母よ、輝く心の喜びよ - 7

とある女

――――――


 眠りから覚めた時、隣ではわたしに背を向けて横になっているナルシサスがいた。

 首元をさすれば首輪は既に外されていたのでほっと安堵する。

 わたしは己の髪を一束掴み取ると、持っていたナイフで根元から切った。それを自分の握りこぶし二つ分くらいの大きさの虹色に光る魔石に変える。

 今度は不自然に切れた髪が気になり、全ての髪を一気に切り落とすとそれをナルシサスの横に置いてその場から去った。

 魔石と髪はわたしを殺した証拠にでもすればいい。遺体がないのでわたしが逃げたことはすぐにバレるだろうが。


 洞窟を出て何処に行くか、真っ先に考えたのはあの島だった。

 帰ろう。そこで今の弟妹達がどうしているのかが気になる。


 それからの生活はひたすら南へ向かって逃げるように旅をする日々だった。


 知らない間にこの土地の王を名乗る者達同士で戦争をし始めたらしい。

 というのも、ここ数年魔石の採取量が減っていたようで、魔石の鉱山の場所を取り合っているのだそうだ。

 それでも唯一、魔石の採掘量が多かったのはわたしが眠っていた地域のようで、すぐにその場所は取り合いになり戦火に包まれたらしい。


 わたしは南に向かい、町を転々と変えて旅をした。

 自分の髪を代償に自分の魔力を凝縮させて作った魔石を売ればその日の銭はすぐに儲かったが、何処の国も魔石を求めていたためわたしのことを探しているという噂を知り、表立って行動することが難しくなった。


 色んな魂の色が行き交う町の景色はみんなどこか淀んでおり、不安に満ち溢れていた。もうじきこの場所も戦火に包まれるのだろうか。



「申し訳ないねえ。手伝ってもらって」

「いいえ、わたしも住む場所に困っていたので」


 わたしは山奥にある村で世話になっていた。夫に先立たれ、子供も何年も前に巣立ちして一人暮らしをしていた老婆と同居している。

 表立って動くことができないので、魔術の研究も魔石の生成もできなくなったが、たまに狩りで鳥や魔獣を狩れば喜んでもらえた。この生活はとても穏やかだった。


「でも本当に大丈夫かい?顔色が悪いよ。……月ものは来ているのかい?」

「いえ、わたしは、元々……」


 あの日の夜が脳裏に過る。わたしに心当たりがあるのを察せられた老婆に押し切られて村の産婆の元へ連れていかれた。

 結果は考えたくもなかったものだった。


 つわりも酷く、ろくにものが食べられない。

 自分の身体が勝手に作り変えられている感覚がとても恐ろしく思えた。


「一応聞くけど、家族は……旦那はいないんだね?」

「……相手は……北にいる遊牧の民です……あちらは争いが激しく、今は生きているのかもわかりません」


 だが私の容姿は北の方のそれではないことが気になっているのだろう。

 間違いではないが色々誤魔化している所があるので騙しているような気分になった。

 わたしの表情からなにか汲み取ってくれたのか村の者たちは納得してもらえた。村の女たちは訳アリのわたしにとてもよくしてくれた。


 だけど本当は降ろしたくて仕方がなかった。


 隙を見て堕胎薬を作ろうと思ったが、村の者たちからの見守りという名の監視の目が意外と多く、薬草を摘みに行くことも出来なかった。


 それに女たちは自分の子供が来ていた服を次々と持ち寄ってきては、まるで自分の孫を待ち望んでいるような雰囲気にわたしは気圧されてしまい、とてもじゃないが降ろしたいと言えなかった。


 気丈に振る舞うことも難しくなり、情けなくも泣き出すこともあった。

 その度に女たちからは出産前で精神が不安定になっていると思われたようで、それを知らなかったわたしは監視が強い割に放置するのは酷くなかろうかと思ったりもした。


 母もこんなふうに気落ちしたりしていたのだろうか。いや、あの人はあれでも自ら望んで産んだのだから悩む事なんて無いだろう。


 大きくなったお腹を見てわたしは腹ボテになった母を思い出した。母は己の力で理想の子供を作り上げていたようだが、わたしは到底そのような芸当は出来なかった。


 体調も安定し、お腹が目に見えて大きくなった頃、わたしの魔法で胎にいる子供は双子だというのが分かり、あの白髪の二人を思い出した。


「双子のようですね……」

「そんなこと分かるのかい?……でも確かにこの時期にしては大きなお腹だねぇ」


 何も知らない老婆は大きくなったお腹を愛おしそうな目で撫でてくるが、ここまで父親に似なくてもいいだろうにと思う。しかしこの子らはいつまでわたしの腹の中に居座っているのだろう。

