燃える神秘の愛は誰の為に - 4
ガーベラ姐さん
――――――
二年後。無事に十三歳を迎えたダリアはロイクと結婚した。
領主であるカレンデュラ家は必ず、アイーシュ街から離れた場所にある戦死した兵士たちが眠る丘の上の教会で式を挙げる。
街の者以外の人間もこの二人の結婚に祝福しているのを見て直接領地の統治を行っていないのにも関わらず、この家は民に愛されているらしいということが分かる。
ダリアの体調もすこぶる良く、幼い頃から診ている医者もここまで生きれるとは思わなかったようだが、ロイクが少しでも魔力を放出させないよう、沢山もの術を施してきたおかげだとガーベラは思う。
数時間前。
「もうマリッジブルーは終わった?」
「もう平気。ごめんね心配かけて」
花嫁の準備中。ガーベラはダリアの顔に化粧を施す。普段の見た目が幼いダリアがこうして着飾る姿を見ると本当に大きくなったなと姉ながらにそう思ってしまう。
数日前まで彼女はいつもの発作で倒れて寝込んでいたのだが、結婚後の生活に今更不安を抱き始めたのかまた精神的に不安定になり、しばらくロイクが仕事をほっといてはダリアに付きっきりで看病をしていた。
「……お姉ちゃん。私達はもしかしたら普通の夫婦のようにいかないかもしれない」
「アタシに言われたって、アタシも普通の夫婦なんて知らないよ。でもいいんじゃない?普通じゃなくたって今もこれからもずっと家族なんだからさ」
「ありがとう」
ロイクは少し早いが更に二年後、二十歳になったらカレンデュラ家の家督を継ぐ事になる。ゲリーはほかの子供たちと平等に接していたとはいえ、ロイクの事をそれなりに認めているらしく、まだ現役であるゲリーはロイクに跡を継がせることを決めたそうだ。
そしてロイクが家督を継ぐ事でガーベラはこれまで雇い主がゲリーだったのが晴れてロイクに代わるという。カレンデュラ家の使用人はあくまでカレンデュラ家が雇い主だ。家督を継いだロイクに切り替わるのが普通だろう。
花嫁姿の幼いダリアを遠くから笑顔で祝福していると、呼ばれたような気がして振り向けば一人の青年が立っていた。
ヴァイオレットの髪を持つ彼はとうにガーベラの背を抜かし、顔立ちも十八歳の青年になった彼も他の人達と同じように主役の二人を祝福している筈なのにガーベラのことを見つめている。
「……シード?」
呟くように呼び掛ければ青年は思わず白手袋をした手で口元塞ぐ。
ガーベラがアイーシュ街に帰ってきてから彼のことは一度も顔を合わせたことがなかった。偶に彼の師匠は街で見かけたのに。
「……」
「久しぶりだね……アタシ全然気付かなかった」
彼は庶民であるはずなのに礼服用のスーツを着こなしている。まるで久しぶりに実家に帰って来ましたという姿だった。
シードは手に隠しきれてない顔を赤く染めて目を逸らす。
「……しばらく、ウイエヴィルにいたんだ。四年前、師匠から紹介された店でそこで勉強しながら働いてた」
「そ、そうだったんだ……」
ウイエヴィルはアイーシュ街からひと山超えた場所にある商人の街だ。
比較的王都から近い距離にあり王都から伸びる国道がある為、内乱が起こる前までは商人の宿泊地としても有名だった。
「……その服」
「あぁ、これは……これ、は」
今着用しているのはしばらくお蔵入りにしていた外向き用の服だ。
シンプルで落ち着いたワインレッドだが、ドレスなので着る機会がなかったのを今日こそはと数年ぶりに引き出しから取り出したのだ。
だが孤児院から戻ってきた時にアイリスから言われた言葉がリフレインする。
『実はね、そのお洋服、シードが貴女の為に送ったのよ。シード、自分が大人になるとガーベラが怖がっちゃうからって、交換日記をやめちゃったの』
あの時着ていた服以外にも何着か贈られてきた服はあるが、これはてっきりアイリスが選んで送ってきたのだと思っていたが、その様子だとまさか。
「……アイリスから聞いたんだけどさ、アタシが男になったら怖がるだろうってノートのやり取りをやめてその代わり服を送ってきた野郎がいたんだと」
目の前の男は居た堪れずその場でぷるぷると震え始めている。あぁやっぱり彼は衣服を贈った時は知らなかったらしい。
