豊かな愛情は誰の為に - 1

ダリア

――――――



 一番古い記憶は、白いシーツのベッドと枕。息苦しい熱とだるさ。そして自分の魔力で割れた花瓶や破れたカーテンと言いたいことだけ言って過ぎ去っていくいくつもの『声』だった。


〈あめあめふれふれもっとふれー〉

〈あそぼ、あそぼ〉

〈たましいのこえがする〉

〈きれいなこえがする〉

〈きれいきれい〉


 それでも聞こえる時と聞こえない時があって、聞こえる時はたいてい私が寝込んでいるときだった。


 周りの年上たちは元気に走り回っているのに、私はずっとベッドで横にならないといけなくて。

 でもたまに元気な日は魔力が暴れるから、危ないって言って誰とも遊ぶことができず寂しい日々が続いた。ひどい時はお外に放り出される時もあった。


「ダリア、大丈夫?」

「お兄ちゃん……ぎゅーして?」

「仕方ないなぁ」


 起き上がれない私のために、ベッドに潜り込んで抱きしめてくれるロイクは私が唯一「お兄ちゃん」と呼べる人だった。

 だけど私が5歳の時にロイクが珍しく熱を出して倒れてしまい、その時は珍しくお父さんもお母さんもお兄ちゃんにかかりきりだった。


 多分その頃を境にロイクは「ダリアのお兄ちゃん」ではなくなったんだろう。

 それからロイクは書斎にこもる日が増えて、私のところに来てくれる日が減った。それがとても寂しくて、久しぶりに私のところに来た時のロイクが別人に見えた私は子供心から何も考えないままロイクに問いかけた。


「おにいちゃん……あなたは、だれ……?」

「……え?俺、いや僕は……」


 ほんの一瞬だけロイクの感情が抜け落ちたように見えた。


〈おにいちゃん困ってる〉

〈こまってる?〉

〈おこってる?〉

〈こわーい〉


 声が私の気持ちを無視して囁き合う。だけどロイクのその顔が怖くて、私は慌てて言い直した。


「お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?ダリアのために色んな事をしてくれる優しいお兄ちゃんはあなただけだよ」

「……ごめん、ありがとう、ダリア……」


 それからロイクは構ってくれるだけじゃなく、魔力を吸い取る魔術陣を作ってくれたり、色々手を尽くしてくれるようになった。

 もともとロイクは賢かったけれど、魔術が使えなかった。だから益々私はロイクが別人になってしまったことを感じた。


 しかもお父さんがロイクを次の『お父さん』にする為に、一緒に書斎に籠る日が増えた。

 ロイクは今までお父さんお母さんのことを『おじさん』『おばさん』と呼んでいたのに、『父上』『母上』と呼ぶようになった。

 その意味を知って私は二人がロイクにとっての親になったんだって思った。

 だけど孤児院のみんなはロイクと距離を置くようになって、お母さんはなんだか落ち着きがなくて、みんなロイクに気をつかってるように見えた。

 それを見て私もなんだかロイクと遊ぶのが行けないように思えて、自分から遊びたいって言えなくなった。


〈山のむこうで雨がふってたよ〉

〈やったあ!明日は虹が出るよ〉

〈ダリア今日もロイクと遊ばない?〉


「あそべないの」


〈あそべない。どうして?〉

〈どうしてどうして?〉


 ベッドの上で私の話を聞かない声が忙しなく響く。時々私の声を聞く声もあったけれど結局おしゃべりは出来なかった。


 ある日ロイクが私にお願いをしてきた。


「ダリア今日は僕と寝てもいいか?」


 本当は男の子と女の子が一緒の部屋で寝てはいけない決まりだったけれど、私は一人で医務室で寝てたからすぐに頷いた。その時お母さんも近くにいたけど口元で指を立てて内緒にしてくれた。