 気落ちするのは未だに治らないが、もうここまで育ってしまうと降ろそうという気も無くなってしまった。


 死ぬほど苦しい思いをして生まれた赤子は双子の男の子で、一人は水色の瞳を、もう一人は金色の瞳をしていた。二人ともわたしと同じ黒髪だった。

 こんなところでナルシサスは兎も角、ネモフィラの血を感じるなんて思わなくて、どうしようもなく涙が流れた。


 魔法を持つ者はみんなあの母の血が流れているのだと、思い出したのはこの時だった。


 子供のこともあり、妊娠が発覚してから森に出かけられなくなったわたしは、こっそり畑仕事を装って田畑に己の魔力を注いだ。

 匿ってくれたお礼だ。何も出来ない分、村の恵みが増えるようにと願った。


 出産してから二ヶ月程経った頃、村周辺の雰囲気が悪くなっていった。見知らぬ者をみかけるようになったので村人たちが警戒し始めたのだ。

 ある日村の人間にわたしと同じ容姿の女を探しているが知らないかという質問を、見知らぬ者からされたという。

 目をきょろきょろと泳がせ、わたしの姿を探す子供たちを見て、わたしはここには長く居すぎたなと少々後悔した。



―――



「お婆さん、ごめんなさい。わたし、明日にでもこの村を出ていきます」

「行くって何処に行くんだい!?子供もまだ小さいだろう?」


 子供も首がすわり切れていないのにと引き留められた。しかし村のみんなでわたしを匿ってもらうのにも限界があることは分かっていたし、近いうちにこの周辺も領土を求めて争いが始まることも予感していた。


「あなた達に危険な目に遭わせられない」


 老婆は怯えるような表情をし、反対の言葉を言わなくなった。わたしはその日の晩に子供二人を抱えて村を出た。


 出発する前に子供達には眠りの魔術を与え、ひたすら森の中に漂う魔力を頼りに歩みを進めた。

 本当は子供は捨て置こうか迷ったが、昔の母が脳裏をかすめたので捨てるのはやめた。世話になった老婆に押し付けるような形になるのは申し訳ないし、この子たちの能力がはっきりと分からない現状でこれからどんな影響が及ぶかも分からないからなどとたくさんの言い訳を頭の中で作った。

 長時間歩くのは久しぶりの脚で筋力が足りない中、わたしは魔力でひたすら強化して夜通し歩き続けた。今の季節が春で本当に良かった。

 峠を越え、近くの大きな町に着いた時には既に日は登りきったお昼前で、もう既にわたしの知らない言葉が所々行き交っていた。


「あうあー」

「はいはい、人が多いですねー」

「うぅー」

「お腹空きましたか?」

「きゃうあ!」

「あうー」

「もうちょっと待ってくださいねー、宿まで行きましょうねー」


 日が出た辺りから子供達も目を覚まし、わたしの顔とお互いの顔を見合わせていた。


 双子とは不思議なものだ。お互いを認識するだけならまだしも、喃語だけで会話のような、交信のようなやり取りをしている。

 お互いなにも知らないから通じないはずなのに、会話が成り立っているように見えるのだ。


 まさか既に魔法が覚醒しているのか?とも疑ったが、わたしの目で見る限りでは心を読むような魔法を持っているようには見えない。

 もし持っているならわたしにおしめの交換やお腹が空いたタイミングを泣き声以外で知らせて欲しいものだが。あの民の者たちも喜怒哀楽の感情がまだ成り立っていない赤子の感情を読み取るのは難しそうだった覚えがある。


