第9話 船に揺られて


 ──おーい! 二人とも! こっちこっち!


 「昨日はよく眠れたかい? 体調は?」


 タンジが船の上から話しかける。見上げると太陽と被り見えずらいけれど……

 ぼく、初めて見たけど……大きい船だなぁ。


 小さな港町には似つかない程に大きな船。その船首の方にタンジは立っている。


「タンジさんおはよう。いつも通りだわ」


「おはようタンジさん! 船ってこんなに大きかったの!?」


 船を見上げ目を丸くするソラ。港町では珍しい、きらきらした反応にタンジはどこか嬉しそうだ。


「驚いたろ? なんせこの町で一番大きい商船だからな!」


 聞いて驚くなよ! 太陽が何度昇っても走り続ける持久力! 千もの樽を詰め込める大きさ! 遠洋航海と大量輸送に適したこの船は遥か遠くの町まで行く事が出来るんだ。そんなこの船はキャラック船と言って三本のマストに横帆や縦帆を組み合わせた艤装を導入している事であらゆる状況でも風を掴み推進力を得る事ができるんだ。更に甲板の安定は抜群で…………


 いきなり呪文の様に語り出すタンジに付いていけない二人。そんな中、甲板にいた船員が救いの手を差し伸べてくれた。


「君らが船長が言ってた子供達かい? 船長はああなると長いんだ……さぁ、乗って」


 ソラは町の外に出た事がないのでわくわくが止まらない。しかも、こんな大きな船に乗せて貰えるなんて!

 甲板に降り立つと僅かに揺れているのが分かる。心なしか浮いているようにも感じる。


「俺の名前はダイ、船長はあんなだから、目的地に着くまでに何かあったら、何でも言ってな! 二人ともよろしく」


 ダイが爽やかな笑顔を向ける。

 ここら辺の海域は魔物も少ないから船内を勝手に探検してていいぞ。と言って持ち場に戻って行った。


 ま、魔物がでるの……?

 さっきまでの昂っていた気持ちはどこへやら。急に不安な気持ちが顔を出す。チラリとリーネに視線を向けるけど無表情は崩れない。でも、大丈夫だよね……? そんな時、タンジの号令が響き渡る。


いかりを上げろ! 船員持ち場に付け! 出航するぞ!!」


 途端に船上が慌ただしくなる。錨を巻き取る気合いの入った声が聞こえる。タンジは全体が見えるデッキから、船員たちに指示を出している。ダイはマストに登り、帆を張る準備をしているのが見えた。ぼくとリーネは邪魔にならない様に、端っこの樽に座ってそれを眺める。


 今日中にサンティオーネに向かうぞ! 皆んな気張れよ! 出航だ──




 ──風を掴んだ帆はゆっくりと船を進める。さっきまでいたポートタウンが指先ほどの大きさだ。船が安定し潮流を掴んだのか、船員たちの動きが和やかになった。甲板にいる船員たちも談笑を始める。どの船員も腕が丸太の様に太くたくましい。そのうちの一人がこっちに歩いてくると声をかけてきた。


「よー! 子供達! 初めての船出はどうだ? 潮風が気持ち良いだろ?」


 シャツに収まらないほど隆々とした筋肉に髭を生やした、いかにも船乗りという様な外見をしている。


「よせバツバ、そんなゴツい顔で話しかけたら子供達が怖がるだろ」


 どこからともなくダイが現れると、大袈裟に注意してみせた。


「おいおいそりゃないぜ! 何かあっても助けてやらないからな?」


「馬鹿言え、こんな穏やかな海域で何かあるわけないだろう?」


 なぁ子供達? と話を振られたが、ぼく達から見ても二人とも強そうで頼もしい。顔は……怖い……かも?


 それからしばらく、二人に海の話しを聞かせてもらった。荒れた海域では魔物に襲われたり、大波で水浸しになったり、ぼくが体験した事もない話しをたくさん聞かせてくれた。太陽が真上を過ぎ、また傾いても飽きないほど新鮮で衝撃的な話しの数々だった。


「気がついたら甲板でシーブルに囲まれたんだ! 二本の角に丸々とした体、まるで闘牛の様なそいつらに吹き飛ばされれば最後、あの世行きだ。絶体絶命、しかし、俺は諦めなかった。ふと上を見るとロープが垂れてたんだ。そこで俺はそのロープに飛びつき、ぶら下がると、奴らの頭に蹴りを入れてまわった! 奴らは頭上からの一撃に思わず怯んだ! と、そこにダイが助けに来て……」


「バツバ、大丈夫か! 駆けつけた俺は手に持っていた剣をバツバに投げ渡した! こっからは俺とバツバがやり返す。突進してくるシーブルをかわし狭間ざまに斬りつけて、数を減らしていったんだ! そして……」


 気がつくと周りは水平線が続き、太陽が沈みかかっている。ダイとバツバの話しはまだ尽きない。まるでその場で繰り広げてるかの様な臨場感の中、新しい敵が現れた……!!


 頭上に落ちる拳。後ろにはタンジが立っていた。目の前で過去のシーブルと戦うダイとバツバは、不意打ちを食らって現実に戻される。


「そろそろ離してやったらどうだ。子供達も疲れているだろ」


 ソラとリーネ、二人の相手をしてくれてありがとな。とタンジはニカっと笑う。

 ほら! 話に夢中で気が付かなかったろ。二人とも向こう見てみろ。と、タンジが指す方向を見ると……


「わあ! 街が見える!!」


 夕陽が照らすそこには、沢山の船や街の明かりが見えた。船での一日が終わろうとする時間だが、ソラは疲れなどものともせずにはしゃぐ。リーネも心なしか楽しそうに見えた。


 「サンティオーネは目と鼻の先だが、これから陽が落ちる。今日はここで錨を下すぞ! 明日、太陽が昇り次第、入港する」


「さぁ、お前達! 今日最後の仕事だ! 帆を畳め! 錨を降ろして明日に備えるぞ」


 ポートタウンを出航した彼らは順調に波を超えていき、一日かけてようやく目的地についた。明日はいよいよ入港。


 ソラとリーネは「フロディア」を探す為、貿易都市サンティオーネに足を踏み入れる──

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