家族
頭からびっしょり濡れた太郎を放っておいて、私たちは帰った。明日はどうしてやろうかなんて話ながら帰るのが日常になっていた。
明日はどんなことをしよう。
「華恋」
ランドセルをおいて、ベッドに寝転んで、友達からのメッセージを返していると、ママが部屋に入ってくる。
きれいに捲かれた髪の毛と、しっかりしたお化粧。いい匂い。おやつを作っていたのか、エプロンを着ていた。
「なぁに、ママ」
私はなるべくママの機嫌を損ねないように、なるべく明るく笑って言う。ママはスマホが嫌いだ。あと、寝る時間でもないのにベッドに寝転ぶのも嫌いだ。
「今日の宿題は何があるの?」
「漢字の書き取りと算数と理科のプリントがあるよ」
「あら、そんなにたくさん」
そんなにたくさんではない。
昨日の方が宿題の量は多かったんだけれどな。でも、ママにそんなこと言えない。
ママは私の為に、嫌味っぽい口ぶりをわざとするのだ。
「まだやらないの?」
「……これからするところだよ」
アニメや漫画で、「今やろうと思っていたのに!」みたいにママに向かって叫ぶ主人公を何人も見ていた。けれど、そんな風に怒鳴ったら、どうなるかわからないのに、どうしてそんなことが出来るんだろうと私は不思議なのだ。
髪の毛を引っ張られるのかもしれない。ランドセルを蹴っ飛ばされるのかもしれない。ヘアアクセサリーをぐちゃぐちゃにされるかもしれない。服を切り刻まれるかもしれない……。
「そう? そうやっていつまでもダラダラダラダラ遊んで、学業をおろそかにしているようにしか見えないわ。どうしていつもそうなの? ママ、育て方間違えちゃったかしら。パパだって悲しむわ。華恋がお勉強もしない、自堕落なナマケモノなんて知ったら、もうお家に入れられないのよ? どうしよう。ママそんな酷いコトしたくないわ」
抑揚のない、ロボットみたいな声が私に突き刺さる。顔が怖くて見られない。そんなに言わなくてもいいのに。
ベッドから下りて、ランドセルから宿題を取り出す。授業中にやっていたから殆ど終わっている。
「あとは漢字だけだよ、ママ」
私はママを見上げてにっこり笑うけど、ママの瞳の奥は真っ黒だ。ちょっとだけ口の端が上がっているけれど、これは笑顔じゃない。
「そう。早く終わらせるのよ。今日のおやつは華恋の大好きなスコーンよ。生クリームも作っちゃった」
にっこり。ママが笑う。私の好きな、ママの笑顔。目が頬と瞼でなくなっちゃうから。
私も、にっこり笑って「宿題終わったら、行くね」と返事。
「当たり前じゃない。さっさと来るのよ」
ドアが乱暴に閉められた。バタンと怖い音。殴られちゃったのかなと思うくらい、体の中で音が響く。
ママは、いつだってこうだ。
パパは、そんなママをいつも笑ってみてる。
「熱心だな」なんて言うけれど、私の知っている熱心は、もっともっと暖かいと思うんだ。
そんなこと言ったって、仕方が無いんだけれど。端っこがちょっと折れ曲がったノート。折れ目が跡に残るくらい、しっかり曲がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます