発案

「ねえ、理科室に閉じ込めるっていうのはどう?」

「サイコー! どうせ誰も気付かないし」


 朝の会が始まるまで、太郎をどういじめるかの作戦会議。今回は私がアイデアを出して、ミカとアヤがもっと面白くするにはどうするかを考える。

 昨日はミカのアイデアだった。一昨日は、上履きに画鋲を仕込んだっけ。

 たくさんのいじめ、いや、イタズラをしてきた。それなのに太郎ときたら全く反応しないし、全くダメージを受けているようにも思えない。


 うっかり画鋲を踏んで、痛そうにしたり、水を掛けられて寒がったりはするけれど、でも、泣いたり、叫んだり、怒ったりはしない。「またか……」みたいな顔で、やりすごすのだ。それが、とってもとっても気に入らない。

 だから、もう帰れなくしちゃおうと思ったの。

「丁度六時間目が移動教室じゃん? アイツはいつも最後に移動するから、三人で閉じ込めよ」

 私の話を、アヤもミカも目を輝かせて聞いている。うんうんと首が取れそうなほど頷いている。本当に、この二人は私のいうことをよく聞くんだ。

「でも、それは華恋一人でやった方がよくない? ウチはさ、保健係だし。アヤは日直だし」「確かに」

 ミカの鋭い指摘。アヤも頷いた。私は、ちょっと考えてから、作戦を変える。

「じゃ、私が閉じ込め係、ミカは先生に太郎が早退したって言う係、アヤは鍵係」

 サイコー、とミカの口から声が漏れる。それっを聞いて、私も口の端をつり上げる。

「これで、主犯格はハナコのまま」「え?」「ううん! なんでもない!」

 聞き間違いだったみたい。アヤは意地の悪そうな顔をして、私を見ている。太郎をいじめたくて仕方がないんだろう。私たちは、一心同体なんだから。


 クラスのスローガンは「オトナみたいに行動しよう」。

 だから、教室の戸締まりも日直のお仕事。

 移動教室の理科室の鍵も、日直の管理。最後に鍵を閉めるまでが仕事なのだ。だから、私とアヤで太郎を閉じ込めて、鍵をかける。保健係のミカが太郎が体調悪いからと早退させたことにすれば良い。それで、何食わぬ顔でアヤが鍵を返す。完璧だった。

「今度こそ、太郎の泣きべそが見れるね」

「うん」「うん」

 クスクス頭を寄せ合い笑っていると担任の先生が教室に入ってきて、朝の会が始まった。もう六時間目が楽しみすぎて、一人でこっそり笑っていた。

 もう、どうして太郎にこんなにも執着しているのかわからなかった。



「さて……」

 理科室の扉の向こうでは、「え? あれ?」とマヌケな声が聞こえてくる。こんなにも作戦通りになってしまうと、逆に恐ろしくなってくる。

 ミカが先生に太郎のことを報告すると、先生は「そう」と言うだけでそれ以上言及しなかった。アヤから理科室の鍵を受け取ると、先生はそのまま帰りの会をして、職員室に帰っていった。


 帰りの会も終わり、下校の時間。

 様子を見に理科室に行ってみた。アヤは家の用事、ミカは習い事で先に帰った。

 私一人だ。あの二人、今日は何だかよそよそしかった。なんで?


 理科室のあるフロアは、誰も近寄らない。校舎の3階の端っこは小学校で一番影が薄いのだ。


 じゅーわっ。じゅーわっ。じゅーわっ。

 セミが鳴いている。

 まだまだ夕方になるには時間が余っているけれど、青空と誰も居ない廊下のコントラストはどこか寂しくて、どこか怖い。

 か細い声で「あのう、すみません……」と呼び続けている太郎が扉の向こうにいた。

 磨りガラスの向こうで、私と同じくらいの背丈がぴょこぴょこと動いている。

 怖がったりはしていなさそう。危機感とかも感じていなさそう。その様子が余計に苛立たせた。

「警備員さんとか、いませんか? 閉じ込められちゃって……」

 弱々しい声で、でもパニックにはなっていなさそうな、そんな声。

 太郎は呟き続けている。そんな声じゃ誰にも届かないのに。でも、数時間もしたら誰かには届きそうな、そんな気がしてイラついた。

「なんでこんなに冷静なのよ!」

 理科室のドアを、蹴ってみる。ガンッと立て付けの悪いスライドドアは嫌な音を立てて震えた。

「だ、誰かいるの?」

 太郎の声。でも、怯えていない。いつも通りなだけの、弱々しい声だ。

「なんであんた、いつもそうなのよ」

 弱っちいくせに、その中にある抑揚のなさ。わざと弱く見せているように、思うのだ。

「矢崎さん? ごめん、ドアを開けてくれない?」

 私の苛立ちには完全スルーで、太郎は訴えてくる。私は太郎って呼ぶのに、向こうは名字呼びなのも、段々ムカついてくる。

「うるさい! ずっとそこにいればいいの!」

「そうは言っても、お腹は減るよ」

「出さない! 出してあげない!」

 私ばっかり叫んでいて、バカみたい。そうは思っても、このムシャクシャをどうしたらいいのかわからなかった。太郎は、困ったように「えぇ」と頼りない声を出すばかりだ。

 冷静になろうと思えば思うほど、ムカついて仕方がなかった。どれだけ私が苛ついても、この気持ちは太郎にも、誰にも届かない。

 誰にも……!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る