 ベッドの中でロイクは少し話をしてくれた。


「ダリア、僕はもうこれまでのロイクじゃなくなった」

「……うん」

「ダリアは、今の僕が嫌い?」

「嫌いじゃないよ。だからロイクは、今のロイクでいていいよ」

「…………ありがとう、ダリア」


 私は『お兄ちゃん』と呼ぶのをやめた。


 その日からロイクは自分のことを『僕』と言わなくなったけれど、ロイクは私の体質を治そうと頑張ってくれるようになった。

 でもそれはロイクの為であって私のためじゃないことは分かってた。ロイクはその時自分を上書きしようとしてたんだと思う。

 それでも私はロイクが一緒にいてくれるのが嬉しかった。


 だからお医者様から大人になることが出来ないと言われたことにささくれ立っていた私の心を誤魔化すことができたのだ。


 その頃から私は物語の世界に夢中になった。


〈あのやろう、よにげしやがった!もぬけのからだ!〉

〈であえであえー!〉

〈きゃはははっ!〉

〈きゃー!おーたーすーけー!〉


 だけど本を読んだり何かに集中していると色んな『声』がざわざわとうるさい。


「……今日もうるさいなぁ……」

〈何を読んでるの?〉

「……勇者様の冒険譚よ」

〈面白そうね!〉


 だいたいの声は言いたいことだけ言って過ぎ去ってしまうけれど、私の声に答えてくれた声がいた。

 私はその人とおしゃべりをするようになって仲良くなった。私はそのおしゃべり出来る人を『お隣さん』と呼ぶことにした。


〈どうして勇者の口付けでお姫様の目が覚めるのかしら〉

「そういう決まりなの」

〈ふーん、父さんならその仕組み分かるかしら〉


 お隣さんはなぜかロイクを父さんと呼んでいた。そっくりなのかもしれないけど訂正しても直さないから諦めた。

 お隣さんと本を読みながらおしゃべりするのが楽しくて時間が過ぎてしまう。

 だから本を読み終わった後、窓の外を見ると現実に引き戻されると寂しかった。窓の外から見える世界が何度変ろうと私はその窓の先に出られることはないから。

 妄想するのは楽しいけど、現実に引き戻されたとき一人ぼっちだ。


「そこまで話すならダリアも何か物語を書いてみたらどうなんだ」

「え?えっと……」

「よく独り言を口にしてたのは、無自覚だったのか?」


 私は本を読みながらお隣さんと話していたことを口に出して喋っていて、それをロイクに聞かれてしまった。それがとても恥ずかしくて魔力が暴走しかけた。

 お願いだから秘密にしてと必死にお願いしたけど、ロイクは笑いながら分かったと言った。絶対嘘だ。

 それからは念じればお隣さんと会話することが出来ると分かった。早く気付けばよかった。


 それから新しいお姉ちゃんが出来たり、ロイクに友達が出来たり、お外に何度か出られるようになったり、色んな事を孤児院の中で経験し尽くした頃、八歳になった私は十三歳になったロイクから「王都に行こう」と世話係の先生と三人で馬車で長い旅行に連れて行ってくれた。


