第12話 愛に生きる住人達


「さて、彼らの紹介はこれくらいにして、テレサの話しに戻りましょうか」


 シュレイロードの語りにタンジと子供達、それに二人の魔法使いが加わり、皆で耳を傾ける。


「そう構えないでください、簡単なことです。テレサも昔、ここでフロディア様に祈りを捧げる一人だったのです」


 まぁ、祈っていたかは別ですけどね。と、シュレイロードは小さく笑う。


 この土地はもともと愛の女神、フロディア様が住まう特別な土地なのです。フロディア様の愛は海の豊かな資源をもたらし、山々を繁らせ、私たち人族もその恩恵にあやかってきました。しかし、人は何かを犠牲にしなければ生きていけません。その為、海の資源を大切にし、山からくる魔物が現れれば、祭り事の様に騒ぎ、その恵みもまた享受してきました。例え魔物に傷つけられたとしても、それはフロディア様から贈られた勲章として、栄誉ある証にしたのです。


「タンジ君、子供達、外をご覧なさい」


 シュレイロードは外を指差して街の光景を見せた。

 三人が街の外を見ると、お祭り騒ぎはまだ続いている。


「今日の恵みは何でしたかな」


「怪鳥ロックロックです」


「ありがとうエルビス君。それでは今夜、ロックロックが街中で振る舞われるでしょう。三人とも帰りは是非、食べて行かれると良い」


 自然の恵みは皆んなで分け助け合う。それがこの街の決まり事なのです。しかし、自然の恵みはフロディア様の本質ではありません。次はこちらへ。


 そう言うと、今度は礼拝堂の正面、祈りを捧げる祭壇の前に案内される。


「今、ここにはフロディア様がいらっしゃいます。あなた達は声を聞くことができますか?」


 三人は目を丸くし辺りを見回した。誰もいない。タンジは辺りを隈なく見渡し、ソラとリーネは必死に耳を傾けた……しかし、何も聞こえない。


「だめです……ぼくは何も聞こえない……」


「わたしも何も聞こえないわ」


「むむ、何も見当りもしません」


 その様子を温かい目で見守っていたシュレイロードはしばらく頷いた後に口を開いた。


「ほっほっほ、それはそうなりますね。実は私も何も見えないし、何も聞こえません」


 衝撃な答え合わせに力が抜ける三人。ついにお会いできるかと思っていたのに。と、落胆した様子を見せる。


 真剣に話しを聞いてくれる若者を揶揄からかっただけです。お許しください。と、シュレイロードは話しを続けた。


「それでも、騙した訳ではありません。感情を司る神々には、魔法が使える程に強い感情を持っていなければ、姿を見る事も、声を聞く事すら出来ないのです」


 そう言うと後ろの二人の魔法使いを指差す。エルビスとフィリアは苦笑いを浮かべてこちらを、いや、もっと後ろに目を向けていた。


「彼らはフロディア様に認められ、加護を与えられし魔法使いです。こうしている間も、フロディア様と会話をする事ができているはずですよ」


 すると、エルビスは更に苦い表情を浮かべ、フィリアは急に笑い出す。


「いや、二人とも……本当に何の話しをしているんですかね……」


 戸惑いながらもシュレイロードは話しの続きを始めた。


「私達のように、大多数の人は言葉を交わす事ができません。なので祈るのです。愛情を込めて、慈しみを込めて、親しみを込めて祈るのです」


 私達は、恵みを与えてくださるフロディア様に、日々祈りを捧げ、人を思いやり、愛に生きる事を誓うのです。いずれ感情が育ち、強い気持ちが沸き出した時、その時にようやく私達は、フロディア様に感謝を伝えることができるでしょう。その為にここに住む者達は、この礼拝堂でフロディア様に心を寄せているのです。


 ここは貿易都市サンティオーネと言いますが、昔は愛の女神フロディア様の神殿だったのです。もちろん、今もそれは変わりません。


「ところでフィリア君、フロディア様はそちらのお嬢さんの事を、何かおっしゃっていませんでしたか?」


 再び後ろを見ると、真剣な眼差しを向ける二人の魔法使い。


「シュレイロード様、お気づきの通りだと」


「私から伝えます。フロディア様も彼女から感情を感じることが出来ないと……おそらく、奴らの仕業かと思われます」


 シュレイロードは悩ましい顔つきで一拍考えると、真剣な趣で口を開いた。


「あなた達、顔を隠した女神の紋章に見覚えはありますか?」


 その問いを聞いた瞬間、ソラの瞳孔は大きく開く。まだ新しい、思い出したくもない記憶。揺れる鬣、歪んだ仮面、それに……顔を隠した女神の紋章……


「あります……そいつらに……そいつらにマザーとリーネが……!!」


 ソラの呼吸は荒くなり、脈は早まる。タンジは慌てて肩を支える。大丈夫、大丈夫だソラ。


「辛い質問をしてしまいましたね。奪われた感情はどうする事もできません……ただ……」


 シュレイロードはソラが落ち着くまでそこで話しを止める。少しずつ、少しずつソラの呼吸が落ち着いてくると、魔法使い達に目配せを送る。


「ただ、感情を司る神々の加護があれば、失った感情をもう一度呼び起こせるかも知れない」


「私達の愛の加護は愛情を司るもの。呼び起こせはしませんが、ここで祈り育む事はできます! なのでその間に、六つの基礎感情の加護を集められたら良いのですが……」


 二人は悔しそうな表情を浮かべこちらを見つめる。


「ここは魔物の襲来が多い、俺たちはここを離れる事ができないんだ……」


 しばらくの沈黙が流れ、重たい雰囲気が続く。そこで、シュレイロードが口を開いた。


「ソラ君とリーネ君と言ったね? どうだろう。二人はしばらくここに残り、リーネ君はフロディア様に祈りを、ソラ君は二人の魔法使いから鍛錬を受けてみませんか?」


 幸い、ここは魔物がたくさんやってくる。鍛錬相手には事欠きません。と続け、二人の顔色を覗く。


「ソラ、わたしは断る理由なんてないわ」


「ぼくだって! マザーを……リーネを守るために……お願いします……!!」


 まだ幼い子供二人の覚悟を決めた視線が大人達に向かう。もちろん、それを否定する者などこの街にはいない。


 ここは貿易都市サンティオーネ。愛情を胸に、皆で恵みを分かち合い、互いに手を取り合って暮らす街──又の名をフロディア神殿。

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