いい気味だとガーベラはニタリと口角を釣り上げた。
「んで、アタシは学校にいた時に知ったんだけどさ、その野郎が女に贈る意味」
「や、やめろガーベラ……」
「アタシに気を遣ったって言った癖にアタシのトラウマを知って」
「悪かった!ちゃんと調べるから!もの贈る時はちゃんと考えるから!それと分かってて着てくれたのはありがとう!」
ボンと今度はガーベラの頬が赤くなった。
そして気付けば周りの人間が二人のことを見ており、すぐ傍には全ての人間に挨拶を済ませたらしいダリアとロイクがクスクスと笑っていた。
「お姉ちゃん、これ要る?」
そう言って持っていたブーケを差し出してきたダリアは二人の話を聞いていたのか、少しばかり頬を染めている。
「いや要らないから!そんなお気遣いはまだ良いから!」
「そうだな。お前ら十八と十九だもんな」
「私達は十八と十三だけどね」
この国ではガーベラくらいの歳で結婚している男女は沢山いる。
だが十三歳から大人と同じ扱いを受けるとはいえ、ダリアのように婚姻を結ぶ人間は少ない。子供を産むには身体が未発達だからだ。
背の低いダリアと背の高いロイク。二人の姿を見てガーベラは顔を引きつらせた。
「……ロリコン」
「は?」
「いい加減にしろこの変態御曹司が!」
「おい、主人に向かってその態度はなんだガーベラ」
「知るか!ダリアと暴風結界に囲われてお前だけミンチになればいい!」
「凄い理不尽だねそれ!?」
熱で暴走しかけたガーベラをシードは羽交い締めをして抑え込むことでどうにか晴れ舞台が誰かの血祭りなることは避けられたが、ガーベラはその月一日分の給料をカットされるのだった。
―――
シードとはあの日からまた手紙でやり取りを交わすことになり、二人の知らない数年を埋めるかのように定期的に互いの状況を伝えあったり、取り留めもない会話をやり取りしていた。
どうやらここ数ヶ月シードの時計の師匠である老人の体調が宜しくないらしく、シードは定期的に師匠の元へ向かい、ガーベラもシードのいない日は仕事の合間を縫っては時々顔を出して代わりにお使いに行ったりするなど世話を焼くようになった。
「ガーベラ」
「なんですご隠居様?」
「まだ私は現役だ!!」
主要な仕事は全てロイクに任せている癖になにを言っているのだろうとガーベラは書斎で仕事をしているゲリーとロイクにコーヒーのお代わりを淹れる。
ゲリーは最近、近隣の貴族の家々を回っているらしく、秘書役を兼ねてる協会の人間を連れては内乱を止める為に忙しなく働きかけているらしい。
それに伴いロイクはそんなに家を空けるなら使用人の一人をゲリーに遣わせたらどうだと言ったらまだ子供が増えるのに何を考えてるのだとこの前ゲリーと口論になったばかりだ。
「最近、シードと会ってるか」
「なんですかいきなり。手紙は定期的にやり取りしているの知ってるでしょう」
「そういう意味じゃあない」と嘆息をついた。
お互いに多忙なのだ。シードは定期的に師匠の時計屋に帰って来ている。あの様子だと師弟というより父子のようだなと思う。時々街中でばったり会うことはあっても大人になった今では何処かに遊びに行くなんて事は無い。
「父上、そういう意味じゃあないだろ。ガーベラ。休む日を作ってシードの所に会いに行ったらどうだといっているんだ」
なぜそんなことをしなければならないのだとガーベラは首を傾げる。
その様子に二人はため息を着いた。
「ガーベラ、最近お前の顔色が優れない。使用人の中で一番若いとはいえ、お前は働きすぎだ。子供達の世話をしながら仕事をこなすお前には感謝してるが、お前はおそらくなにかしていないと気が済まないんだろう、なにか予定を作って」
「あー、はいはい。分かりました。定期的にお暇はいただきますよ。それでいいんでしょう」
ガーベラは手をひらひらと仰いだ。昔は説教ばかりしていた癖にしっかりやり始めると心配されるのだから加減がわからない。
だがなぜそこでシードと会えなんて事を言われなければいけないのだろうか。
「何?ガーベラ。シードとお出かけに行くの?」
「うげ……」