〈かぜのこだ!〉

〈ふきとばされちゃうわ!〉

〈あれ、ときの子がいる〉

〈あれはりゅうのつかいだよ〉

〈どうしてかぜのこといるの?〉


 外を出ても声はよく聞こえた。場所によって声の色が違うのが不思議だった。


 王都では何人かのお医者様に私の身体を診てもらったけれど、みんな首を横に振るだけで私が健康になることは叶わなかった。

 ロイクは私に対して申し訳なさそうな顔をしたけど、その分見れた景色はとても新鮮で、一生分の旅行をした気分だったから嬉しかった。


〈あ、ダリアとロイク帰ってきた〉

〈おっかえりー!〉

『ただいま、みんな』


 『声』は徐々に私と話せることを認識するようになった。


〈でも身体なんともないねぇ〉

〈ざんねん?〉

〈でもたのしそう〉


 孤児院に帰れば夢の時間は終わり、ロイクは更に忙しくなって私との時間が減った。お姉ちゃんは私とロイクが王都に行っている間にすれ違いで王都の学校に行ってしまった。

 私と同い年の子たちは、年下の子たちを世話する役目に回るから私も甘えることも出来なかったから、今更構ってなんて言えなくなった。私はさらに暇つぶしの達人になった。


〈いろんなところでロイクの名前が聞こえる〉

〈ロイク人気者〉

〈ロイクここからいなくなる?〉


 そんな中ロイクの縁談がこぞってやってくる騒ぎがあった。

 お父さんとお母さん達は断りの手紙を書いたりお客様の対応をしたりしててんやわんやしていた。孤児院のみんなはロイクのお嫁さんが誰なのかで話に花を咲かせたりしていた。

 けれどそれはロイクが大人になったことを嫌でも理解してしまい、私は嬉しくなかった。


「ロイクの兄貴~モテモテじゃないですか~」

「選び放題で羨ましいぜ!」

「知るか全員お断りだ。大体縁談を持ってきた奴らは皆俺たちを見下すお貴族様ばかりだったぞ」

「うわぁ。そんなのが僕らの姉ちゃんになるのは嫌だな……」

「ならさならさ、ここでなら誰が一番なんだ?」


 男の子たちがこぞってロイクをからかうので周りの女の子たちは白い目でその様子を見ていた。止めないのはロイクの答えが気になるからだろうか。

 ロイクはいやいやながらも辺りを見回す。女の子たちは目を逸らしたり、むしろロイクをじっと見ている子もいた。

 その中でふと私と目が合うと。何かを思いついたような顔をしては「ダリア」と私の名前を呼ぶ。


 みんなはあぁ、なるほどと納得とつまらなそうな顔をしているので、きっとロイクは私の名前を挙げてこの場を切り抜こうとしたのだと私は思った。


「決めた、ダリアと結婚する」

「へっ!?」

『えぇえええええええっ!?』


〈な、なんだって!?〉

〈ぱんぱかぱーん!〉

〈ごうがーい!ごうがいだよー!〉

〈けっこんって、なんだ?〉


 近くにいたお父さんとお母さんも目をまん丸に見開いて立ち尽くしていたけれど、私は驚いてその場から倒れてしまったのだった。



―――



 目が覚めた時には、お父さんとお母さん、そしてたんこぶを拵えたロイクがいて私はまた混乱した。

 ロイクは「思い付きで発言するな。ダリアの意志を尊重しなさい」とお母さんにすごく叱られたらしい。お父さんはおろおろしてた。

 それでもロイクは本当に私と結婚したいと思っているみたいで、あとは私の答え次第らしい。


 二人きりになって改めて私はロイクからプロポーズをされた。


「ダリア、大人になったら俺と結婚してくれないか」


 私はロイクが縁談騒ぎでげんなりしていることを知っていた。だからロイクは私で妥協したのだと子供ながらに察したのだ。


「ロイク、好きな人いるよね……?」

「……!?なんで分かったか教えてくれないか?」

「『声』が教えてくれたの」

「声……?……あぁ、あの独り言か……」


 ロイクは私にロイクのことを教えてくれた。

 カレンデュラ家は代々【女神の夫】の魂が継承された子供が生まれ、その記憶が引き継がれること、しかもロイクがその今の【女神の夫】の生まれ変わりであること、ロイクは【女神の夫】として自覚した途端高熱で倒れてしまったこと。

 だからロイクの好きな人は遠い昔のお話しにしかいない女神だけだということも教えられた。


「なら、ロイクはいいの?女神様が好きなんでしょう?」

「……それは、あぁ……女神よりも好きな人は現れない。でもお前のことが嫌いと言ってるわけじゃない」


 女神様は私たちの中にいる。そうお父さんに言われ、ロイクはそれを悲しがっているようだ。女神の夫がロイクとして生まれ変わったのなら女神様も同じように生まれ変わっていると思っているらしい。

