無情な世界にひたむきな愛を - 2
クライアン
―――
蘭暦266年(女神暦2065年)4月。
北方地域の方がきな臭くなり、ターゲス中隊長は北方地域にいるとある領主とひっそりとやり取りすることが多くなった。
その領主は貴族にしては珍しく王宮に関することに無関心な中立派の人間だった。聞けば昔魔術学院を退学してから一度も王都に行っておらず、社交界からは姿を消しているらしい。
特に最近は近隣の領地に移動するだけでも一苦労だから、自領で全て自給自足をしている状態なのだという。なるほど確かに関わりやすいと思った。
しばらくして彼の領地へ踏み入れる許可を正式に貰い、こちらとしても活動しやすくなった。
「わあアコナイト、髪型どうしたの!?似合ってるね」
「あ、ありがとうございます」
情報部へ出向していたアコナイト、他の隊にいたトバイロンとヴェロニカがターゲス中隊長のいる隊に戻ってきた。
アコナイトは元から三ヶ月と決まっていたが、他二人も戻ってきた理由はターゲス中隊長の引き抜きだった。アコナイトは出向前からクーデターの件を知っているため第二部隊の情報は時々送られてきていた。
「芋くさいお嬢様が、なーに色気づいてんの。私の方はお洒落することなんて出来なかったのに」
「髪切っただけよ。それにヴェロニカは出来なかったんじゃなくてしなかっただけでしょ。そのベリーショートも毎日乾かすのが面倒だからそうしてるって言ってたじゃない」
「あ?」
「こら、喧嘩するな」
確かにアコナイトの髪は黒髪を編み込んでまとめていた。今は肩までばっさり切っているようだが、こんなに毒々しいピンク色ではなかったはず。
「でも切っただけじゃないよね、染めた?」
「……今まで染めていたんです。これが地毛で……おかしいですか?」
「へーそうなんだ!前よりも良いと思う!!」
染めていたのは初耳だ。
アコナイトの髪色は自身のコンプレックスだったようで、目立つということもあり黒に染めていたらしい。確かにその色は戦地では目立つだろう。身元も明かされやすい。
褒められて嬉しいのかアコナイトは目を逸らし自分の髪を撫で始めた。よく見ると耳まで赤くなっている。自覚しているか不明だがアコナイトはトバイロンが好きらしい。
ちなみにヴェロニカの方を見ると自分の髪をいじりだした。
「ヴェロニカは伸ばせばいいんじゃないか?せっかくの金髪なんだから」
「ばっ!?別に気にしてないですし!」
「なんで照れてるのよ」
「照れてないし!」
もしかしてヴェロニカもトバイロンのことが好きなのだろうか。彼は基本馬鹿だが分け隔てなく接するし、こうして不自然なく女性を褒めるからモテるのだろう。罪な男だ。
「だからクライアンさんはモテないんだよ!」
「クライアンは良い奴だよ!?」
「トバイロンは余計なフォローをするな」
自分がモテないのはどうせ前から分かっていたことだ。
―――
蘭暦268年(女神暦2067年)5月。
第二部隊にいたアコナイトと共に改めて情報を共有した。
元々幼い頃から教育は受けていたとはいえ、彼女の情報収集能力はかなり優秀だった。本来なら第二部隊にいるべきなのだろうが、父親が大隊長をしているせいか彼女はあまり乗り気ではなかった。もしかしてそりが合わないのかもしれない。
ついでに任務の指令も貰った。
「でも四人で任務なんて久しぶりですね」
「お前らはお互いに喧嘩を吹っ掛けるなよ」
「あれはロニーが悪いです」
アコナイトは少々不機嫌そうなる。とは言いながらお互いあだ名で呼び合うくらいには仲が良いんだよなとため息を吐いた。
彼女の言う様に四人での任務は久しぶりだった。
「なあ、アコナイト。お前トバイロンのこと好きなんだろ」
「な、なんのことですか」
分かりやすいくらいに照れているが、もし敵との交渉だったら付け込まれているはず。コイツはとぼけ方を第二部隊で学ばなかったのか。
だが口でも魔法でも毒を吐く癖にこういうところだけは可愛げはある。
「別に否定も肯定もしなくていい。ただ、まあなんだ……他のことでも同じだが、他人を巻き込むことはしないで欲しい。男は基本的に鈍感だから、変な駆け引きはせず真っ向面から伝えた方がこじれないと思う」
別にアコナイトにアドバイスするつもりはなかった。だが何となく彼女は何も自分の想いを言わず終わる気がしたから。
だがこのアドバイスは余計だっただろうか。一応自分はアコナイトの教育係だったし気にかけるのは当たり前のことだが、彼女の想い人を言い当てるようなことをしてセクハラだと上層部に言われれば自分の居場所はない。少々後悔した。
自分の言ったことはやはり彼女にとって良くなかっただっただろうか、アコナイトは怪訝な顔をこちらに向けている。
「……アドバイス感謝しますが、先輩は私と同い年のはず。恋人とかいたことって」
「一度もないし作る余裕もない。いや、俺が言いたかったのは男が簡単に女心を理解できると思うなということで……」
「そうですか。見合い話も?」
「ない。俺の実家は使用人雇えるほどの余裕もない家だ。兄貴は後継者だから既に結婚してるが……」
それに軍にいれば死と隣り合わせ。所帯なんて持てても自分が死んだら家族が困るだろう。そう話せばアコナイトは関心したかのような顔をする。
「思ったより優しいんですね……」
「俺がいつ優しくないと思った」
「ただの臆病者だと思ってました」
「……臆病なのは否定しない」
守ってくれると思った人間はすぐに死んでしまう。特に最近は国を裏切った貴族の私軍との戦いが増えた。内から革命を進めようとしている最中に何度もトカゲの尻尾切りを繰り返しているこの状況だ。
彼女たちが入隊したばかりの時にアコナイトに媚薬をわざと渡してきた上官も、どうしようもないセクハラ親父だったが強かった。強かったはずなのに死んだ。
最近は他の部隊でも少年兵を起用するようになったという。敵に情けを吹っ掛けようとしてくるあたり少々軍内部でも戦況がしんどくなってきているのだろう。
「俺はお前らみたいに強くない」
「そんなはずは……!」
自分の魔法は攻撃の決め手に欠ける魔法だ。だから肉体強化は続けているが、ターゲス中隊長のように純度が高い血ではないので、魔法に勝るほどの筋力を作るにも限界がある。
階級なんてただの社会的序列。中隊長に気に入られいつの間にか少尉に上がってしまったが、戦場での実力は階級が下のトバイロンより弱かった。
「自分しか守れないのは弱い証拠だろう」
自分には人を守るなんて高尚なことを考える余裕はなかった。
―――
がたごとと馬車を走らせる道中、開けた乾いた土地を眺めながら自分達は束の間の雑談タイムに入っていた。
四人で向かう先は自分の実家。つまり西方にある
自分達の任務はこの領地における国道警備の確認と隊の中では周知している。だが何も知らない二人には申し訳ないが上層部には休暇と届けており、本来の目的は警備の確認ではなかった。
「クライアンのおうちどんなところかなー?」
「期待するな。砂漠だらけの田舎だし。特産品も石油だけだ」
「でも石油なんて魔石の属性も気にせず使える燃料なんですよねー?なんで普及しないんだろ」
この領地はろくな特産品がない。その代わり他の領地と比べて石油燃料が湧いて出てくる場所だった。
石油を使った道具は魔石を使用した道具と比べれば手が汚れるし、定期的な手入れも必要なので使い勝手が悪く、あまり一般的ではなかった。
だが反面魔石を手に入れることが難しいこの領地では石油を使った道具が一般的で、魔術を使わない道具の技術は他の領地よりも発達している。(それでもやはり他の領地には売れないので貧乏には変わりないのだが。)
それに貧乏な田舎生活が嫌で軍に行ったが、やはり自分の実家だ。多少なりとも心配はする。
それに従軍してから定期的に家族と手紙でやり取りはしていたが、その手紙の中に、最近皇宮で働く姉妹たちとは連絡が取れなくなっていると記載されていると書かれていた。
皇宮から外部へ手紙を出すのに手続きに時間はかかるが、ぱったりとこないのはおかしい。
だから今回はうちの家族にこの領地を守ると約束する代わりにその技術と資源の提供を依頼する予定だった。もちろんその分のお金も渡すつもりだ。
「単に便利か便利じゃないかの違いでしょう」
「アコ辛辣。先輩に失礼」
「す、すみません」
「事実だから別に気にしてない」
軍相手に嫌な顔をするとは思えないが、協力を仰ぐ分には問題ないだろう。
だがそんなぬるい考えが自分たちを苦しめるとは思わなかった。
―――
「うわ、歓迎されてるし……」
「楽しそうだね」
「お前はここでも暢気になるな!」
油断した。まさか自分の家が敵の支配下だなんて思わないだろう。領地がレジスタンスの配下になっているなんて情報はどこも掴んでいなかったのに、邸に入れば家族が全員殺されていることが発覚してから後は早かった。刺客から逃げれば周囲は完全に包囲されてしまう。
しかもろくに雨が降る地域じゃなかったのに生憎雨天で足元が悪い。
「トバイロン!」
「っ!」
トバイロンの魔法は炎。この雨では不利なのでひたすら自分の魔法を使って勢いが落ちないよう攻撃そのものを瞬間移動させる。
『クライアンの魔法ってかっこいいよね』
『底なし鞄のようなものだぞ』
『だって、攻撃を空間に仕舞っている間はその勢いもそのままなんでしょ?つまり』
『攻撃されても攻撃し返すことが出来る』
『そ!』
『使う機会があればいいんだけどな』
まさか二人でこっそり考えた必殺技がこんな形で役に立つなんて思わなかった。魔法を同時に展開できるよう訓練を重ねた甲斐があるものだがこのやり方は慣れたものではない。
ひたすら彼らの援護をしながら自らも体術で攻撃を避けるのは魔力も体力も消費される量が違う。
「アコ!アンタ毒でぶわーってできないの!?」
「できたら苦労しないわよ!」
アコナイトも自分の魔力を放出させれば自分達にも影響が出ることを懸念したのだろう。
いつもなら毒針やナイフなどの暗器に毒を纏わせて戦う、彼らの着ている服が何かしらの魔術がかかっているのかナイフが全て弾かれている。
それに加えて洗練された動き。貴族の私軍でもここまでの実力の高い精鋭部隊がいるなんて聞いたことがない。多種多様な人間が集まるレジスタンスの奴らとは違い、人形のように操作されているかのような連携された動きに自分達は押されていた。
炎は雨で鎮め、毒は魔術で弾く。まるで彼らが自分らの手の内をよく知っていて、自分達が有利に動くように準備をして来たかのようだった。
しかも戦闘が始まってから真っ先に狙ってきたのは自分。今も尚自分を中心に狙っているのはきっとこの魔法を恐れてのことだったのだろう。
ゴロゴロと空が雷鳴をあげる。ヴェロニカは空を見上げニヤリと口角を上げるとその場で自分に向かって声を張り上げた。
「空に飛ばして!」
「あぁ!」
その場でジャンプした彼女を上空に瞬間移動させる。
彼女が剣を上に付き上げては空に向かって自分の雷を上に飛ばすと、呼ばれたかのように彼女に向かって上空から雷が勢いよく落ちてきた。
ヴェロニカの体を纏う雷がバチバチと音を立てながら魔力に変換されていく。敵は彼女が落下する瞬間を狙って魔法で攻撃を仕掛けてきた。
「ロニー!」
「あっぶな!?」
ヴェロニカは雷の魔法を使って避げながら地面に着地すると、また雷を落として近くにある木を燃やした。
それを見逃さなかった自分はすぐにトバイロンを近くへ瞬間移動させ
雷電を帯びたまま彼女は直接敵に体当たりをして感電させる。だが彼女には男を倒せるフィジカルが足りなかった。それを見越してトバイロンが感電した敵を殴り倒す。
そしてそれを止めようと別の所から追ってきた拳をアコナイトが直で掴み止めた。
「――母様の真似なんて本当はやりたくないんですよ。疲れるから」
「っっぁあああ!!!??!」
彼女の毒が敵の防護服を勢いよく溶かして肌を焼いていく。あの防護服は鋭利なモノで触れる時にだけ反応する仕様だったらしい。
周辺にいた敵が武器を持ってアコナイトに向かってくるが、彼女は自分の向かってきた武器も飛び道具も一瞬でじゅうと音を立てて溶かしていった。
以前彼女から説明された家の話が脳裏によぎる。
『私の母は混血なんです。昔は王宮の隠密部隊に所属していました。でも父も母も人族なので私は純血で魔力もそんなに無くて……』
ベノム家は丈夫な体を欲するはずの騎士一族でありながら純血主義ではない。
程よく他種族の血を混ぜ、その
彼女のその毒々しい髪の色はベノム家が培ってきた努力の結晶だった。
「お前ら!魔法をこちらに向かって撃て!」
「「「!?」」」
だが自分を信じてくれたのかやりたいことが分かったのか、三人はそれぞれ自分に向かって攻撃した。
自分の魔法は【
三つの攻撃を自分の作った空間へまとめて閉じ込め、敵を全員同じ場所に終結させて結界を作って包囲させる。そして彼らの攻撃を敵側に向かって展開しぶつけ合うように放てば一気に爆発した。
一か八かの手段が成功した。ようやく終わったと安堵した拍子に魔力切れでふらりと倒れそうになった。
「クライアン!!」
トバイロンの声がする。最後っ屁か、敵の攻撃が自分に向かってきた。
まずい避けるなんて余裕どこにも――。
「まに、あった……」
目の前で血しぶきが花火のように弾けた。
自分はトバイロンの体を受け止めたものの、状況が追って理解していくうちに自分の血の気も引いてきていた。
彼女たちもすぐにトバイロン達に向かって走り出し、応急処置を施そうとするがそれよりも彼の出血量が多かった。その傷は心臓にまで達していたのだ。
「みん、な……」
「すぐ止血剤を出しますから!」
「もう、無理だよ」
「諦めないでよ!せっかく……せっかく……っ!」
アコナイトが止血剤を魔法で生成し、ヴェロニカが必死に傷口を抑えて止血を試みる。自分も冷やさないように彼の服を脱がし、代わりに鞄からキャンプ用の乾いた毛布を取り出そうとした。だがトバイロンはそれを構わず手を伸ばしてアコナイトに手を伸ばした。
「アコ、ごめん、君の想い受け止められないや」
「そんなことどうでもいい!!貴方は生きることを考えてください!!」
「ロニーは、もっと強くなるよ、今日分かった。雷ってああいう使い方もあったんだ」
「せんぱっ……!もっともっと先輩と特訓したいんだよっ!!」
「クライアン」
「もういい、お前は喋るな!!」
「この国を、変えてくれるんでしょ。僕のことは、いいから」
「っ!?」
トバイロンにはクーデターの話を一度もしていない。直感が鋭い彼のことだ。彼なりにこの隊が何か起こすことを察していたのだろうか。
「平和にしてよね」その言葉を最後に彼の目が閉じた。彼の手が冷たくなっていくのを肌で感じる。
「っ……あ、あぁあああああ!!!!!」
どちらの叫びだったのだろう。二人はトバイロンの体に抱き着いて泣きじゃくる。
自分は彼の肩を握りしめたまま上を見上げることしか出来なかった。
―――
「お前は死ぬ覚悟があるか」
「ああいう奴ほど先に死んでしまう」トバイロンの殉職を報告した際にターゲス中隊長がこぼした言葉。この問いをする度にこの言葉が頭に過ぎる。
良い奴ほど死んでしまうと言いたかったのだろう。だってあれ程他人の幸福を望んだ人間は見た事がない。
なぜこの世はそんな人間程損をするのだろうか。だがそんな自問自答する余裕もないくらい慌ただしく時間は過ぎた。
自分らを襲った人間、結局彼らの正体は分からなかったが、アコナイト曰く皇帝直属の隠密部隊である可能性が高いと指摘していた。彼女の母親と動きが似ていたという。
それに自分達の動きを軍の内部に裏切り者がいるかもしれないということも問題に上がった。だが相手は皇帝の隠密部隊。現時点でこれ以上の調査をするのは危険だった。
「クライアン、お前は休め」
