学校のスキマ!

堀尾さよ

発端

 青い空には、白い雲が似合う。春みたいな、ぼんやりした青じゃないし、冬みたいな突き放された青でもない。夏の青は、いつも広くて、大きくて、なんでも出来そうな気分にさせてくれる。


 そう、なんでも——!


 両手で持っていたバケツの中身を、思いっきりひっくり返す。空に向かって、投げるみたいにバケツの中身を放り出した。

 バッシャァ!

 中に入っていた冷たい水が、重力と一緒に外に飛ぶ。透明で、空の青を含んだしぶきが私にもかかる。

「つめたっ」

 その声は私から出た音なんだろうか。それとも――目の前でうずくまっているの音だろうか。


「え、それだけ? 本当に人間?」


 私の音じゃなかったみたい。私は、目の前の彼に言葉を投げる。

 横で嫌みったらしく腕を組むミカが、ニヤニヤしながら彼を見る。

「騒がれても困るけど」

 アヤも一緒になって笑う。私のしたことが、私の言ったことが、笑いに変わった。

「ね、ウケる」

 え?

 ウケる、なんて言っているものの、二人の声のトーンが幾分か冷めていた。様な気がする。ミカもアヤも、私を見て、笑った。

 笑ってる。なら、面白いんだ。ミカもアヤも、私の信者みたいなものだから。

「いつになったら、学校休むの? マジ目障りなんだけど」

 私は取り繕うみたいに、続ける。うずくまった彼は、私を見上げるけれどその瞳に私は移っていない。ただ動いているものに対して反応をしているネコかウサギみたいだった。

「ウチらのクラスに、太郎なんてダッサイ名前の人、いらないから」

 それだけ言っても、彼——戸口太郎の表情は変わることはなかった。

 じゅーわっ。じゅーわっ。じゅーわっ。

 セミの声がうるさい。


 戸口太郎は、いじめられっ子である。

 矢崎華恋は、いじめっ子である。


 六年三組では、いじめが横行している……私と、太郎の間だけで。ちゃんと言えば、私と、ミカとアヤの三人が、太郎をいじめている。

 でも、それの何が問題なの? 私はいじめたくて虐めているわけではない。嫌いでしかたがない……ムカついてしかたがない……でも、それだけじゃない。

 ちゃんといじめている正当な理由があるのだ。


 きっかけは、新学期がはじまってすぐのこと。アイツが、私の名前を読み間違えたのだ。六年三組のルールで、日直がクラスメイト全員の名前を呼んで、出欠を取るシステムがあった。

「矢崎……ハナコさん?」

「カレン!」

 ざわつく教室。誰かが吹き出した。そんな空気に耐えられなかった。プッ、クスクス。ハナコだって。トイレの花子さんじゃん……そんな声も聞こえてきた。さざ波みたいに広がる笑いに、耐えられなかった。

 私はそのまま太郎を殴った。丁度手に持っていた筆箱をフルスイングして。筒状の、柔らかいプラスチックのそれは太郎の頭の形にぐんにゃり曲がって、フィットした。

「え……?」

 制止に入った先生に抑えられながらも、私は見逃さなかった。太郎の、きょとんとした表情を。

 一体何がおこったのかわらかない、みたいなそんな顔。

 その顔が凄くムカついて。

 自分のしたことをわかっていないみたいな顔をしていて。

 私は去年から仲の良かったミカとアヤを呼びつけて、授業が終わると太郎を呼び出して、「いじめ」を始めたのだった。


 私がハナコ? そんなダッサイ名前なワケないじゃない。「ハナコ事件」から、もう二ヶ月が経とうとしている。ほとんどの人は、もうあのことを忘れているだろう。

 いじめは悪いことだって授業でも習ったけど、それはリフジンなものだから。

 私のいじめにはちゃんとした理由がある。太郎は自分のしたことがわかっていないのだ。それをわからせるために、私は、私が受けた仕打ちを太郎に返している。

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