第10話 貿易都市サンティオーネ


 ──水平線が赤色ににじみ出し、太陽が顔を出す。船員たちがいかりを上げる準備をし始めた。


「リーネおはよう。今日はいよいよだね」


 マザーが残した手掛かりを頼りに、一日掛けて海を渡った。タンジがデッキに出ると船員に指示を飛ばし出す。ぼく達は昨日と同じ、端っこの樽に腰掛けてその様子を眺めた。


「さぁ入港だ! 錨を上げろ!」


 船中に縄を巻き取る音が響く。船員たちは慌ただしく動き回ると、甲板がまた騒がしくなった。次第に、張られた帆が風を掴むと、海面では飛沫しぶきが上がって行く。


 昨日まではっきりと見えなかった目的地も、みるみる内に近づいてきた。大きな貿易都市の入り口には、大小様々な船が桟橋にならって停泊している。街の中央には一際大きな建物がそびえ立ち、それに向かって真っ直ぐな道が続く。太陽がまだ真上に至ってないと言うのに、多くの人で賑わっているのが見える。


「すごい……人がたくさんいる……」


 その活気はだんだんと近づいてくると、今やもう目の前に広がっている。道に沿って並ぶ店頭では食料や雑貨、武器や防具まで、ありとあらゆるものが売られているみたいだ。船の上からでも行き交う人の姿が見える。ポートタウンでは、もっとのどかでゆったりとしているが……ここの雰囲気は比べ物にならない。


 そうこうしていると、船から桟橋へロープが投げられた。ゆっくりと波浪はろうをかき分けて進む船は、次第に速度を緩め、散らばる飛沫が落ち着いていく。再び錨を下す音も響いてきた。

 ソラ達はついに、貿易都市サンティオーネの港に辿り着いた。


 大きな都市の迫力に圧倒されていると、一息ついたタンジが声をかけにきた。


「長旅よく頑張ったな! 二人ともフロディア? を探しに行くんだろ? これから、この街の領主様に挨拶をしに行くが……一緒にくるか?」


 マザーの元で育ち、他の街にはまだ行ったことがない。ついに、新しいに土地に降り立つ。


「うん! 元のリーネを取り戻さないといけないんだ。ぼく達も一緒につれて行って!」


「マザーが言っていたんだもの。わたしも行くわ」


 ソラの熱い眼差しがタンジに向けられる。リーネの体調も問題なさそうだ。タンジは、ニカッと笑うと後ろで作業をこなす二人に声をかける。


「よし、そうと決まれば船を降りるぞ! ダイ! バツバ! ちょっと行ってくるわ。船を頼んだぞ!」


 向こうから二人の元気な声が返ってくる。彼らに船番を任せると、タンジと子供達の三人は船を降りた。


「あの一番高い建物が見えるか? あそこがこの街の領主、シュレイロード様がいるところだ」


 タンジが街の中央を指差し、歩き出す。話す事がよほど好きなのか、向かいながらこの街について教えてくれた。


 サンティオーネは正面に海、背後は山に囲まれた天然の要塞都市でもあるんだ。だから今回も海路で来たんだが、理由はそれだけじゃねえ。

 この街の海は穏やかで資源がすげぇ豊富だ。その資源を求めて色々な所から船が集まる。ついでに、運んできた荷を売れば儲かるってもんでこの賑わいよ!

 だがな、豊富な資源に集まるのは人だけじゃない……サンティオーネを守る天然の要塞も、そこに住む魔物にとっては最高の住処なんだ! 魔物たちは豊かな資源を求めて、頻繁に街に降りてくるが……


 ──カンカンカンカンッ!! タンジの饒舌じょうぜつな話しを遮り、街中に警告を知らせる鐘の音が響く。


「ええ!? この音は何!? タンジさんこれ大丈夫!?」


 ソラは慌ててタンジとリーネの手を引き、逃げようとする。……でも逃げるってどこに行けば!?


「大丈夫だソラ。よく見てておけ。おー! 今回は怪鳥ロックロックの群れだぞ!」


 人程の大きさの魔物が空を飛び交う。タンジは、まるで見せ物を見ているかの様だ。

 その時、頭上でぐるりと旋回した一羽が、地上に向かって降下を始めた。


「ひ、人を襲おうとしている!? 早く逃げないと!!」


 地上の獲物めがけて、凄まじい速さで降りてくる。それを見物する大勢の人達。


「逃げないと、タンジさん! タンジさん!!」


 瞬間、どこからか刹那の光が放たれたと思うと、下降してくるロックロックを撃ち抜く……!!

 急所を撃ち抜かれた魔物は、力無くそのまま落下して行き、激しい音が街に響く。


 途端に沸き上がる歓声。何処からか笛の音までも鳴り響く。警告の鐘を合図に、さっきまでの賑わい以上のお祭り騒ぎが街を包む。


「うおー!! みたか!? 一撃だ!!」


「きゃー! 流石はエルビス様!」


 頭上の魔物達も仲間を落とされ、騒がしく鳴き始める。もう一度ぐるりと旋回したロックロック達は、狙いを定めると急降下を始める。今度は三羽が地上を襲う……!!


 どこからか再び光が放たれると、迫り来る怪鳥の急所を貫く。意識が途切れ落下する二羽。しかし、一羽はまだ意識を保ち、高度を下げて…………こちらに向かってくる!!


「え、え、え!? ぶつかる! ぶつかっちゃうって!!」


 ソラはどうして良いか分からず、タンジにしがみつく。


「あ、ぶつかるわね」


 リーネもタンジの手を握ったまま迫り来る魔物を見つめる。

 余裕で観戦していたタンジも、流石に今回は二人を抱えて走り出す。それでも魔物の方が速い。みるみるうちに距離が縮まっていく……!!


「タ、タンジさん! もっと早く! ぶつかる……!!」


 タンジに抱えられながら、近づく魔物と目が合ったその瞬間……視線の間に人影が立ち塞がる!


「……女神フロディアの加護・プロテクション!!」


 優しい光が放たれたと思うと、魔物の前に魔法の壁が現れる。突然現れたそれを避けられる訳もなく、ロックロックはそのまま衝突し、辺りに砂埃が舞い上がる。


 強い衝撃に走るのを止め、二人を抱えて座り込むタンジだったが、恐る恐る後ろを振り返る。視線の先は砂埃に阻まれよく見えない。何とか目を凝らすと、その中から人影が近づいてくる……


「あなた達もう大丈夫! さ! 立ち上がる元気はまだ残ってる?」

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