 本当はロイクは女神様と一緒になりたかっただろう。


「きっと女神さまがロイクを探してくれるわ。探しに行かなくても、ロイクが待てばいいよ」

「……だといいな」

「それでも、私、ロイクと一緒にいてもいい?」

「……あぁ」

「お前の希望に添える男に巡り合わせられず俺とこんな形になって済まない……」


 そうして私はお父さんとお母さんの養子になり、ロイクの婚約者になった。私はロイクと本当の家族になれる事が嬉しくてたまらなかった。

 私は大きくなってもロイクと一緒にいられることが嬉しかったから純粋に喜んだ。その時のロイクの顔は複雑な表情をしていた。

 孤児院のみんなは私がロイクが結婚すると聞くと、年上たちはロイクのことをなんだか生暖かい目で見ていた。


『えんだんがおおくて疲れちゃったみたい』

〈はぁ?縁談避けのための結婚?酷いわ父さま!……応援したいけど叶うのは難しいわ〉


 だけどロイクはそれから間もなくして王都の学院に行ってしまった。

 みんながロイクのことを避けるように私を分かりやすく避けることは無かったけれど、恋物語のような展開がないのかと聞かれた時は困った。


 そんな私が失恋を覚えるなんて思わなかった。



―――



〈『命』の場所、魔力ない〉

〈吸い取られちゃう〉

〈たべられちゃう〉

〈あーれー〉


 ロイクから何度か手紙が送られてきた。どれも私の身体を心配しているような内容ばかりでロイクは自分のことは何も教えてくれなかった。

 その分長期休みの時期には帰ってきてくれるから、その時期が待ち遠しくてたまらなかった。


 結局変わったこととすれば、私が大人になっても孤児院にいてもいいということだけで、ベッドの上で過ごす日々は続いた。

 体調のいい日は中庭で日向ぼっこしたり、森の中に開けた土地で魔法の練習をしたりしてその間に歩いたりして運動するのだ。


〈あのお店いいにおい〉

〈やみのこ、きれいなおめめ?〉

〈きれいきれい!〉


〈けむいけむい、火の粉がきれい〉

〈燃えてる燃えてる〉

〈つまらないことで喧嘩してる〉


 マーガレットおばあちゃんのように日記を書いたり、計算したり文字を覚えながら遊べるゲームを考えたりしてみたけど、文字や数字ばかりのおもちゃに皆の反応はいまいちで、結局皆は中庭での追いかけっこに戻っていった。それが出来ない私は元気にはしゃぎ回れていいなと皆を羨んだ。


「ダリアの作ったおもちゃ?すごいわね」


 私のおもちゃを褒めてくれたのはお母さんだけだった。


「でも、みんなは面白くないんだって」

「……うーん、絵を描けばみんなも分かりやすくて楽しいんじゃないかしら」

「私お絵描きできないよ?」


〈これは何の絵?〉

〈ダリアざんねん〉


 自称暇つぶしの達人である私でも絵を描くことはてんでダメだった。ロイクに「いいんじゃないか?……個性的で」と気を遣わせてしまったくらいだ。

 だから自然と私が考えたおもちゃも黒い文字ばかりになってた。


「別に大層なものじゃなくていいのよ。色を塗ったり、記号を使って分かりやすくしたりするの」

「お母さんすごい!」


 お母さんと作ったおもちゃは孤児院のみんなには好評で、私がみんなと一緒に遊べる日が増えた。

 お母さんはみんなの反応を見て目を輝かせていた。知らない間に私のおもちゃは商品として売れた。お母さんが他領にもアピールしたおかげでかなり売れたらしい。

 だけどそのおもちゃを考えたのが孤児院の子供だと知った人が、その子供を攫おうとしたことがあったので、子供は必ず大人と一緒でないと外に出られなくなり、孤児院の周囲には常に魔術のシールドが展開され、他の人は簡単に入れなくなった。