ダリアと共に夕飯の支度をしていたはずのアイリスがひょっこり顔を出してきた。一体何処から彼女は話を盗み聞きしていたのだ。
そんな顔をしないのと頬を膨らませてはガーベラの額を人差し指でつんとつつく。
「いいんじゃないかしら?ガーベラだって仲が良かった子と偶に遊びに行きたいと思う時もあるものね?ね?」
アイリスは待っていたとばかりにぐいとガーベラに顔を寄せてくる。これだから年増の女は図々しくて嫌なのだといくら育ての母だとしても主人の奥方に言える訳が無い。
「あ、アタシは休む日を作れと旦那様から……」
「だから休む日にシードに会いに行くんでしょう?何どぎまぎしているの!」
ダリアが風の女なら、アイリスは嵐のような女だ。なんでカレンデュラに嫁ぐ女はこんなに行動が早いのだ。
「奥様」
「あらマーガレット。あそうだ!今週末ガーベラを」
「お夕飯があるので呼びに行くと言ったのは奥様じゃありませんこと?」
マーガレットは笑顔で早くしなさいと促す。カレンデュラ家の裏ボスは今もマーガレットだなとガーベラは確信した。
「ていうことがあってさー……」
「それでシード兄さんはなんて言ってるの?」
「手紙には『アイリスさんに負けた』って」
ダリアはベッドの上でクスクスと笑う。多忙な二人がこうしてゆっくりと話せるのは子供達も寝静まった時間くらいだった。
ロイクはまだ仕事で書斎に引きこもっており、ロイクが来るまでの間はこうして共にガールズトークに花を咲かせていた。
二人が結婚した時に用意された寝室は十三歳になってから用意されたロイクの部屋にもう一つベッドを置いただけの状態であるためかなり狭い。
ダリア個人の私物はロイクが本棚に空けたスペースに少しずつ置いているようだ。
「ウイエヴィルは姉さんもお父さんと協会に行くだけだから見た事はないんじゃない?きっと楽しいと思うの」
「それを言うならダリアはどうするの?ここ最近体調良いんだからロイクと遊びに」
「五年前に王都へ行けただけ十分よ」
「……」
ダリアはまた窓の外を見る。
窓の外は孤児院の中庭が見える。彼女はいつもその格子の向こうから何を見て考えているのだろう。ここの使用人達は実家か家庭があって定期的に暇を貰っては家族との時間を過ごしているが、ダリアもガーベラも孤児院が自分達の実家であり自分の家だ。ここに居る以上暇もクソもない。
「姉さん、楽しんで行ってちょうだいな。ほかの人も嫌な顔は絶対にしないから」
ガーベラは困った顔をするしか無かった。
―――
ガーベラとシードはその後月に一度の頻度で会う仲になった。
その所為で「昔から喧嘩していたけどそういう意味だったのね」とか「いつ結婚するんだ」という近隣住民からそんな話が直接ガーベラにされるようになった。
だがそんな話はいつまで経っても発展することなく、二人は酒場で酒を飲みかわす程度であるため何時しかそんな噂は無くなっていった。
この数年間、この領地にもレジスタンスを粛清する軍人たちの出入りが多くなった。
ロイクは魔術学院にいた時に仲良くなった騎士がロイクに軍の滞在を許可してくれないかという旨の手紙を出してきた。軍の正式な依頼だ。一般住民が集まるアイーシュ街の人間は反対した。だがロイクは領地内で戦闘を行わなければという理由でそれを許した。
だが領地内ではなく、その周辺での戦闘が激しくなる。
「坊ちゃん、軍への協力はいいけど外の人にまで迷惑をかけさせる必要ななかったんじゃないのかしら」
マーガレットがロイクに進言する。マーガレットはメイラ皇国が二つに分かれていた時から生きている人間だ。それもあり人一倍戦争を嫌っていた。口にはしないが子供たちを軍に行かせることを許しているロイクやゲリーをあまり良しとしない。
だが今はロイクに対して反発心が強かった。
「だがこちらの領民へ危害は及んでいない。周辺の村々にはカレンデュラ領以外の交易を禁止させている。軍には魔石のシールドを張ってもらうよう手配した」
ガーベラが抱くロイクへの印象は、子供たちにとっては『良い父親』であり大人達にとっては『大人には冷酷な合理主義』であった。