ターゲスからそう言われても自分は眠れやしなかった。だからアコナイトから睡眠薬をもらうようになった。彼女からは良い顔をされなかった。
食事をとっても味がしない。でも食べなければいけないことは分かっているから食べている。
「自分は、大丈夫ですよ」
そう無理矢理笑顔を貼り付けるが、疲れ切った顔は隠せなかった。
無理矢理部屋に押し込まれ、自分はベッドに座り呆然と目の前を見つめながらドッグタグを握りしめた。
『先輩が持っていてください』
トバイロンは平民出身だが難民孤児でもあった。
元々は南方地域にいたが住まう場所を転々と変え、最終的には東方地域の孤児院で暮らすようになったのだという。
黒髪は南方地域の人族によく見る特徴だ。平和な国にしたいと言っていたのはきっとあの争いを目の当たりにしていたからだろう。
しばらくすると部屋の中でノックが大きく響いた。
「クライアン先輩、ヴェロニカです」
「……あぁ」
自分の返答を待たずヴェロニカが入ってきた。そのまま自分の机にことりとマグカップを置く。
「蜂蜜とレモンを混ぜたレモネードです。飲めますか」
「後でもらう」
「と言いながら前も……なんでもないです」
「ごめん」
自分で振り絞った声はかなり弱弱しかった。簡単に後輩に弱みを見せてしまうくらい自分は弱り切っていた。
ヴェロニカはそんな自分の隣に座り、ポケットから封筒を渡してきた。
「あとこれを。トバイロン先輩の遺書です。私たちはもう読みました」
残りは先輩の分だけです。と言って無理矢理それを押し付けてくる。
皆で読みまわしたのか若干しわになっているそれに書かれている字は紛れもなくトバイロンの筆記だった。
手が少しだけ伸びる。だがあの最後の笑顔が脳裏によぎり自分はすぐに手を降ろした。
「俺に、そんなもの読む資格はない」
「遺したものを見て見ぬふりするんですか」
「俺はもう思い出したくないんだよ!」
ぱあんと乾いた音が響く。そして胸倉を捕まれ勢いよく体が持ちあげられる。
目の前の彼女は涙目になって怒りを露わにしていた。
「しっかりしろ、クライアン中尉!!アンタがそんなで誰が隊長を支えるんだ!!」
彼女の腕から力が抜けていく。堰切ったかのように彼女は涙を流した。
「トバイロン先輩、特訓中もアンタのことを褒めてました、憧れてました。貴方が隠し事してるって分かってても、親友だから信じるって、でも私は信じれなかった!!
先輩私より弱いのにアコとコソコソコソコソ話してて、アコも何も言わないし!私はトバイロン先輩と一緒に別ん所へ飛ばされるし!!
でもさっき中隊長に聞いて……っ!自分たちを守るために内密にしていた計画だったなんて思わなかった!!でも、でもっ」
あの人はクライアン先輩を信じてた。信じてくれた親友の思いの丈を見ないふりするのかと何度も何度も彼女は自分の胸をポカポカと殴りつけてきた。
自分はそんな彼女を引き寄せて、後頭部を撫でる。
「悪かった……読むよ……」
自分はそう答えることしか出来なかった。
―――
その後の時間の流れはあっという間だった。
蘭暦267年(女神暦2066年)9月。
騎士の称号を授かったヴェロニカが第一部隊に異動になった。王宮騎士団に配属されるからだ。
彼女が皇女の侍女が務まるかどうか甚だ疑問だが、アコナイト曰くアレでも良家のメイドとしての経験があるらしい。
もしかして追い出されたから軍に来たんじゃ無いのだろうかと口にしたら、聞き耳を立てていたヴェロニカに思い切り殴られた。立場はお前が上だが先輩なんだぞこちらは。
そんな彼女がこの隊を抜ける当日、少しだけ話をした。
「私ね、クライアン先輩のことずっと好きだったんですよ。先輩と一緒にいるアコに嫉妬するくらい」
肩まで伸びた金髪を弄り、彼女は頬を染めていた。
彼女の告白を受けて、今まで気付かなかった自分に未熟さを感じた。そして彼女に対して誠実でいられる自信がなかった自分にも。
「……すまない。君の想いに応えることは出来ない」
「わかってます」