 手持ちで残っていた銭で安い宿を取り、ようやく一息つく。ベッドの上に寝ころんだ子供達を見下ろした。


「母さまは眠りたいのですが二人はおとなしくできますか?」


 わたしの言葉を聞いても子供たちはきょとんとした顔で見ている。聞いてみただけだ。理解できないのは分かってた。しかし夜通し歩くのも流石に疲れる。

 また二人に眠りの魔術をかけてもいいのだが、眠り続けるのも体に良くない。わたしがまとまった眠りを取るためにも二人には昼間に体力を消費させておきたい。わたしのためにも。

 と言うわけでこの子たちには夜泣きせずぐっすり寝て欲しいのだが、出産してから経験上こういう時ほどよく目が覚めるのだ。


(明け方に出立しましょう……)


 どちらにせよここには一泊しか泊まれない。宿の人間に井戸の場所を教えてもらうとわたしは夜に向けて二人のおしめを洗った。

 こうした世話は母親一人で行うのは苦労する。あの村では本当にあの老婆に助けてもらったものである。


「そういえば、あなた達の名前を呼べてませんでしたね」


 わたしは周囲を確認してから地面に手をかざすと二輪の花を咲かせた。


「青い目のあなたは『待雪草スノードロップ』、金色のあなたは『鈴蘭水仙スノーフレーク』。覚えておいてください」


 母はわたしの名前を呼ばない代わりにわたしに花を渡した。これが二人にとってわたしからの呪いになるとどうなるか分からない。


 そういえばわたしは父からなんて呼ばれていたのだったか。


 一夜明けてからすぐ、宿を出たわたしはひたすら南に向って歩き続けた。

 町を抜け、また山道に入ると見覚えのある景色が広がった。ここら一帯の地形はどれくらい時間が経とうとも案外変わらないものなのだなと感じた。


 その頃から身近にある魔力を吸い取れば生き長らえることができることに気付いたわたしは、また魔術への研究意欲が湧いてきた。


 そのたびに自分の髪を代償にして作った魔石が必要になったため、ついでと言わんばかりにこの辺りからまた自分で作った魔石を売るようになった。

 今度は敢えて属性の偏った質が悪く、わたしの親指くらいの大きさのものを売ったが、それでも一つ売れば二日分の安い宿代を賄えるくらいだ。はじめからこうすればよかったと少々後悔した。

 とはいえ、ここまで高いということはこの地域も獲れる魔石が少ないのだろうか。


 休み休み歩き続けて一ヶ月。

 野宿を繰り返す度に必要だと思った魔術を片手間に開発していけば、その旅路も徐々に楽になっていった。

 楽になり心に余裕を持ち始めた頃、時折子供たちには光の魔術を使って見せれば、物珍しそうに目を泳がせてたり、きゃっきゃとよろこぶ素振りを見せていた。わたしもこの子たちを産んでからずっと魔術を使ってなかったので、思わず頬がほころぶ。


 子供達もようやく首のすわりが安定してきたため、片方を背負えるようになってきた。


 わたしが見せる魔術に喜んでいるのを見て、この子たちにも早いところ魔術の指南をした方がいいだろうかと考えた際、親馬鹿になっていた弟妹達を思い出したわたしは、複雑な感情を抱いたのだった。



―――



 北側の言葉が通じなくなった辺りで向かう方角は南から西に変えていた。気候も山道を歩けば薄着で汗をかくくらいには温かく感じる地域になる。

 そして更に二週間歩き続けた頃、ようやく海が見える街に辿りつく。

 行き交う人々も肌の色や髪の色が濃い者が多くなり、若干の発音の変化はあれど島の言葉が伝わるようになってきたことに安堵した。


 やはり南に向かえば向かうほど新種の者達が多くなっており、彼らも対等に交流しているようだった。


 潮の香り、青い海。水平線の向こうにはほんの少しだけあの島の影が見える。

 懐かしさで目を細める。


「二人とも見えますか。あれが母さまの故郷です」


 赤子なのでまだ視力が安定していない今は見えていないのだが、二人に見せたくて仕方なかった。


「あの島に行きたいのかい?やめときな。あそこは年がら年中種族間の縄張り争いで治安が悪いんだよ」

「そうなのですか?あそこはわたしの生まれ故郷なのですが……」

「そうか……でもお前さん、あちらに伝手がないんだろう。近くの子連れでも住める家とか仕事は紹介するからさ、この町で暮らしときなって。ここも治安が良いとは言えないが少なくとも向こうよりは安全だ」