ロイクはゲリーから家督を継承した後、子供たちの為に無償で通うことのできる学校や医療、仕事の斡旋など積極的に行っていたが、ロイクは売上の見込めない店や事業はさっさと切り捨てさせるよう働きかけていた。
福祉を充実させるには多大なお金が必要なのだろう。だがこの数年間で商会や店の入れ替わりが激しくなった所為で安定した職に就けない領民も多くなった。
「いくらなんでもやりすぎよ」
「マーガレット。貴女の過去は知っている。だが隣の領は重税を課している分、貴族への不信が強い。むしろこちらに民が流れ込んでくるのは好都合だ」
「人に自分のふるさとを捨てさせろって言うの?」
「こんな状況で故郷に帰りたいと思う人間はいないでしょう」
ロイクは大人を信用しなかった。
―――
大人になれないまま死ぬのではと思われたダリアは成長し、孤児院の母親役を卒なくこなしていた。たまに風邪で寝込むことはあるが重い病にかかることは無い。
ロイクが魔術学院に在籍していた時に知り合った学生がアイーシュ街で病院を開業したらしく、それからというもの彼がダリアのことを定期的に診ていた。
「ダリア、そんな重たいものは運ばなくていいのよ」
授業で使用する椅子や机を掃除の為に運んでいたがそれをマーガレットが止めようとした。
「おばあちゃんそんなに心配しないで。私は今すこぶる元気よ?」
「母さん!それなら俺が持つ!!」
ダリアの足元で五歳になるルークが両手を上げる。ルークはとても生意気だがダリアに対しては優しかった。
だがダリアが運んでいた机はロイクがひょいと取り上げる。
「ルーク、お前はまだ駄目だ。この前魔法を制御できず庭のベンチを壊したばかりだろう」
「ちぇー」
こうしてみると本当に家族のようだが、誰とも血がつながっていない。この前医者からダリアが子供を産むのは難しいと言われたばかりだ。
ダリアは自分がカレンデュラ家の後継ぎを産むことが出来ないなら二人目の妻を娶ってもいいとロイクに進言したらしい。だがロイクはその返答は濁したという。
結婚して何年か経つが二人はやはり夫婦と言うより兄妹に近い。同じ寝室で眠っているのだからそういう関係になってもいいのではと思っていたが、同じベッドで眠ることはあってもそういうことはないらしい。ロイク曰くダリアの体に負担をかけたくないだそうだ。
ガーベラは二人の為になればと書店で見つけた『母体に負担をかけない行為』という本をロイクに渡したら速攻その本を燃やされた。そして鬼気迫る表情で「嫁入り前の娘がそんな卑猥な本を買うな」とも言った。
なら既婚者だったらいいのかと聞けば「それをお前はシードに見せるのか?」と質問で返させる。危うく子供の時のように喧嘩するところだった。
ガーベラはダリアと一緒に昼餉の準備をしようと誘う。
食事準備の合間。ダリアは食材を切る手を止めた。
「きっと、ロイクは後継ぎなんてどうでもいいのよ」
ダリアはたまにいきなり話を始める。だがそれは何か思うところがあるからだと知ったのはガーベラが家政学校に進学する前だ。
『……お姉ちゃん。私達はもしかしたら普通の夫婦のようにいかないかもしれない』
ガーベラは結婚式の日にダリアが言っていたことが脳裏をよぎる。
夫婦の営みは必要なことだとガーベラは家政婦の学校で学んだ。だがガーベラは二人の意志に添いたい。兄妹のような夫婦でもいいではないか。世継ぎが出来ないなら養子を探してもいい。ここにはたくさん子供がいるんだから。
「大丈夫だって。ロイクがダリアのことが好きだって言うことに変わりはないんだからさ」
「えぇ。そうね…………ねぇお姉ちゃん」
「なに?」
「お姉ちゃんはシードお兄ちゃんと幸せになってほしい」
「……なんでまた。アイツとはそんな仲じゃ」
「我が儘だけど、私が死んでもロイクのことよろしくね。あの人、きっと落ち込んで遠くに行ってしまう日が来るから」
ガーベラはガシャンと持っていた皿を落としてしまう。ダリアも驚いて割れた皿の片付けをしたが、ガーベラはこのやりとりをきっと忘れることはないだろう。
その数年後、ダリアの言葉が現実になるなんて思わなかった。
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