だって、トバイロン先輩の事の方が好きなんですもんね。
冗談交じりに強がる彼女は自分の首にかけているドッグタグを見ながら苦笑する。
自分はトバイロンのドッグタグも身に着けるようになっていた。
ヴェロニカが少佐になり、王宮騎士団の団長になったのはその五年後だった。
蘭暦268年(女神暦2067年)7月。
「ジルベール、――の息子です」
ヤギ族のジルベールが配属された。まだ十二歳の子供だ。もちろん彼の両親は従軍に反対だったらしいが無理矢理志願して入ってきたらしい。
たまに己の実力を鼻にかけて従軍する人間はいる。これまでの人間と同様に彼もまた生意気な少年だった。
「ジルベール、この先は血なまぐさい戦だ。俺の親友も敵に嵌められて死んだ。俺を庇って死んだんだ。この先身近にいる人間、それこそお前の父親も、お前の未熟さを理由に明日には死んでるかもしれない。それでもお前は戦うか?」
子供は一瞬怯んだような顔をする。だがそれでも戦うと覚悟を決めたらしい。山羊族だがまるで小型犬が吠えるようだった。
今すぐ死地に送るつもりは毛頭なかったが、子供に難しく厳しい問いを投げかけるくらい自分は冷淡になったなと思う。
同年10月。
「アコナイト、その格好は……」
「自分の戦い方に合わせて戦闘服をカスタムしました」
急所を隠す努力をしないその格好に周囲の野郎どもは密かに歓喜していた。お前ら女性陣からの目が冷たくなっているのに気付かないのか。
アコナイトの魔力を全身に覆って戦うスタイルが定着してきたようで、出力する魔力を抑えるために最初は隊服を捲し上げていたのだが、面倒になったのだろう。
上半身はビキニ。下はショートパンツ。一応今戦闘服は肩から羽織っているが、完全に季節を無視した格好である。
全て対毒性のある素材を使用したらしい。にしても多少の服装が自由な傾向のある第二部隊でもそこまで露出のある格好をした人間がいるなんて聞いたことがないし、隣にいるターゲス中隊長も眉間に皺を寄せている。
「アコナイトの魔法を考えたら敢えて露出した方が効率が良いのか……?」
「そうです!」
「お前はそれで押し通すんじゃない!隊長も流石にこれはまずいですって!!」
折衷案としてそのビキニは戦闘時だけにして普段はきちんと上を着こんでもらい、足元はニーハイソックスを履いて露出を減らしてもらうことで終わったのだった。
蘭暦269年(女神暦2068年)4月。
レジスタンスのスラム街で人族の少女を保護した。
レジスタンスの中にいたということもあり教会の孤児院へ預けることは憚られ、ターゲス中隊長が内通しているカレンデュラ家に少女を預けた。
その際カレンデュラ次期当主と初めて会ったが、こんな人間が大勢の子供を育てているなんて想像できなかった。
―――
蘭暦272年(女神暦2071年)5月。
全ての準備が整った瞬間、血で血を洗う戦いが立て続けに起こった。
各地方領主の処刑、軍内部の抗争、殉職。
血だらけになった王宮内で、同様に血塗れになった自分達は忙しくなく動いている部下たちを遠目に眺めていた。
「……良かったのか、父親を逃がさないで」
「良いんです。どうせ思想の違いで争うことは分かってました。むしろお家芸にならずに済んで良かった」
第二部隊大隊長だったアコナイトの父親がターゲス中隊長によって殺された。
お互いに名前を名乗り、正々堂々と戦ったのをアコナイトが見守ったという。
そして皇帝から最期にアコナイトを
「……それよりも、アリスが心配です」
アリックス・ロータス。本名をアレクサンダー=アリス・フォン・ロータス。代々宰相を務めたロータス家の生き残りだ。
宰相は唯一皇帝の後を追うように殉死。ロータス家は一族全員彼の手で殺したらしい。
本人は自分の意思だと言うが、あの歳で同族殺しをさせてしまった自分たちにも責任はある。
「彼は自分の父親も殺す予定でした。ですが皇帝への本物の忠義を見て戸惑っているはず」
「……傍にいてやればいい。姉弟子だったんだろ」