「そんな……」


 この町の案内所に問い合わせても島の方へ向かうのを良しとしない。

 仕方ないので港の船着き場で見つけた白ひげをたくわえた船長らしき男に金を持たせると「乗せるだけだよ」と言ってどうにかこぎつけることができた。


 大量の物資を乗せた商船は帆を上げて沖の方へ進みだした。


 甲板で海の上を眺めていると、乗り合わせた商人らしき者から話しかけられ、ぽつぽつと世間話をした。


「おめぇさんも難儀だなぁ。赤子二人と一人旅なんて」

「夫が死んだので、行き場がなくなっただけですよ。ここまで来たのも永住するなら故郷がいいなと思っただけなので」

「へぇ……なら手持ちも少ないだろう。あっちに着いたら一回くらいうちの部下で荒稼ぎしてもいいぞ?」


 一瞬何の話かと思ったが理解すればすぐに眉を顰める。子供を背負っているのに下世話なことを聞かせないでほしいと思ったが相手はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 わたしはポケットからあらかじめ作っていた黄緑色の魔石を取り出して見せびらかせば、商人は目を見開いてはすぐに自分の財布を取り出した。お買い上げありがとうございます。


「嬢ちゃん、これはどこで手に入れたんだ……?」

「ゆく先々で魔獣を狩って貯めていたのです。国によって通貨が変わるから、モノで残しておいたほうが都合がよかったのですよ」


 商人はまじまじと買い取った魔石とわたしを見比べては「見た目にしちゃあ、案外強いんだなぁ」と関心する。前と後ろで抱えていた子供二人は返事するように揃って「「だ!」」と声を上げたので思わず商人と一緒に笑ってしまった。

 売った魔石は鶏の卵くらいの大きさだ。それでいて混じり気のない単一属性の魔石なのでそれなりに強い魔獣を狩ったことになる。

 商人がほくほく顔で魔石を自分の部下に渡すのを見送ると、周囲の船員も遠目でこちらを見ていたらしく、目を合わせればそそくさとその場から退散していた。これでわたしを舐めてかかる奴はいないだろうと内心安堵したのだった。


 日が沈んだ頃、もうじき島が見えてきた辺りでスノーフレークが泣き出した。


「フレーク、どうしましたー?もうじき着きますからねーもう少しの辛抱ですよー」

「びやぁああああ!!!」

「困りましたね……」


 おむつかご飯かと手探りであちこち触れてみるがなぜ泣いているのかが分からない。魔法で感情を探ってもただ『怖い』という感情だけが伝わってくるだけだ。

 眠りの魔術をかけてもいいのだが、流石にこの甲板で目立つことはしたくない。背中でもスノードロップが同調するように泣き出した。


 見張りの方から何か叫び声が聞こえ、周囲の船員達が騒ぎ始める。わたしは空を見た。

 空から大きな魔力の塊を認識した瞬間、ドカンと大きな音が響き渡った。


「敵襲ー!!」

「大砲を出せー!!」


 大砲が近くまで撃たれ、衝撃で船が大きく揺れた。突然のことにわたしは同様して船員とぶつかってしまう。


「邪魔すんな!」

「ごめんなさい――ドロップ!?」

「びえ"ぇえ"ええ"ええ!!」


 背中で背負っていたスノードロップが転んだ拍子に床に放り投げられるように転がってしまう。


「あぁ"あ"あ"ああ!!!」


 不安定な足場でスノードロップの服を掴んで引き寄せるが波で甲板が濡れていたので衣服も湿ってしまった。


「嬢ちゃん危険だ引っ込め!」


 商人がわたしの腕を掴んで船内に入る。倉庫のような場所で一息つくと、わたしは商人に問いただした。


「これはどういうことですか!?」

「どうせ島の奴等の仕業だ!ったく、向こうが物資寄こせって言ってきたくせに妨害しやがって!」

「なぜそんなことを!?」

「俺だって知らねえよ!船の奴らも奴らだ!敵の船が見えねえんだとよ」

「見えないのですか?さっきのあれは――」


 空から降ってきた魔力をわたしは確認していた。まさかと思い、わたしはすぐに子供達を降ろし、洗浄の魔術を展開して子供達を衣服ごと丸洗いした後、乾燥の魔術を使って一瞬で乾かした。どれも旅の最中に作った魔術だ。


