閑話休題 模擬戦闘

閑話休題。フィーが模擬戦闘をするようです。

時系列は第二章4話くらい

――――――


 これはフィーが学院に編入してから一ヶ月経った頃のこと。


「まさか本当に来ることになるとは……」


 フィーはクライアンの提案で、自分がどれくらいの実力があるのか確認するという名目で軍事学校の修練場へ向かっていた。

 メイラ国軍本部は旧王都北側の大部分を占めており、フィーやウォル達が暮らしている居住区からは軍事学校まではそれなりの距離がある。

 フィーは見学という名目で来ているが体を動かす為迷彩柄の戦闘服を着ており、同様にウォルもいつも着用している軍服ではなく戦闘服に纏っていた。ちなみに左腕にはフィーは『見学』と書かれた腕章。ウォルは二等兵を示すワッペンが腕と胸元に縫い付けられていた。


「別に緊張しなくても、相手は軍事学校にいる君と同世代の女の子だ。それにカレンデュラ当主がどれくらいの実力があるのか知らないが、成人男性に勝てたなら多少やりあえるくらいの力はあるだろう」

「ウォルもそこにいたの?」


 隣にいたウォルファングにフィーは視線を移す。そう言えば孤児院を出た後軍に行く子供は多くいたと聞いたことがあるが、彼もそこに進学したのだろうか。


「いや、俺は行かなかった」

「あそこは通常の訓練よりも実務的な訓練や授業を受ける場所なんだ。別に従軍するからと言ってそこへ行くなんてことはないし、なによりあそこは昇級を目指す人間が進学する場所でもあるから行かなくてもいいんです。隊長も昔はそこで学んだらしいけど」


 軍事学校は四年間のカリキュラムで兵法や爆薬の種類。軍用動物の扱い方などを学ぶらしい。

 そのため軍の人間は上層部なら軍事学校で鍛えられた人間であることがほとんど。中には魔術学院の高等部にいた人間もいたらしいが、学院で何を学べば昇進できるのかは不明なのだが。


「クライアンさんは行かなかったんですか?」

「進学するのは大体十一歳から十四歳の人間。オレが従軍したのは十五、六の時。もうそんな歳ではなかったよ」

「あれ、じゃあアリックスはいつから学校にいたんですか」


 ウォルがクライアンに疑問を投げかける。アリックスはクライアント同期だ。クライアンがいくつなのかは分からないが、アリックスはまだ十五歳。

 若いのに小隊を持っているのだからそれなりの実績はあるのだろうが、ここまで上り詰めるにはかなりの鍛錬を積んでいるはず。


「アリスはそもそも生まれが特殊だ。それに俺も同期だと知ったのはつい最近だしな。籍だけ軍に置いていたのかもしれないし、物心がつく前から訓練を受けていたのかもしれない。そういう人間もたまにいる」


 軍事学校の敷地内に入ってからしばらくすると掛け声が聞こえてくる。

 グランドには多くの軍人たちが射的や筋トレなど鍛錬を重ねており、魔術学院のクラブ活動とは違った印象を受ける。本当に男ばかりである。


 建物に入ると打ちっ放しのコンクリートでできた室内が広がり、すれ違う相手が自分達を見ると次々と敬礼をされる。ペコペコ頭を下げながら歩くと、床にいくつものラインが引いてある広い部屋にたどり着いた。

 二階に当たる場所だろうか、そこにはたくさんのベンチが段になって並んでいるのでそこから見学ができそうだ。


「ハイドランジア中尉、ヴィスコ二等兵に敬礼!!」


 目の前で自分と同世代の女子たちが十人ほど整列して敬礼をするので、自分もその場でお辞儀をした。ずっとそこで待っていたというなら申し訳なく感じる。横目で二人を見れば二人も敬礼をしていた。


「本日はヴィスコ大隊長の娘の実力を測りに来た。大隊長の娘だからと言って君たちは手加減はしないように。――……ところで、なんでお前たちがそこにいるんだ」


 クライアンの視線の先には、ウォルと同じ戦闘服を着ている軍人が三人いた。

 一人は褐色肌で黒髪をポニーテールに束ねた豚族の女性、もう一人は顔に傷のついた山羊族の青年。もう一人は顔をフードで隠していたが両頬に付いた鱗と二又の舌がある蛇族の青年だった。

 軍の内部はかなり上下関係が厳しいと聞いたことがある。もしかしてこの子たちは自分の上官が怖くてずっと整列していたのではないのだろうか。

 山羊族の青年が前に出た。


「いやぁ、ドッグウッドの彼女がどんな女の子か気になるじゃないですか。うちの母親から話は聞きますけど、独身寮にいる俺らがその子と話す機会はないし。特別演習があるなら非番の俺たちも見逃さないわけにはいかないでしょう?」

「フィーは彼女じゃないですってば!」

「え、そうなの?」


 ウォルが赤面してフーフーと息を荒げている。彼が照れているのは久しぶりに見た。


「確かにこの子たちを怖がらせたのは申し訳ないとは思っているんですよ?でも私らもたまに使いますし来てもいいでしょう?」


 そう言って豚族の女性が整列している女の子の肩を叩くが、その子もかなり委縮している。

 クライアンは眉間に手をやった。どうやら彼らはウォルの先輩らしいが、クライアンより階級は下らしい。


「手を離してやれ。参加するのは良いが、情報源は誰だ」

ロータス小隊長アリックスです。非番じゃなきゃ行っていたのにと残念そうに話してましたよ」


 フードを被った青年が答える。上下関係厳しい割に軽くないだろうか。


「アイツ……分かった、相手は子供だ。お前たちは手加減しろ」

「「「了解」」」


 結果から言うと、フィーは五人に勝って、一人引き分け。残り四人には疲労もあったのか負けてしまった。

 その実力を見てむしろ周囲から驚かれたが、自分はロイクに勝ったことがある経験から自信があったので正直悔しかった。

 ちなみに休憩中、軍事学校の女子達にそれとなく「巨大猪を蹴り飛ばすことができるか」と聞いたら流石にできないと返されてしまった。人間と動物は違うらしい。

 始めは自分が彼女たちにとって上官の娘と言うこともあり若干引け目を感じたが、彼女たちとは少しだけ仲良くなった。


 その後見学していたウォルとその先輩たちによる模擬戦闘を見てその日は終わった。

 演習中、どこから話を聞きつけたのか少しずつ見学していた人数が増えており、彼女たちもその戦闘を目に焼き付けていた。


「まぁ、君の実力では一人で過ごすのは難しいだろうな。でも五人に勝ったのは驚いた。伸びしろがあるようだ」

「でも軍人になるつもりはありませんよ」

「でしょうね」


 クライアンが残念そうに見えたのは気のせいにする。


「ドッグウッドも、彼女たちに勝つことは出来ただろうが、まだまだだな」

「精進します」


 ウォルは結局あの模擬戦闘では惨敗だった。相手は先輩たちということもあり、彼の手の内は知っていたのだろう。彼もかなり悔しそうだった。

 こんなに体を動かしたのは久しぶりで、フィーの体は怪我こそないが、筋肉に疲労を感じた。


「明日も休みだろう。しっかり休んで置いた方がいい。きっと明日は筋肉痛でしょう」

「はい……」


 クライアンの言う通りで、次の日フィーは筋肉痛に苛まれたのだった。

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