アリスは物心付く前からアコナイトと共にベノム家で訓練を重ねていたという。もしこのような反乱が起きなければアコナイトとアリスが結婚する可能性もあったのだと思うと、ベノム家もロータス家も容赦ないなと思う。
だがまだ幼い子供だ。しかも何を思ったのか生き残った皇女を将来の妻として引き受けようとしているのだ。そのプレッシャーは重いはず。
「……いいえ」
アコナイトは先程久方ぶりに話した同期とのやり取りを思い出す。
『ヴェロニカ。戻るぞ』
自分の戦闘スタイルに合わせて作った戦闘服。恥じらいも無くなったそれを着て、かつての相棒と共にまた一緒に今度は血なまぐさい戦場とは違うところで、時にじゃれ合いながら共に戦いたかった。
だが彼女のその顔は、何もかも燃え尽きたかのように疲れきった顔をして、まとめていたのだろう長い髪はざんばらで、青い瞳もクマが張り付き虚ろだった。
『私は、姫様のことを裏切りました。……もう軍にはいられない』
『……わかった』
『変わりましたね、お互いに』
『お互いに、な』
彼女も主に忠義を向けた人間の一人だった。
口調も好みも格好も変わり、もう馬鹿みたいな理由で喧嘩することが出来なくなるくらい自分達は大人になった。
まだ平和な世界に向けてスタートしたばかり。
だからせめて燃え尽きないよう、この男の傍にいてやりたかった。
「……せめて、一緒に報告しに行きましょう。トバイロン先輩に」
クライアンはドッグタグを握り締めてその場に崩れ落ちる。そしてひたすら嗚咽を漏らしながら涙を流した。
『平和な国にしたいって言ったけどさ、本当は自分の大好きな人を殺したレジスタンスが憎かったから志願したんだ。』
『辞めたいって何度も言ってたけどクライアンは優しいし、頭が良いから僕も負けてられないなって思った。でもやっぱ僕も戦うの怖かった。笑ってのんきだなって言ってたけど、弱いから、笑わないと戦えなかったんだ。』
『お前は僕が守ってくれるって言ってたけど、実際僕はお前に守られてたよ。』
全てが終わった頃には自分達の軍服も身体も全てが血塗れで、何度洗ってもこの血の匂いは取れなかった。
本当は入隊した当初から憎しみなんてとうに消えていたんだろう。優しいお前ならこの戦いの最中で挫けてどちらにせよ死んでいた。
お前のその笑顔は武者震いで敵に向けるものじゃない。お前が大好きだと思う人にだけに向けるものだ。
だからトバイロン、お前がここまで戦わずに済んで良かったと心から思うよ。
―――
数年後。1月。
「これを頼みます」
「分かった」
先輩と後輩。例え共に血と涙を流した仲間でも今では立場は逆転し、事務的な連絡や書類の受け渡しすら淡白なものになってしまった。
だが、ふと受け取った書類を見て彼女はかつての先輩に声をかける。
「クライアン中尉。今日の予定は」
「彼女を迎えに行きます」
「……そうか。お願いしますね。先輩」
「分かってる」
心が弱りきってる隙を付け込まれ罪を着せられた彼女が今日ようやく釈放される。
以前は受け止められなかった想いを今度こそ受け入れるために。
未だに好きかも分からないのに律儀な男だと、執務室を出て行く彼の背中を見送りながらかつての後輩は笑う。
アコナイトの机には、写真立てに引っかかっているドッグタグがきらりと輝いていた。
――――――
【おまけと補足】
・アコナイトはクライアンの助言もあり、任務に向かう道中トバイロンと二人きりになったタイミングで告白をしてました。トバイロンは戸惑っており任務が終わったら返事させてほしいと答えました。
多分今のアコナイトを見たら「風邪引くよ!!」と叱るだけで終わるかも。
・ヴェロニカがクライアンに弱いと言ってますが、クライアンが以前から辞めたいと毎日言う情けない姿を見ていたからです。別にフィジカルとか魔法が弱いとは思ってない。
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