〈とじこめられちゃった〉

〈わたしは!むじつです!!〉

〈うったえるからなぁ!!〉


「お父さん、ごめんなさい」

「ダリアは何も悪くないだろう。悪いのは人攫いしようとした奴らだ」

「でも……」

「アイリスは楽しそうだったぞ」

「そうなの?」

「私が彼女の商人の道を途絶えさせてしまったからな……」

「どうして?」

「貴族は平民を使い、平民を守らなければならないからだ」


 お父さんの顔は寂しげだった。


「ロイクが皆と仲が良くないのはロイクが貴族だから?」

「アレはロイク自身の問題だろう」


〈ロイク残念〉

〈ゲリーも残念〉

〈アイリスも残念?〉

〈マーガレットが無敵!〉


 そんな気がしなくもない。



―――



〈小さい鳥がうまれた〉

〈『地』がキラキラしてる!〉


〈うたがたりない〉

〈みんなでうたう?〉


〈ふよふよ浮いてる子供がいる〉

〈あっちあっち!〉


〈近くでキラキラしてる〉

〈きれいだねぇ……〉


 私の日常は変わらなかった。

 体調のいい日は中庭で日向ぼっこしたり、森の中に開けた土地で魔法の練習をしたりしてその間に歩いたりして運動する。最近やっと肉体強化のやり方が分かってきた。

 そして小さい私もおねえちゃんと呼ばれるようになった。


「おねえちゃん。おはなあげる!みんなでつんできたの」

「ありがとう!押し花にするわ」

「おしばな?」

「一緒に作りましょうか」


 私は大人になったらロイクと結婚する。結婚したらこの子たちを守らないといけないんだ。


 それから私はロイクの隣に立てるようになるように、家族を守るために勉強するようになった。力仕事が出来ない分、座りながらできる縫い物や編み物、時々お父さんの仕事の手伝いもした。

 お母さんはそんな私を見て複雑な表情をしていた。


〈『闇』に人がいっぱい〉

〈大きな人が来た〉

〈食べ物が少ないねぇ〉

〈でも太ったお貴族様がいる!〉


 ガーベラお姉ちゃんが学校から戻って来た頃、お隣さんは恋をしたことがあるのか聞いてみた。恋愛小説を読んでいた時だった。

 お隣さんには旦那さんがいたようでで、旦那さんではなくツガイと呼んでいた。お隣さんにとってその旦那さん以上の人はいないらしい。


〈このうらぎりものぉ!〉

〈あんなに愛してたのに!あのことばはうそだったのか!?〉

〈あなたのせいよ!〉


〈あのお店いいにおい〉

〈いいにおいだけど、人が来ないねぇ〉

〈おいしくないのかなぁ〉


 私はロイク以上の人はこれからも見当たらないだろう。だからそれでいいと思ってた。

 けれどあの人の心にはいつも女神様がいる。

 もし女神様がロイクの前に現れたら、私の前からロイクがいなくなってしまうのではないかと不安になった。


 私は久しぶりに体調を崩した。

 こんなんで私は生きていられるのかな、ロイクやみんなに迷惑かけちゃうな、でもいっそ死んだ方が彼のためになるんじゃないかな、なんて思っていたらお隣さんからの声が聞こえてきた。


〈生きなさい。生きてあがきなさい。私が気に入ったあなたが死ぬなんて許さないわ〉


 なんだか両腕を引っ張られたような気がした。

 姿も見えない、もしかしたら私の妄想かもしれない人からこんなに励まされるんだと思うとおかしくて笑ってしまった。


 しばらくして学院にいるロイクから贈り物をされた。連絡用の魔術水晶だ。お姉ちゃんがロイクに手紙を送ってくれたらしい。

 こんな高価なものをと思ったけれど、ロイクの顔が毎日見られるのは純粋に嬉しかった。


〈『光』がきらきらしてる〉

〈きらきらしてる〉

〈いっぱいきらきら〉


 それから数日後、お父さん達からあることを教えられた。

 お父さんの話によれば、私は赤子の時にロイクの実父に抱えられて孤児院に来たのだそうだ。

 その人が今まで拾った孤児を孤児院に連れてくることはあったけれど、私の時だけは預かった経緯も何も言わず預けてきたので、とても言えない事情があったのだろうとのことだ。