「はい、きれいになりましたよー」


 二人のお腹をぽんぽんと叩いた頃にはすでに二人は泣き止んでいた。

 わたしの上に着ていた外套をこの子達をまとめてくるりと包み込む。

 魔術を知らないのか、知らない魔術を見て驚いているのか、一連の流れにぽかんとした顔でこちらを見る男にわたしは目を向ける。


「わたしの目は特殊ですので役に立つでしょう。様子を見に行くのでこの子たちをお願いします」

「はぁ!?お願いって嬢ちゃん!!」

「すぐに戻ります」


 すぐに甲板に出て目を強化する。

 やはり数体分の生物の魔力が見えた。鳥系の獣人だろうか。上空を飛びながら魔法を使っている。ただ周辺が暗くて見えないだけで、姿をくらます魔術を使っている訳ではないようだ。

 どこから飛んできているのか分からない攻撃に混乱している状況で見えない敵に向って大砲を無駄打ちしている。敵の思うつぼだ。


「この船に防御する術はないのですか!?」

「知るか!女は邪魔だ引っ込んでろ!」

「あなた方の目は鳥目夜盲ですか!?敵は上空にいるのですよ!?」

「!?」


 船員の一部は魔力で視力を強化したのかすぐにそれに気付いた。

 また空から攻撃の気配を感じてすぐに手を上に向かって振れば一閃の光が攻撃を跳ね返し、上空の敵に揺さぶりをかけた。


「あんなのから避けろっていうのか!?その辺の海賊より厄介だぞ!!」

「いなすくらいなら出来るでしょう!?その間に逃げ切ってください」

「嬢ちゃん頼んだ!」

「はぁ!?」


 こうなるなら見せなければ良かった。船員達は持ち場に戻る中、わたしは今も尚空を飛ぶ敵を眺めた。


(面倒ですね……)


 今夜は島に上陸できないだろう。というかこんな者達がいるような島に近づこうとも思わないはずだ。

 わたしは魔力を飛ばして彼らに攻撃を仕掛けるが、一瞬で避けられる。流石に同じ手は効かないらしい。

 炎、水、風、岩。様々な攻撃をして彼らを撹乱させた。

 空を飛ぶ敵のうち一人がこちらに近づいて来たが、ようやく船の防御魔術が発動したのかすぐに弾かれる。わたしもようやくこの船も体制が整ったことに安堵した。


 改めて魔力で強化した目で彼らを見るが、わたしの見覚えのある顔は見つからない。対話を試みたいところだが、この船長はどうするのだろう。


 ようやくひと段落したのを眺めるわたしに商人が扉の隙間から顔を出してこちらの様子を伺いながら手招きをしていた。


「嬢ちゃん!終わったんなら早く来てくれ!ガキが泣いてんだよ!」

「おい、おっさん!今は外にでちゃ――」

「――あ」


 ぐらりと船が傾く。波もなく動いた船はまるで見えない何かに掴まれているようだった。

 垂直に船が傾き、甲板にいた船員は一気に海へ落ちていく。わたしも端の手すりを掴んで抗うが、扉を掴みながらわたしに手を伸ばす商人の手が遠い。

 遠くから子供が泣く声がする。早く迎えに行かないと。


「ドロップ!!フレーク!!」


 子供の名前を叫ぶ。縄か、鎖のようなモノが欲しい。いや、引き寄せたところでこのまま海に落ちてしまったら沈没してしまう。空を飛ぶ魔術はまだ研究中だ。どうすればいい。必死に手を強化するが、手すりを掴む手に汗がにじみ、手が滑る。


 さらに上にいる今まさに空を飛んでいる敵を見てわたしは目を見開いた。

 船の明かりが強く照らされると、鳥族だと思っていた彼らは、翼はコウモリのようで、脚はワニのような、トカゲのような鱗を持ち、かぎ爪を持った見たこともない人種だった。

 それだけなら別にわたしはここまで驚かなかっただろう。

 ただ、彼らは驚く程誰かに似た赤い髪と目をした者達だったから。


 ――母さま?


 驚いたせいで手が緩み、身体が空に放り込まれる。

 落ちる最中、宙に浮いていた船はぐしゃりと握りつぶされるように粉々になった。

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