へと入っていく。

ここがロンドオカマ連合のアジトだ。

襲い掛かってくる幹部たちを二人は一掃し、最上階の部屋に辿り着く。

扉を開けると奥に一人のオカマが座っていた。

彼こそオカマ連合のボスである。


「本気で我々ロンドオカマ連合を潰すつもりでゴワスか?」


ゴワスだった。


「親父さんの恋人ボスだったんだ」

「よく見ろ、ゴワスの股間に顔をうずめている男、親父さんだぞ」

「言うなよ。見ないようにしてたんだから」

「なんだ?トンビタロウを助けに来たんでゴワスか?こんな男わっしの数多くいるセフレの一人でしかないでゴワス!ふはははは!!!」


ゴワスはタカコの親父の頭を股間に押さえつけながら高らかに笑う。


「なあギル、色々言っていいか?」

「むしろ言ってくれ。このままじゃスッキリしない」

「まず親父さんトンビタロウって言うんだ。あとゴワスの一人称わっしなんだ。あとセフレ数多くいるんだ。といかそのなりでセフレとか言ってんじゃねぇぇぇぇ!!!!」


世の不条理に対する怒りに満ちたリンの百裂パンチがさく裂した。


「ご、ゴワスぅぅぅ!!!」


ゴワスは吹き飛んでいった。

残ったのはトンビタロウ。


「ごわすぅぅぅ、ごわすぅぅぅ」


涎を垂らしながら這いつくばっているトンビタロウを見ながら、リンとギルは数十秒無言になる。


「なあリン、このまま帰らないか?」

「、、、一応、、、依頼だからチャームだけは解いてやれよ」

「そうだな。こいつも操られていた哀れな男の一人だもんな。正気に戻してやるか」


「ごわすぅぅぅ、ごわすぅぅぅ」


・・・

・・・

・・・


「ごわすぅぅぅ、ごわすぅぅぅ」


・・・

・・・

・・・


「ごわすぅぅぅ、ごわすぅぅぅ」


・・


「いや早く解いてやれって」

「、、、」

「どうしたんだよ」

「かかってないから」

「なにが?」

「いや、チャームが」

「、、、いやいやいや!」

「かかっていた痕跡もない」

「でもでも涎たらしながらゴワスゴワス言ってるよ?」

「それは薬物中毒だな。麻薬やらされてたんじゃね?」

「あ、そっちか。じゃあその薬物中毒だけでも治してやって」

「あ、ああ」

「魔法よりクスリの方が怖いってことね」


ロンドオカマ連合を潰した地獄の瘴気亭チーム。

トンビタロウが騙し取られたお金を奪還、トンビタロウを若干正気に戻したことで依頼達成となった。



後日談


カランコローン


「いらっしゃいませーってタカコじゃん」


事件が一段落してから一か月、私は久しぶりに〝地獄の瘴気亭〟に訪れていた。


「あんなに見つけるの大変だったのに一度来ちゃえば簡単に来れるようになるんですね」

「おいおい、そんな呪いがかかってるみたいな言い方するなよ!」

「え?掛かってるぞ、呪い」


ギルさんがあっけらかんと答えた。

あ、やっぱりかかってるんだ。

呪いとかよくわかんないけど、さすがにここはかかってる気がしてた。


「おいギル!呪いってなんだよ!」

「ちゃんと契約書読んでなかったのか?この物件は人に見つかりにくい〝人払いの呪い〟がかかってるから安かったんだよ」

「マジでか!おいギル!わかってたなら早くその呪い解けよ!」

「無理無理。この呪い特殊なんだよ。長い年月をかけて蓄積された怨念みたいのものを感じる。呪い解くにしても長い時間がかかるんじゃねーか?」

「くそ!使えねー魔王だな!」

「そんなことより〝地獄の瘴気亭〟って名前の方がよっぽど呪いっすよ!」


あ、厨房からユフィさんも出て来た。


「はぁ!?カッコいいだろ。地獄で瘴気を浴び続けた俺たちだからこそ偽りなく付けられる名前だ」

「確かにあそこはマジできつかったな」

「はぁ!?俺は関係なかったのにお前の巻き添えで堕とされたんだが?」

「地獄に行きたくないんだったら、はなから魔王を倒そうとしてんじゃねーよ!」

「ケンカはやめてくださいよ。それか店の名前変えてくださいよ」


ん?さっきから魔王って言ってる?

聞き間違いかな。

うん、聞き間違いだ!

気を取り直して行こう!


「今日も依頼できたんですよ!」

「依頼?今度はなんだよ」

「あのー、お父さんが、ぼそぼそぼそ」

「おい、どんどん声小さくなっていってなに言ってるかわからねーぞ」

「あの、ウチの父がまたチャームにかかりまして」

「、、、」

「一応写真見ます?」

「一応」

「こちらです」

「、、、」

「どうでしょうか?」

「柔道の試合で親父さんが大男に袈裟固めかけられてる写真だよな?」

「いえ、私が珍しく早めに帰宅した時にリビングで行われていた光景です」

「もう応援してあげたら」

「いやですよ!」

「違う違う。柔道の話」

「だから袈裟固めじゃないって!」

「もう今から柔道やらして無理やり袈裟固めってことにしちゃえよ!」

「いーやーでーすー!!!」


翌月、私は実家を出て〝地獄の瘴気亭〟の近くで一人暮らしを始めた。

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