 ロイクの実父の隠し子であることを疑ったようだけど、それは当時本人から否定されたという。少し複雑だ。


 なぜそれを今話したのかというと、最近その親の親戚を名乗る人が私を引き取りたいと言ってきたから、私が身を守るためにも今のうちに話しておこうと思ったらしい。

 私は一体誰の子なのだろう。


〈ロイクがかえってきた!〉

〈ロイクひさしぶり〉

〈おかえりぃ!〉


 ロイクが学院を退学して戻ってきた。

 退学した理由をロイクは何も教えてくれなかったけれど、お父さんは「君を守りたかったんだろうな」と、お隣さんは〈あなたのせいじゃない〉と言った。私は何が何だか分からなかった。


 貴族は外聞を気にするらしい。そして孤児は卑しい身分だから恥ずべきだと知った。だけど学院を退学したロイクは白を切っていた。


 しばらくお隣さんは私に話しかける事は無かった。


 そんなロイクは今の私を見て驚いていた。協会での仕事を私が一部手伝っていたからだろうけど、私がやっていたのは簡単なお金の計算だ。実際やってみると内容を理解すれば子供でも出来るものだった。

 それなのにロイクは心配そうに私のことを見ていた。


「ダリア、無理していないか」

「無理は……していないと思う。今のところ倒れてないし、こうして時折休んでいるから」

「……お前の身体が心配だ」


 大きな手の指先が私の首元の触れられる。学院で学んだのだろうか、脈を測るような触れ方だった。

 ロイクが帰って間もない頃、私はお姉ちゃんから「ロイクがいた方がダリアの体調が良い」と言われた。それくらい私はロイクの事が好きらしい。私はなんともないのにどうしてみんなは私の心配をするのだろう。

 私はロイクの手を取り、両手で包み込む。


「私は、ロイクが大好きよ」

「ダリア」

「この家のみんなのことも大好き。だから、大好きな人のために頑張ろうと思ったの。それはおかしな事なの?」


 否定の言葉を言われそうになるのを私がすぐに被せて続けた。


「ロイクが誰を好きであろうと、私がロイクと家族でありたいって思うのは、ロイクにとって辛いこと?」


 ロイクとの恋を望んではいけない。でも私が彼を愛したいと思う感情までは捨てたくない。捨ててはいけない。だって私は間違いなく彼のことを愛しているから。

 今のロイクを見ているとそんな気がしてならなかった。


 そう思って顔を上げて見たロイクの顔は迷子になっていた。こんなにも弱弱しい彼を見るのは久しぶりだった。

 だけど私がロイクになんて声をかければいいのか分からない。


「ロイク……?」


 中々ロイクが話してくれないから、私は更に彼の顔を覗き込もうとしたら強く抱きしめられた。


「すまない……しばらく、このまま……」


 心地いいのにとても苦しい。

 学院で何があったのかは分からない。けれどロイクが私の為に何かをして、それが原因で退学になったことを察していた。


 ロイクは優しい人だ。だから私が女神の代わりになるなんて狡くて烏滸がましいことは言えなかった。


 けれど、私が髪を伸ばしている理由をあなたは知っているだろうか。私が努力している理由をあなたは理解してくれるだろうか。その理由を知ったらあなたは私のことを将来の妻として愛してくれるだろうか。いいや、きっとそれは私の知るロイクで無くなってしまうから望むことは出来ないか。

 そんな思考が頭の中で何度もぐるぐる回っては自分勝手に傷ついた。


 私は何度も失恋をすればこの痛みはなくなるのだろう。


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