第8話 差し込む光
──マザーが居なくなってから数日後。暖かい空気を風が運ぶ。数日眠ったままだった二人は意識を取り戻した。しかし、リーネの表情が変わる事はなく、何を問いかけても淡白な言葉が返ってくるだけだった。今もベットに体を預け、窓から差し込む日差しを浴び、雲を見ている。
穏やかな陽気ではあるが、ソラの気持ちは暗い。
「……ぼくはどうしたらいいの……」
深い眠りから覚めるとリーネの感情と、マザーを失っていた。目標も、手を引っ張ってくれる人も、優しく包み込んでくれる人もいない……
ソラがベットの横で呆然としていると、ドアが開き、この町の町長が心配の声を掛けにきた。
「ソラくん、リーネくん、気分はどうじゃ? 少しは休む事ができたかい?」
あの日、倒れていた二人は、
「オジさんありがとう。ぼくはもう大丈夫。でも……リーネが……」
リーネはこちらを向きぼそっと呟く。
「元気よ。大丈夫」
表情は動かず、ただ、口元から音が出ているかの様。それでも、体の調子は昨日よりも良さそうだ。
「そうかそうか。それなら二人とも、少し潮風にあたりに行かんかね? たまには年寄りの手でも引いておくれ」
町長のオジは二人を連れ出した。もちろん、連れて歩いているのはソラとリーネだ。オジは杖をついてゆっくりと歩き、それを二人がリードしている。のどかな港町。潮の香りと優しい陽気が肌を撫で、心地良い。
「リーネ、歩いてて大丈夫? 気持ち悪くなったりしてない?」
表情からは気持ちを汲み取る事ができないので、ソラがこまめに声をかける。
「うん。どこも痛くないわ。マザーが居なくなったのも覚えてる」
でも……悲しいも、辛いも、何も感じ無いの。今だって体は動くし、お腹も空くし、たくさん歩けば疲れるけれど……楽しいだって、つまらないだって……何も感じられないの……
「リーネくん、ソラくん、この町では小さ過ぎて何も分からないが……大きい街にでれば、きっと何か分かるかもしれん」
マザーは何か言ってなかったのかい…?
町長のオジが二人に訪ねる。思い出すのも辛いだろうが、何があったのかも分からん以上、二人の記憶に頼るしか無いのじゃ……と、申し訳なさそうな表情をしながら、のどかな町をゆっくりと歩く。
オジの手を引いていたソラが、一人、考えながら前を歩く。代わりに、リーネがオジの手を引いた。
真っ黒な霧の中で……もう大丈夫だって……私がついているからって言ってたっけ……それで、ちゃんと良い子にしているんだぞって……それから……
愛してるぞって抱きしめてくれた。傷だらけなのに、何も無かったかの様に笑いながら……
ソラは必死に頭の中の記憶を探る。最後に……マザーは何かを伝えてくれたはず……!!
「……そうだ。誰かに会いに……何かあったら、誰かに会いに行けって言ってた!」
ようやく掘り起こした記憶。でも、肝心な誰かが分からない。もう少し、あと少しで思い出せそうなのに……
「……フロディアよ。確か、そう言っていたはず」
リーネがオジの手を引きながら、突然呟く。無表情のままだったが、その後、真っ直ぐにソラを見つめる。
ソラは、リーネが何を思っているのかは分からなかった。でも、その眼差しからは、確かに信頼の感情を感じる事ができた。
「そうだ! フロディアを訪ねろって! リーネありがとう! オジさん! フロディアだよ!」
もやもやが全て晴れた顔で飛び跳ねるソラ。フロディアのところへ行けば、リーネも元に戻るかも知れない。頭の中でしばらく続いていた暗雲に希望の光が差し込んだ。
「ふぅむ、フロディアか……確か、貿易都市のサンティオーネに行った時にそんな名前を聞いた事がある様な……」
と、そんな時、正面から歩いてくる男の人が声を掛けてきた。
「よう、ソラ! ようやく笑顔が戻ったな! 町のみんなで心配してたんだぞ? リーネも外を歩けるほど回復した様でよかったよ!」
おー。ちょうど良いところに来た。
オジが杖で彼を呼ぶ。すると、にこやかな笑顔で歩いてくる。
「何だ爺さん、今日の散歩はやけに賑やかだな! 遂に一人で歩けなくなったか?」
余計なお世話じゃ。わしはまだまだ現役ばりばりじゃわい。
二人はそんなやり取りを交わすと、ようやくソラとリーネに紹介をし始めた。
「こいつはわしの孫のタンジじゃ。若いが色々なところに船を出しているから知識がある。サンティオーネにフロディアで、何か思い当たる事はないか?」
タンジはしばらく考え込むと、にかっと笑った。何かを思い出した様だ。
「ごめん! 分かんねぇや! でも、サンティオーネに知り合いがいるから……一緒に行ってみるか?」
ちょうど明日、そこに船で荷物を運ぶ予定だったからちょうど良い! じゃあ明日、太陽が昇るくらいに船に来てくれよな。と、一方的に決定すると手を振りながら船の方に向かっていった。
「まぁ、そう言うことじゃ。体調さえ良ければ連れて行ってもらうと良い」
どたばたとした雰囲気ではあったが、差し込んだ光に手を伸ばさずにはいられない。リーネの体調も良さそうだし……
オジさん! ありがとう! ぼく達サンティオーネに向かうよ──
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